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アナザーロール  作者: 清澄 武
第1章 旅立ち編
3/61

3 サーニャとシスタ



 高い太陽が、まばゆい光を大地にふりそそぐ。


 ここルラ村は段々畑(だんだんばたけ)の広がる、のどかな村。村には、小鳥のさえずりが、まるで心地の良い音楽のように響き渡る。


 村の奥まった場所には、農具などを収容した物置小屋がある。その裏手に、少女が二人……。


 そのうちの一人、白いワンピースを着た黒髪ショートの少女シスタが、隣にいる少女を、呆れ顔でたしなめる。


「サーニャ様、こんなところでサボってると、また怒られちゃいますよ?」


 サーニャと呼ばれた長身細身の少女は、腰まである薄紫色の髪を風に舞わせている。身にまとっているのは、肩から先とひざから下が露出ろしゅつしたすずしそうな紫色のローブ。紫色の瞳は、陽を反射させて、宝石のように輝いている。


 サーニャはシスタのおとがめを意に介さない。


「畑仕事なんて大人たちにやらせておけばいいのよ。そんなことよりもあんた、ちょっとは回復魔法、うまくなったの?」


 サーニャに疑いのまなざしを向けられて、シスタがドキッと身をすくめる。


「まあ……。ボチボチですよ……」


 シスタの目は見事に泳いでいる。


「あんた……。絶対、練習してないでしょ?」


 苦しい言い訳をする幼馴染を、じっとりと見つめるサーニャ。


「いや、頑張ろうとは思ってます! 気持ちでは負けてません!」


 やる気のない人間の常とう句をはく黒髪少女。


「そんなんじゃ、いつまでたっても、あたしに追いつけないわよ?」

「だって私、魔法の才能ないですし……」


 シスタはシュンとしてしまう。


 シスタはマジメな性格で、以前はサーニャと一緒に、よく魔法の練習をしていた。けれどサーニャと比べて明らかに成長の遅いシスタは、次第にサーニャとの練習をしなくなっていった。こう見えて案外気にしいの性格なので、サーニャの足を引っ張るのがイヤだったのかもしれない。また、マジメゆえに、畑仕事をサボってまで練習するのは気が引けたのだろう。ちなみにサーニャは毎日のようにサボって魔法の練習をしている。


「ちょっと本気でヘコまないでよ。冗談に決まってるでしょ? 今度、魔法の特訓、つき合ってあげるから」


 サーニャがフォローすると、シスタは急に顔を明るくする。


「え、ホントですか!? やったー! 絶対ですからね!」


 さっきまでの落ち込みようはどこに行ったのか、黒髪少女はうれしそうに飛び跳ねる。親友が元気になってサーニャは、ほっとする。


 二人がルラ村で生まれて早16年。幼いころから、ずっとこんな調子だった。


「サーニャ様に教えてもらえば、回復魔法、マスターできる気がします!」

「あったりまえよ! この天才魔法使いに習えるなんて、あんたツイてるわよ?」


 ひとしきり喜び終えると、シスタは正面にある物置小屋を見つめて。


「……やっぱりやるんですよね?」

「もちろん!」


 シスタの質問にサーニャは元気に答える。


 物置小屋の壁には、薄っぺらい木の板が立てかけてある。板には大きな円が描かれていて、その中心部分には小さな円。投擲とうてきの練習に使うまととして、ちょうどよかった。


 自信満々のサーニャとは反対に、シスタは不安そう。


「でも、火事にでもなったら大変ですよ……?」

「加減するから大丈夫よ。大船に乗ったつもりで見てなさいって!」


 元気な声でウインクして幼馴染を安心させるサーニャ。


「そ、そうですよね! サーニャ様が失敗するわけないですよね!」


 シスタはやっと安心したらしい。


 サーニャは的に向かって片腕を伸ばす。実にきれいな立ち姿だった。寸分の狂いも無く照準を合わせる。


 シスタは、うずうずしながら。


「ド、ドキドキしてきました!」


 サーニャが魔力を高める。直後、少女の全身を柔らかい光が包み込み、淡い紫色の長髪が、ふわりと宙に浮かぶ。全身を包む魔力の輝きが、突き出された手の平に吸い寄せられるように集まっていく。次の瞬間、サーニャの手に、手のひらサイズの火の玉があらわれて、周囲に熱を放つ。シスタは「うわわっ」と焦りながら後ずさりする。と。


「ファイアーボール!」


 火の玉がもうスピードで飛び出す。直後、数メートル先にある的の、ど真ん中に火球が激突する。ファイアーボールは、的を木っ端みじんに吹き飛ばし、まったく勢いを落とさずに、物置小屋の壁に激突した。


「「あっ」」


 少女たちが同時に声を漏らした直後。


『ドーーーーーーーーーーーーーーーン!』


 村に轟音ごうおんが響き渡る。


 同時、物置小屋が一瞬にして、跡形あとかたもなく吹き飛んだ。


「おわーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 爆風に飛ばされたシスタが、背中からひっくり返る。


 盛大に吹っ飛んだ黒髪少女は、サーニャの背後で「いでっ!」と尻もちをついた。


「いたた……」


 顔をゆがめたシスタが、おしりをさする。したたかに打ち付けたらしい。


 腕を伸ばして直立するサーニャは、さっきまで物置小屋のあった場所を、輝く瞳で見つめる。建物が無くなったことで、すっかり見通しが良くなってしまった。


「すっごーーーい! 加減してこの威力! やっぱり、あたしは天才ね!」


 自画自賛するサーニャは満面の笑顔。腕を突き上げて「いっえーい!」と、軽快にジャンプして喜ぶ。その時。


「こりゃー!」


 遠くから、恐ろしい剣幕けんまくのおばあさんが、こちらに走ってくる。


 途端とたん、サーニャの顔が引きつる。


「うげ! 村長……」


 露骨ろこつに嫌そうにするサーニャだったものの、すぐに真顔に戻ると、背後で尻もちをついている幼馴染に振り返る。


「シスタ」

「はい?」

「あとはヨロシク!」


 ハツラツとした声で言い残すと、サーニャは村の出口に向かって走り出す。


「ああっ、見捨てないでサーニャ様!」

「まったねーん!」


 一人だけ逃げ出すサーニャに、すがるように助けを求めるシスタ。


 薄情な魔法使いは、軽快な足取りで村を駆け抜ける。村の出口に差しかかったころ、遠くのほうから。


「人でなしー!」


 シスタがうらめしそうに叫ぶ。対するサーニャは明るい声で。


薄情はくじょうでごめんねー!」

「もうー! 日が暮れるまでには帰ってくるんですよー!」

「あはは! シスタってば、お母さんみたーい!」


 おかしそうに叫んだサーニャは、顔だけをはるか後方の親友に向けると、いたずらっぽい笑顔でウインクする。愛嬌あいきょうを振りまき終えると、サーニャは村の外に広がる草原へ、元気いっぱい走り去っていくのだった。


「まーた、サーニャか。しかたのない子だねぇ」


 シスタの元までやってきた村長が、呆れたように言う。


「ご、ごめんなさい」

「ま、元気があってよろしいわな」


 シュンと謝るシスタに、村長はとくに怒りはしなかった。何かをやらかすのは決まってサーニャだったからだ。


「さ、シスタ。後片付けを手伝っておくれ」


 村長はシスタにニッコリとほほ笑みかける。一見、やさしい顔だが、しっかりと働かせてくる恐ろしい人物でもある。


 サーニャが何かをやらかした時、後片付けをさせられるのは、決まってシスタだった。逃げ足の速いサーニャは、いつも先に逃げ出してしまうのだ。そのたびにシスタは置いてけぼりを食らう。


「あうう……」


 シスタは力なく、うなだれると。


「うらみますよ、サーニャ様ーーーーー!」


 黒髪少女は薄情な親友への呪いを、大空に叫ぶのだった。


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