3 サーニャとシスタ
◇
高い太陽が、まばゆい光を大地にふりそそぐ。
ここルラ村は段々畑の広がる、のどかな村。村には、小鳥のさえずりが、まるで心地の良い音楽のように響き渡る。
村の奥まった場所には、農具などを収容した物置小屋がある。その裏手に、少女が二人……。
そのうちの一人、白いワンピースを着た黒髪ショートの少女シスタが、隣にいる少女を、呆れ顔でたしなめる。
「サーニャ様、こんなところでサボってると、また怒られちゃいますよ?」
サーニャと呼ばれた長身細身の少女は、腰まである薄紫色の髪を風に舞わせている。身にまとっているのは、肩から先と膝から下が露出した涼しそうな紫色のローブ。紫色の瞳は、陽を反射させて、宝石のように輝いている。
サーニャはシスタのお咎めを意に介さない。
「畑仕事なんて大人たちにやらせておけばいいのよ。そんなことよりもあんた、ちょっとは回復魔法、うまくなったの?」
サーニャに疑いのまなざしを向けられて、シスタがドキッと身をすくめる。
「まあ……。ボチボチですよ……」
シスタの目は見事に泳いでいる。
「あんた……。絶対、練習してないでしょ?」
苦しい言い訳をする幼馴染を、じっとりと見つめるサーニャ。
「いや、頑張ろうとは思ってます! 気持ちでは負けてません!」
やる気のない人間の常とう句をはく黒髪少女。
「そんなんじゃ、いつまでたっても、あたしに追いつけないわよ?」
「だって私、魔法の才能ないですし……」
シスタはシュンとしてしまう。
シスタはマジメな性格で、以前はサーニャと一緒に、よく魔法の練習をしていた。けれどサーニャと比べて明らかに成長の遅いシスタは、次第にサーニャとの練習をしなくなっていった。こう見えて案外気にしいの性格なので、サーニャの足を引っ張るのがイヤだったのかもしれない。また、マジメゆえに、畑仕事をサボってまで練習するのは気が引けたのだろう。ちなみにサーニャは毎日のようにサボって魔法の練習をしている。
「ちょっと本気でヘコまないでよ。冗談に決まってるでしょ? 今度、魔法の特訓、つき合ってあげるから」
サーニャがフォローすると、シスタは急に顔を明るくする。
「え、ホントですか!? やったー! 絶対ですからね!」
さっきまでの落ち込みようはどこに行ったのか、黒髪少女はうれしそうに飛び跳ねる。親友が元気になってサーニャは、ほっとする。
二人がルラ村で生まれて早16年。幼いころから、ずっとこんな調子だった。
「サーニャ様に教えてもらえば、回復魔法、マスターできる気がします!」
「あったりまえよ! この天才魔法使いに習えるなんて、あんたツイてるわよ?」
ひとしきり喜び終えると、シスタは正面にある物置小屋を見つめて。
「……やっぱりやるんですよね?」
「もちろん!」
シスタの質問にサーニャは元気に答える。
物置小屋の壁には、薄っぺらい木の板が立てかけてある。板には大きな円が描かれていて、その中心部分には小さな円。投擲の練習に使う的として、ちょうどよかった。
自信満々のサーニャとは反対に、シスタは不安そう。
「でも、火事にでもなったら大変ですよ……?」
「加減するから大丈夫よ。大船に乗ったつもりで見てなさいって!」
元気な声でウインクして幼馴染を安心させるサーニャ。
「そ、そうですよね! サーニャ様が失敗するわけないですよね!」
シスタはやっと安心したらしい。
サーニャは的に向かって片腕を伸ばす。実にきれいな立ち姿だった。寸分の狂いも無く照準を合わせる。
シスタは、うずうずしながら。
「ド、ドキドキしてきました!」
サーニャが魔力を高める。直後、少女の全身を柔らかい光が包み込み、淡い紫色の長髪が、ふわりと宙に浮かぶ。全身を包む魔力の輝きが、突き出された手の平に吸い寄せられるように集まっていく。次の瞬間、サーニャの手に、手のひらサイズの火の玉があらわれて、周囲に熱を放つ。シスタは「うわわっ」と焦りながら後ずさりする。と。
「ファイアーボール!」
火の玉が猛スピードで飛び出す。直後、数メートル先にある的の、ど真ん中に火球が激突する。ファイアーボールは、的を木っ端みじんに吹き飛ばし、まったく勢いを落とさずに、物置小屋の壁に激突した。
「「あっ」」
少女たちが同時に声を漏らした直後。
『ドーーーーーーーーーーーーーーーン!』
村に轟音が響き渡る。
同時、物置小屋が一瞬にして、跡形もなく吹き飛んだ。
「おわーーーーーーーーーーーーーーっ!」
爆風に飛ばされたシスタが、背中からひっくり返る。
盛大に吹っ飛んだ黒髪少女は、サーニャの背後で「いでっ!」と尻もちをついた。
「いたた……」
顔をゆがめたシスタが、おしりをさする。したたかに打ち付けたらしい。
腕を伸ばして直立するサーニャは、さっきまで物置小屋のあった場所を、輝く瞳で見つめる。建物が無くなったことで、すっかり見通しが良くなってしまった。
「すっごーーーい! 加減してこの威力! やっぱり、あたしは天才ね!」
自画自賛するサーニャは満面の笑顔。腕を突き上げて「いっえーい!」と、軽快にジャンプして喜ぶ。その時。
「こりゃー!」
遠くから、恐ろしい剣幕のおばあさんが、こちらに走ってくる。
途端、サーニャの顔が引きつる。
「うげ! 村長……」
露骨に嫌そうにするサーニャだったものの、すぐに真顔に戻ると、背後で尻もちをついている幼馴染に振り返る。
「シスタ」
「はい?」
「あとはヨロシク!」
ハツラツとした声で言い残すと、サーニャは村の出口に向かって走り出す。
「ああっ、見捨てないでサーニャ様!」
「まったねーん!」
一人だけ逃げ出すサーニャに、すがるように助けを求めるシスタ。
薄情な魔法使いは、軽快な足取りで村を駆け抜ける。村の出口に差しかかったころ、遠くのほうから。
「人でなしー!」
シスタが恨めしそうに叫ぶ。対するサーニャは明るい声で。
「薄情でごめんねー!」
「もうー! 日が暮れるまでには帰ってくるんですよー!」
「あはは! シスタってば、お母さんみたーい!」
おかしそうに叫んだサーニャは、顔だけをはるか後方の親友に向けると、いたずらっぽい笑顔でウインクする。愛嬌を振りまき終えると、サーニャは村の外に広がる草原へ、元気いっぱい走り去っていくのだった。
「まーた、サーニャか。しかたのない子だねぇ」
シスタの元までやってきた村長が、呆れたように言う。
「ご、ごめんなさい」
「ま、元気があってよろしいわな」
シュンと謝るシスタに、村長はとくに怒りはしなかった。何かをやらかすのは決まってサーニャだったからだ。
「さ、シスタ。後片付けを手伝っておくれ」
村長はシスタにニッコリとほほ笑みかける。一見、やさしい顔だが、しっかりと働かせてくる恐ろしい人物でもある。
サーニャが何かをやらかした時、後片付けをさせられるのは、決まってシスタだった。逃げ足の速いサーニャは、いつも先に逃げ出してしまうのだ。そのたびにシスタは置いてけぼりを食らう。
「あうう……」
シスタは力なく、うなだれると。
「うらみますよ、サーニャ様ーーーーー!」
黒髪少女は薄情な親友への呪いを、大空に叫ぶのだった。