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アナザーロール  作者: 清澄 武
第1章 旅立ち編
6/61

6 メギド


 サーニャのひたいを一筋の汗がすべり落ちる。鼓動が早くなり、息が切れる。音がどこか遠くに行ってしまい、急速に現実感が失われていく。


「さようなら魔法使い」


 カマキリ男が別れの言葉を告げた。


(……く! こ、こうなったら、いちかばちか、練習中のあの魔法にけるしかない……!)


 今にも飛びかかってきそうな怪物を前にして、サーニャは最後の手段を取ることを決意する。


 少女は「ふう……」と深く息を吐くと、精神を集中させて全身の魔力を開放する。途端、少女の全身から、光り輝く魔力が噴き出す。これまでとは明らかに違う、絶大な魔力のゆらぎ。並の魔法使いでは決して扱うことのできない圧倒的な魔力量。


 しかし激しい魔力の放出は、術者の急激な消耗しょうもうまねく。チャンスは一度しかないだろう。もしも失敗したらその時点でアウト。これはサーニャにとって最後のけだった。


「ほう。素晴らしい魔力だ。では、この魔法を見届けたら村を滅ぼすことにしましょう」


 怪物は、少女の放つ常人離れした魔力に感心する。


 サーニャは魔力を維持したまま両手の指を組むと、目を閉じた。それは、まるで祈りをささげるような姿勢。そのポーズのまま、サーニャは微動びどうだにしなくなった。額には、すでにたまのような汗が浮かんでいる。全身を強烈きょうれつな疲労感が襲う。ゼエゼエと呼吸が乱れ、すでに肩で息をしている。さすがのサーニャでもここまでの魔力を長時間維持するのは不可能だ。時間が無い。急がなくては。


(村にはシスタたちがいる。ここで、この怪物を止めないと、たくさんの犠牲が出る。なんとか……。なんとか成功して……!)


 離れた位置で見つめてくるカマキリ男は、サーニャの出方をうかがっているのか、微動びどうだにしない。


 両者は草原のど真ん中で対峙したまま全く動かない。


 のどかな草原に重苦しい時間が流れる。遠くで小鳥がさえずる。穏やかな陽気がふりそそぐ。柔らかい風が色鮮やかな草花をそっとなでる。怪物さえいなければ最高の一日になっただろう。


 しばらく時間が経過した。先にしびれを切らせたのはカマキリ男だった。


「どうしたのです? 魔法を撃つんじゃないんですか? それとも勝てないとさとって神様にお祈りでしょうか」


 挑発を織り交ぜながら出方をうかがうカマキリ男に、魔法使いは、なにも答えない。ただ黙々と祈り続けるだけ。淡い紫色の髪が、そよ風に揺れる。


「なにがしたい? やるならやってみろ。それともただの時間稼ぎか?」


 カマキリ男の言葉の端々(はしばし)から、イラ立ちが漏れる。


「くだらん。ただのコケおどしか」


 怪物がそう吐き捨てた時、祈った姿勢のままサーニャが静かに目を開く。


「まだ気づいてないみたいね」

「……なんだと?」


 カマキリ男の周囲が、突然、影に包まれる。自身に降りかかった異変に、怪物が不思議そうに顔を左右する。


「なんだ? 急に暗く……」


 次の瞬間、ハッとしたカマキリ男が、頭上を見上げる。


「な、なんだこれは!」


 はるか上空を見て驚愕するカマキリ男。


 岩のように巨大なカマキリ男を、はるかに凌駕りょうがする巨大な火球が、空に浮かんでいる。火球の表面には、古代文字のような紋様もんようが無数に浮かぶ。


 超巨大な球体。膨大な魔力の塊。それが太陽の光をさえぎって、カマキリ男の周囲に影を落としていたのだ。


 あまりにも強い魔力を放つ火球に、釘付けになっているカマキリ男。怪物は言葉を失って呆然ぼうぜんと立ちすくむ。


 その隙を、サーニャは見逃さない。


獄炎ごくえんよきたれ。メギド」


 祈りを解いたサーニャが、片手を静かに振り下ろす。


 瞬間、巨大な火球が、真下にいる無防備な巨体に高速落下した。


「し、しまっ――」


 カマキリ男が反応するよりも早く、火球が全身を飲み込んでいく。それはまさに一瞬の出来事だった。直後、爆炎ばくえんが天に上る。


「ぐおーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 火柱の中からの絶叫。


 持てる魔力のすべてを使い切ったサーニャが、ガクリとヒザをつく。魔法使いは、ゼエゼエと肩で息をしながら、燃えさかる炎を見つめる。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 体に力が入らない。全身の疲労がひどく、立ち上がることすらできない。しかしすべての魔力と引き換えに発動した魔法は、いまだ巨大な火柱として、目の前に存在していた。それこそが魔法を成功させた証。しばらくすると息が整ってきた。疲労もわずかではあるものの、抜けてくる。


 サーニャは村を守ったのだ。自らが育ったルラ村を、自分自身の手で守り抜いたのだ。


「やった……」


 心の底から安堵あんどする。


「よかった……。これで村のみんなが助かる」


 そう思うと、魔法を成功させたことが急にうれしくなってくる。


「にしても、ずっとうまく使えなかった魔法が、この土壇場どたんばで成功するなんてね! さっすが、あたし! あーっはっはっは!」


 高らかに笑う。はるか遠くまで届く笑い声が、小鳥たちのさえずりをかき消して、草原のBGMを書きえる。


 少女は、目の前に迫るピンチの中で、練習中だった高位魔法を成功させて、有頂天うちょうてんになった。自画自賛する少女ではあったが、事実、サーニャが成功させた魔法は並の魔法使いに使える代物しろものではない。十六歳という若さでこれほどの魔法を習得したサーニャは、まぎれもなく天才魔法使いだった。――と。


「人間すげええええええええええええええッッッッッ!」


 絶叫が、サーニャの笑い声をかき消す。


「え?」


 笑いんだサーニャがポカンと口を開ける。


「まさかここまでやるとは! ひさびさに感動したッッッ!」


 燃え盛る炎の中から聞こえる声は、ひどく興奮していた。


 炎の中でカマキリのシルエットがゆらめく。


「ウ、ウソでしょ!?」


 信じられない光景に、サーニャがあわてて立ち上がる


 いまだ立ち上る火柱の中から、怪物がのそりと姿を現す。その全身は燃え盛る炎に包まれていた。


「見てください、このカラダ! 炎属性になってしまいましたよ! これがパワーアップってやつですねえ!」


 サーニャの前方で仁王立におうだちする怪物は、全身を炎に包まれているというのに、お構いなしに、まくし立てる。


「さて。今度はこっちから行きますよ」


 カマキリ男が大地を蹴る。炎に包まれた巨体が、はるか上空へ飛び上がった。とてつもないジャンプ力。相当な体重があるであろう緑の怪物は、その重さをまるで感じさせない華麗かれいなる跳躍ちょうやくを少女に披露ひろうした。


 サーニャはその光景に唖然あぜんとしながら、怪物の姿を目で追いかける。頂点に達した巨体が、今度は急速に落下してくる。


 炎に包まれた巨体は、一瞬のうちにサーニャの頭上に迫ると、勢いに任せてカマを振り下ろした。


「食らいなさい!」


 食らえばひとたまりもないことを直感し、サーニャの表情が強張こわばる。


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