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アナザーロール  作者: 清澄 武
第1章 旅立ち編
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2 悪魔の手


「ギルドへようこそ! 当ギルドでは、おたずね悪魔の紹介からエーテルの買取まで、あなたの冒険をサポートします! って、なんだゼロ君じゃない」


 カウンターの奥にいる優しそうな雰囲気の女性――レイナは、話している相手がゼロだと気づいて、お仕事モードから、日常モードに切り替える。頭の後ろでは、首のあたりまでれたブラウンのポニーテールがゆらゆらと揺れる。しわ一つないギルド職員の制服に身を包んでバッチリとキメた彼女は、美人という表現がよく似合う妙齢みょうれいの女性である。その上、愛嬌あいきょうもあるため、冒険者ギルドの中でもトップクラスに人気の職員だった。年齢は19歳。ゼロよりも三つ上。


「ちょっと……。なんだは無いでしょう? いくら俺でも少しは傷つきますよ」

「あはは。デリカシーなかったかしら?」


 パドの街のギルドは落ち着いた雰囲気の木造建築。そんなギルド内にはゼロとレイナの二人だけ。ガラガラの建物内は普段では考えられないくらい静かで、レイナはちょっぴり不思議になる。ゼロは、イレギュラーなギルド内を、ものめずらしそうに眺める。


「誰もいませんね」

「みんな逃げちゃったからね。A級悪魔が攻めてくるぞーって」

「レイナさんは、なんで残ってるんです?」


 ゼロはカウンターの向こうから、不思議そうにたずねてくる。


 街がA級悪魔に襲われるという超危険な状況で、なぜか一人だけギルドに残っているレイナ。冷静に考えたら狂気の沙汰さただった。


「ゼロ君が来ると思って」


 美人職員はまっすぐな瞳で言った。ゼロは黙ったまま目をパチクリ。レイナが何を言っているのか、よくわからないらしい。当然だ。レイナの答えは意味がわからない。


 しかし当の本人であるレイナは、当然その答えを知っている。レイナはゼロがギルドにやってくることを確信していたのだ。だからひとりだけになってもギルドに残り続けた。


「さて、ここに来たってことはエーテルを持ってきたんでしょ?」

「えっと……」


 言いながら、ゼロは背中に手をまわしてマントをモゾモゾ。


「あったあった!」


 少年が腕を戻すと、その手には拳サイズの光り輝く玉が握られていた。ゼロが渡してくる玉を、レイナは柔らかくほほ笑んで受け取る。


「すごい額になりそうね」


 レイナはワクワクしながらカウンターの上に置かれたオブジェクトを片手でつかむと、ゼロの視線の高さまで持ち上げて。


「悪魔の手~!」


 美人職員による、ご機嫌きげんなアイテム紹介。


 悪魔の手は、手首から先をした形状で、全体が真っ黒かつ皮膚は硬そう。爪は尖っていて、五本指は、すべて開かれており、指の先端は天井を向いている。見るからに不気味なアイテムだ。


 レイナは手に持った悪魔の手を、自分とゼロの中間に置く。


 カウンターに置かれた、この悪魔の手、一見するとただの置き物だが……。


 不気味なアイテムを見せびらかして満足したレイナは、ニコニコと語る。


「悪魔を倒すとエーテルという光る玉に変化します。これのことですね」


 そう言ってゼロから手渡された光る玉を見せびらかす。


「強い悪魔のエーテルほど高く売れますよ! そして、エーテルを買い取っているのが、ギルドなんですよ?」


 かわいらしくかたむけた顔をグッとゼロに近づけ、上目づかいに覗き込むレイナ。


 ゼロは上半身をそらして、あわてて逃げていく。


「は、はあ。知ってますけど……」


 ハイテンションで説明する職員に、ゼロはちょっぴり引いている。その様子を見るのもまた楽しい。


「ま、一応ね?」


 かわいらしく言うと、レイナはエーテルを悪魔の手に乗せる。球状のエーテルは悪魔の手にぴったりとおさまった。その瞬間、黒い指が動き、エーテルを握り込む。すると、悪魔の手の上、空中に数字が浮かび上がる。


「さあ、はじまりました!」


 パンッ! パンッ! とカウンターを叩きつける美人職員。すこぶるハイテンション。


 空中の数字はグングン増えていき、次々にけたが上がっていく。100、1,000、10,000、100,000……。あっさりと10万を超えたあとも、さらに記録を伸ばし続ける。


 目の前でどんどん増加する数字に、レイナは興奮し、幼い少女のように目を輝かせて。


「まーだまだ伸びておりますよー!」


 はしゃぎ続けている間にも数値は上昇を続け、最終的に1,500,000という数字が悪魔の手の上に表示された。


「すっごーい! 150万クレジットだって!」


 胸の前でパンッと元気よく手を合わせたレイナが、瞳を輝かせる。まるで自分のことのようにうれしくなってくるレイナ。150万というのは、めったにお目にかかれない、すごい数字なのだ。


 盛り上がっているレイナとは対照的に、ゼロは落ち着いている。


 ローテンションなゼロの顔を、レイナは、じーっと覗き込む。


「全然驚かないのね。普通の冒険者の年収くらいあるのよ?」

「はは……。ちょっと考え事してて」

「ふうん?」


 レイナがゼロに流し目を送る。一見すると、少年はボーっとしていて、なんだか頼りない。こんな、どこにでもいそうなごく普通の少年が、ここまで高レベルのエーテルを獲得できるだなんて、冷静に考えたらおかしい。しかし悪魔の手が示す数値は事実。


「街を襲っていたA級悪魔、強かった?」

「まあ……。普通です」

「普通、か」


 普通。少年はそう答えた。


(常識で考えたらあり得ない話だけどね……)


 レイナはカウンターの引き出しを開けると、中から薄っぺらい板状の端末を取り出す。それは本よりも一回り大きいサイズの横長の端末で、全体がディスプレイになっている。


 細い指で慣れた手つきで端末を操作する。ディスプレイに、様々な冒険者の情報が表示される。ゼロのページが表示されたところで、レイナは手を止めた。画面にはゼロのプロフィールや、過去の功績こうせきがずらりと並ぶ。


 パーティー登録の有無、冒険者歴、こなしたクエストの数、倒した悪魔の数、それ以外にも膨大な項目がある。


 指先で画面を上に送り、次々に表示される大量のデータを素早く確認。


 その中のひとつ、『回収エーテル数』の項目には、32と記されている。


(回収したエーテルの数32個)


 レイナは『回収エーテル数』の右にある『詳細』の文字に触れた。すると、ゼロが倒した悪魔のランクが表示される。


A級 29

B級 2

C級 1


(ほとんどがA級悪魔。……信じられないわね)


 ほかの項目にも目を通していると『冒険者ランク:C』の文字が目に入った。


(冒険者ランクはC級、か。……えっ?)


「ええっ!? ゼロ君ってC級冒険者なの!?」


 レイナはゼロの冒険者ランクを知って心底驚いた。ゼロの実績に対して、その冒険者ランクがあまりにも低かったからである。C級冒険者がA級悪魔を倒すなんて前代未聞だ。


「えっと……。わかりません」

「ええっ!? 自分の冒険者ランクをごぞんじない!?」


 レイナは自分の冒険者ランクすら知らないゼロに、さらに驚いた。


「ランクが上がると、なんかいいことあるんですか?」

「冒険者のランクにはA級・B級・C級の三段階あるのよ。もっとも上位のA級ライセンスがあれば、お城の警備兵みたいな給料の高い仕事にきやすいわね」

「でもそれだったら悪魔を倒した方が楽に稼げますよ」

「……ごもっとも」


 ゼロの指摘にぐうの音も出ず、黙り込む。たしかに、この少年ならそうだろう。しかしそれは例外中の例外。


 本来であれば悪魔とのたたかいは命がけだ。普通の冒険者は悪魔討伐デビルハントをやりたがらない。戦ったとしてもC級悪魔が多く、せいぜいがB級どまり。A級悪魔と戦いたがる命知らずな冒険者なんて皆無かいむと言ってもいい。


 レイナは『冒険者ランク:C』の横にある『詳細』の文字を指で触れる。そこには、わずかな期間ではあるものの、ゼロがA級冒険者だった事実が記録されていた。


「あれ? ゼロ君ってA級冒険者になったことがあるのね」

「へー。そうなんですね」


 初耳だったらしい。


「なんで降格こうかくしちゃったの?」

「……なんでだっけ?」


 端末にはゼロが降格した理由が詳細に書かれていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【冒険者ゼロに関しての備考】


当該冒険者はA級冒険者に該当するが、複数の問題が報告された。


・A級冒険者に義務付けられた悪魔対策会議への複数回に渡る無断欠席


・A級冒険者に義務付けられた悪魔対策レポートの未提出、及び、複数回に渡る提出要求への無回答


・A級冒険者参加必須クエストへの複数回に渡る未参加(すべて無断欠席)


上記の違反行動を理由に、協議の結果、当該冒険者の冒険者ランクをA級からB級へ降格とする。


B級降格後も、B級に義務付けられた業務への参加が、一切行われない問題が、長期間に渡って解消されなかったため、当該冒険者をC級へ降格とする。


なお、冒険者ゼロに関しては他にも多数の問題行動が報告されている。


詳細な内容に関しては、プライバシーの観点から、ここでは伏せることとする。


素行不良が解消される見込みがないため、冒険者ゼロの昇格権利を一時凍結とする。


なお、本冒険者はパーティー登録されていないにも関わらず、A級悪魔の討伐数がいちじるしく多い。


エーテル窃盗犯せっとうはんの可能性も視野に入れて要観察対象とする。


本冒険者に関しては情報が不足しており、危険人物である可能性もあるため、ギルド職員は対応に要注意。


接触を最小限にとどめ、不用な刺激を与えることを禁ずる。


万が一、本人の実力によりエーテルを獲得している場合、極めて高い戦闘能力を有することが容易よういに想像される。


危険行動の兆候ちょうこうが見られたら絶対に刺激せず、職員は可能であれば速やかにその場から避難すること。


なお、本内容を外部(当該冒険者本人を含む)に公開することを固く禁じる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


(あらー……。これは、なかなかになかなかね……)


 そこに書かれていたのは、レイナの想像以上にハードな内容だった。冒険者データベースに、ここまでのことがしるされている冒険者はまれ。レイナもほとんどお目にかかったことがない。そして、このような備考が記されている冒険者は例外なく危険人物だった。


(エーテル窃盗犯か。事実だとしたら悪質ね。……ま、ゼロ君がそんなことするわけないよね)


 レイナが、端末に目を落として黙りこくっていると。


「あのー。レイナさん?」


 ゼロは、エーテルを人差し指の先端に乗せてクルクルと回している。レイナが端末に夢中になっていたため、悪魔の手からエーテルを取り出してヒマをつぶしていたらしい。


「は、はぁい。なにかご用ですか?」


 平静をよそおうも、レイナの声は若干、上擦うわずる。目の前にいるのは、もしかしたら危険人物かもしれないのだ。さすがのレイナでも凶悪犯候補がそばにいたとあっては多少の恐怖を感じる。


「そろそろ帰りたいんで換金かんきんしてもらえますか?」


 そう言ってゼロはエーテルを悪魔の手に乗せる。


「ええ、よろこんで! では、買い取らせていただきますがよろしいですか?」

「お願いします!」


 レイナの確認にゼロが了承りょうしょうすると、悪魔の手が、エーテルをガシッと強く握りこむ。握られたエーテルは、今までよりも、いっそう強い輝きを放つ。そしてひときわ強く輝いた次の瞬間、黒い手の中から一瞬にして消えた。悪魔の手は閉じていた指を開き、何事も無かったかのように元の形に戻った。


「いつも思うんですけど、消えたエーテルってどこに行くんですか?」

「うふふ。ナイショ!」


 立てた人差し指を口元に当てて、かわいらしくウインク。


「さて、これでゼロ君の口座にクレジットが振り込まれたはずよ」

「ありがとうございます!」

「あ、そうだ。お仕事終わりで悪いんだけど、もう一件頼めないかな?」

「悪魔ですか?」

「ええ」


 悪魔は人に害をなす存在。ギルド職員としてレイナは悪魔の悪事を見過ごすことはできなかった。


「ランクは?」

「A級」

「場所は?」

「この街の近くにルラ村ってあるでしょ? そこに向かってるみたいなの。……このままだと村が滅ぼされかねないわ」


 レイナが言い終わった次の瞬間、ゼロはすでにギルドの出口にいた。


(速い……!)


 レイナのいるカウンターから10メートルはある場所に、少年は一瞬で移動していた。ありえないスピードに、レイナは驚愕する。


「すぐ戻ります」


 笑顔で言うと、ゼロはスイングドアを押して外に出ていった。すでにA級悪魔と戦った後だというのに、その動きは、まるで疲労を感じさせない。


 レイナは、せなかった。


(奇妙な話ね。A級悪魔に勝てる冒険者なんてほとんど存在しないはずなのに。勝てるとしてもパーティー戦のみ。それも一級の冒険者だけを集めた精鋭パーティー)


 ポケットに手を入れてガサゴソと中を探る。包み紙に包まれた一粒のアメ玉を取り出す。


(パーティーだって、寄せ集めではダメ。前衛・後衛のバランスが良くないといけない。さらにメンバー同士の連携れんけい必須ひっす。年単位の訓練が必要になる。それだけのことをして初めてなせるのがA級悪魔の討伐)


 包み紙の両サイドをつまみ、引っ張る。中から出てきた赤いアメ玉が、陽を反射させて宝石のようにキラキラと輝く。指先でつまみ、口元まで運ぶと、人差し指で押し付けるようにして口の中に忍ばせる。


(あの子はソロで討伐している。……信じられない)


 レイナが端末に視線を落とす。ゼロのデータベースには、冒険者ランクの欄に、しっかりとCと記されている。


(そんな彼はC級冒険者、か。功績こうせきから言ったらあり得ないほど不遇ふぐうね。……ま、この素行そこう不良っぷりじゃ無理もないけど)


 静まり返るギルドに、たった一人取り残されたレイナは、ひそやかにほくそ笑む。


「ゼロ君、か。……ふふ、興味深いわね」


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