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アナザーロール  作者: 清澄 武
第1章 旅立ち編
8/61

8 ゼロ



 片足をかばって立つ少女に、怪物は容赦ようしゃなくカマを振り下ろす。


 同時、カマキリの怪物が目を見開く。


 目の前にいた少女が、こつぜんと姿を消したのだ。


 それは、まばたきする間もない一瞬の出来事。


 異常事態に怪物は言葉を失う。しかしすぐに我に返ると、少女の姿を草原に探す。血走った眼球が、ギョロギョロとせわしなく動く。


「どこに隠れた! 出て来い!」


 小脇こわきに少女を抱えた銀髪の少年――ゼロは、目の前のクレーターの、ずっと向こうにいるカマキリに。


「こっちだ」


 怪物が、とっさに振り返る。


 少年は透き通るブルーの瞳で、まっすぐに怪物を見る。


 赤いTシャツと白い長ズボンを身にまとい、足元にはクタクタなブラウンのブーツ。背中に羽織はおった漆黒しっこくのマントが、あたたかな風を受けてなびく。


「あの小僧、いつの間に娘を……」


 悪魔の目元に警戒の色が宿る。どうやらゼロを敵対者として認識したらしい。


 と、脇に抱えた紫髪の女の子が。


「あ、あなたは……」

「ゼロ」


 短く答えると、少女を下ろす。


 少女は、片足をかばうように「おっとと……」とバランスを取る。


「あれ? 足ケガしてるの? 大丈夫?」


 ゼロは心配になり、少女の足を見つめる。


「……正直、きびしいわね」


 少女の声には元気がない。パッと見ただけで、相当疲れているのがわかる。


「悪いけど俺、回復魔法は使えなくてさ……」


 傷ついた相手に何もしてあげられず、申し訳なくなる。


「あとで村のヒーラーに頼むから大丈夫よ。……生きて帰れたらの話だけど」

「そっか」

「あたしはサーニャ。あんた早く逃げたほうがいいわよ」

「なんで?」

「あのカマキリ、A級悪魔よ。人間にかなう相手じゃないわ」

「知ってるよ」

「えっ」


 少女の雰囲気から言って命に別状はなさそうだ。ひとまず安心する。


 サーニャをその場に残して、大地を蹴る。一瞬にして地面が離れていく。


 サーニャが首を後ろに倒し、口をあんぐりと開ける。


「なっ!?」


 クレーターを軽々と飛び越えたゼロは、黒いマントを激しくバタつかせながら落下する。そして悪魔の目の前に、音もなく着地。たった一度のジャンプで、A級悪魔との間合いが、完全に消えた。


 目の前には緑の怪物。ずっと後方には巨大なクレーター。クレーターの向こう岸には傷ついたサーニャ。


 驚異的なジャンプをの当たりにしたサーニャは、目を見開いて少年の背中を見つめる。


「ウ、ウソでしょ!? なに、あのジャンプ力!?」


 少年の、人間離れした跳躍ちょうやく力に、サーニャは驚きを隠せない。


 怪物は、一瞬のうちに目の前までやってきた少年を、警戒しながら見下ろす。


(なんだ今のジャンプ力は……。魔法か? ……いや、距離をめてきたところを見ると魔法使いではなさそうですが……。かと言って武器を持っているようにも見えませんね)


 魔法使いは、魔法という飛び道具を使って戦うため、相手との距離があるほど有利に戦える。半面、接近戦にはめっぽう弱い。少年が魔法使いなら、わざわざ距離を詰めるのはおかしい。


「はじめまして少年。私の名前はカマキリ男」


 ゼロが足元から見上げていると、カマキリ男は何事もなかったかのようにあいさつした。


「俺は勇者だ」

「……なに?」


 瞬間、カマキリ男の全身が小刻みに震える。


「く……くく……」


 怪物の口から、とぎれとぎれに声が漏れる。カマキリ男は、カマで口を押さえて、声を漏らさないように、必死に我慢しているように見えた。と。


「あーーーーーーーーっはっはっは!」


 わき目もふらず腹を抱えて笑う怪物。


「くっくっく。こいつはいい。勇者と言ったのですか。あなたが?」

「なにがおかしい」


 心底おかしそうに笑う怪物。


 ゼロがその理由を尋ねると、怪物は急に真顔になり。


「そんな、ふざけたものが存在してたまるか」


 冷たい目つきでピシャリと言い放つ。それは明確な否定。いや、拒絶と言ってもいい。


 なぜそこまでの不快感をぶつけてくるのか、ゼロにはわからない。


 カマキリ男の目つきは、どこかゼロを軽蔑けいべつしていた。


 そんな怪物を、ゼロは、なにも言わず見返す。


「なんですか、その目は?」


 カマキリ男の声からイラ立ちが漏れる。


 ただ見つめていただけなのに、どうやら気にさわったらしい。


「べつに」


 淡々と返すゼロ。


 その瞬間、怪物の目が吊り上がる。


「なめるな!」


 怒りをあらわにしたカマキリ男が、力任せにカマを振り下ろしてくる。

 瞬間、ゼロは姿をくらます。


「なに!?」


 怪物が固まる。


 敵対者が一瞬にして消えたことに動揺を隠せていない。


 怪物は微動びどうだにしないまま、大地に向けている視線を、ゆっくりと横へ動かす。


 振り下ろされたカマの真横に、ゼロはいた。


 少年は、一瞬で、元いた場所からわずかに横へ移動したのだ。


「な、なかなか素早いようですねえ」


 口調こそ冷静なものの、その顔はピクピクと引きつっている。


「もちろん、今のは本気じゃありませんよ?」

「早く本気出せよ」

「なんだとキサマァーーーーーーーーーーーッ!」


 ゼロの挑発に、怪物が激昂げっこうする。


 怪物が力任せにカマを振り下ろす。その攻撃が、ゼロの首を刈り取る瞬間、少年は膝を曲げてかがむ。大ガマが少年の頭上スレスレを通過して、空気を切り裂く。少年は、またもやギリギリでカマの軌道から抜け出すことに成功する。


 しかし、かわしてもおかまいなしに、連続攻撃を繰り出してくる悪魔。


「そらそらそらそらァァァァァァッ! どうしたァァァァッ! けるだけで精一杯かァァァァァッ!」


 ヒュンヒュンと風切り音をさせながら、左右のカマが振り回される。無数に繰り出される超高速攻撃。少年は人間離れした反応速度で、そのすべてをギリギリのところでかわす。


 少年の常人離れした身のこなしを目撃したサーニャは。


「す、すごい! あの高速攻撃を簡単に!」


 カマキリ男は目にもとまらぬ速さで攻撃を続け、少年に息つくヒマも与えない。


「私のカマは切れ味バツグンだっ! 一撃でも当たればアウトだぞ! 疲れて動けなくなった時が貴様の最後だァァァァァッ!」


 ――数分後。


「はあ……はあ……はあ……はあ……」


 草原のど真ん中で、疲れ果てたカマキリ男が肩で息をする。


「ふ、ふん。体力だけは自信あり、ということですか」

「お前と違ってな」


 とくに感情を込めずに言い放つ。


 ゼロの挑発に、カマキリ男のコメカミで、血管がピクピクと、はち切れんばかりに脈打つ。


「どうやら本当に死にたいようですね」

「目つきの悪いカマキリなんかに、俺は負けない」

「おっとぉ? カマキリ差別はそこまでですよ」


 と、カマキリ男がゼロの背後を見て、急に動揺する。


「な、なんですかあれは……」


 怪物はただならぬ様子。一体何事だろう。


「え?」


 気になって背後を振り向く。視線の先には、なにもない。


 無防備になった少年に、カマキリ男が。


「バカめ! 引っかかったな!」


 言いながら思い切りカマを振り下ろす。


 騙された。気づくと同時、すぐに正面を向き直る。巨大なカマが目の前に迫っていた。直後。


 パシィッ! 小気味の良い音が鳴る。


 ゼロが怪物のカマを白羽取しらはどりしたのだ。


「なんだと!?」


 一撃で大地にクレーターを作るほどの、超破壊力の攻撃が、いとも容易たやすく防がれる。両者の体格は何倍も違う。だと言うのに、悪魔よりも明らかに小さいゼロは、そのハンデをまるで感じさせない。


 超怪力をほこるカマキリ男は、攻撃があっさりと止められた事実に動揺どうようを隠せない。


「ぐおおおおおおおっ……」


 怪物が力まかせにカマを引き抜こうとする。しかしカマはビクともしない。怪物の顔が、疲労にゆがんでいく。


(な、なんだこの怪力は!?)


 その時、怪物の瞳が何かに気づいたようにピクリと動く。


(ん? 待てよ……)


 カマキリ男は、両手でカマを受け止めている少年をにらみつけて、唇の端を不気味に吊り上げる。


「くっくっく。両手がふさがっているぞ小僧!」


 もう一方の大ガマが、ゼロの首めがけてなぎ払われる。


 真横から迫るカマに、ゼロがハッとする。


 しかしすでに遅かった。


 ヒュンッという風切り音と共に、大ガマがゼロの首を真横に切り裂いた。


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