表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナザーロール  作者: 清澄 武
第1章 旅立ち編
1/61

1 クリスタルゴリラ


「悪魔だー! 悪魔が襲ってきたぞー!」


 街の誰かが叫んだ。


 血相を変えた人々が次々と街の外へ逃げていく。


 そこら中から悲鳴が聞こえる。


 ここパドの街は、今まさに悪魔の襲撃を受けていた。


 街を襲っている張本人は、街の中央広場を占拠せんきょしている。


 全身がクリスタルで出来ているゴリラの悪魔は、太陽の光を反射させてキラキラと輝いている。輝く怪物が、逃げまどう人々に叫びかける。


「ヤッホー! みんなー輝いてるかー!」


 高さ5メートルはありそうな巨大なゴリラは、誰もいない中央広場でポーズをキメる。


「はいキレイ~」


 見るものなどいないというのに、怪物は見せつけるように、二の腕をまげている。クリスタルの筋肉を見せびらかす。自身の筋肉に相当な自信があるらしい。


「はいキラキラ~」


 今度は腕を腰に回して、大きなボディを強調。光り輝く自身の体が、よほど自慢なのだろう。怪物は何回もポーズ変えて、自身の肉体美を見せつける。


「このクリスタルゴリラが世界を輝かせていくよー!」


 悪魔の名前はクリスタルゴリラ。クリスタルボディの巨大ゴリラが、パドの街を占拠せんきょしていた。


 筋肉をさんざん見せびらかして満足したのか、ゴリラはゴキゲン顔で街を見渡す。


「……な~にぃ、この街ぃ」


 ゴリラは、なぜか露骨に不満そう。


「ぜんっぜんキラキラしてない!」


 さっきまでの上機嫌はどこに行ったのか。怪物は急に怒声を上げる。


「世界ってのはさあ、もっと輝かなくちゃダメッ!」


 わけの分からないことを言いながらクリスタルの拳を握り込むと。


「こんな暗い街、無い方がいいよ! 消しちゃおーっと」


 怪物の目つきが変わる。吊り上がった醜悪しゅうあくな目。見るからに凶悪そうなその表情。悪魔は街を破壊するつもりだ。と。


「おかあさーん!」


 怪物のすぐ近くで幼い女の子が泣いている。まだ五歳くらいだろう。母親とはぐれてしまったのか、女の子は泣いたまま、立ちすくんでいる。街の外に逃げればいいものを、少女はなかなか動きだそうとしない。もしかしたら恐怖で動けないのかもしれない。無理もない。特大の怪物が街で暴れまわっているのだ。そんな状況、誰であっても恐怖を感じるだろう。まして幼い少女であればなおさらのこと。しかし街の人々はあらかた逃げつくしてしまった。少女に手を差し伸べる者はいなかった。


 逃げ遅れた住人を見て、悪魔の口元が吊り上がる。と。


「うほーーー!」


 クリスタルの悪魔がようようと少女に飛びかかった。怪物は躊躇ちゅうちょなく足元の少女に拳を放つ。キラキラ光る拳が、泣き続ける少女に襲いかかる。怪物と比べて女の子は米粒のように小さく、か弱い。硬いクリスタルの拳を浴びたらひとたまりもない。だというのに怪物には、まるで容赦がない。相手は幼子だというのに、そんなことはお構いなしに、乱暴に拳を叩きつける。少女の人生が終わろうとしていた。その短い人生が、たった今、幕を下ろしていく。輝く腕が伸びきった瞬間、悪魔は目を見開いた。


「――!」


 悪魔の拳は空を切った。その拳は何も、とらえることができなかったのだ。今の今まで目の前にいたはずの女の子が、悪魔の前からこつぜんと姿を消していた。虚空こくうに突き出されたゴリラの拳がむなしく震える。


 怪物は、おもむろに視線を奥に向けた。少女のいた場所よりも5メートルほど先。そこには少年がいた。そしてその隣には、さっきの少女も。


 さっきまではいなかったはずの人物――銀髪の少年は、ツンツンとした独特なヘアースタイルをしている。彼は、き通るブルーの瞳で悪魔を見据えている。赤いTシャツと白い長ズボンを、細い体でラフに着こなし、きならしたブラウンのブーツで石畳を踏んでいる。背中一面を覆っている漆黒しっこくのマントが、風に揺られて静かになびく。少年の名はゼロ。


「町の外に、お逃げ」


 ゼロは少女をそっと送り出す。しかしどういうわけか、少女は逃げようとしない。少女はゼロのことを心配そうな目で見つめてくる。自分が殺されるかもしれない状況で、少女は他人であるゼロのことを心配しているのだ。ゼロはそんな女の子に、ニカッと笑いかける。その表情にはまるで気負いがない。巨大な怪物を前にしているというのに、ひどく落ち着いている。そんなゼロの姿を見て、やっと安心できたのか、少女は街の外に向かって、よたよたと走りだした。離れていく少女の背中を見て、ふっと微笑ほほえむゼロ。


 悪魔は逃げる子供を一瞥いちべつすると、ゼロをにらむ。


「キミさ~、僕がクリスタルゴリラだって知ってる?」


 怪物がイラ立っているのがわかる。口調にトゲがあるのだ。どうやらゼロが子供を逃がしたことが頭にきたらしい。イラつきを隠さずに悪魔は続ける。


「ゴリラがすでに偉いのに、その上、クリスタルなんだよ? わかる、この意味?」


 そんな意味不明なことを言ってくる怪物。もちろん意味なんて、わかるはずがない。


「ゴリラえらい! クリスタルえらい!」


 怪物はキレのある動きで腕を突き上げながら、声を張り上げる。


「キレイ、えらい! キタナイ、死! ほらキミも!」


 意味の分からない言葉を大声でわめき散らす怪物。そのうえ怪しい大声大会にゼロを誘ってくる。もちろんそんな誘いにゼロは乗らない。奇妙な生物を興味深く観察するのみ。しばらく放っておくと、怪物は叫ぶのをやめ、不愉快そうに見下ろしてくる。


「うーん、なんだろう……。キミ、クリスタルへの敬意が足りない!」


 クリスタルへの敬意とはなんだ。


「それに僕はA級悪魔だよ? 最も強い悪魔なんだ。偉いんだ! もっと敬意を持たなきゃ!」


 そこまで言って怪物はやっとゼロに興味を持ったのか、少年をまじまじと見つめて。


「そもそもキミだれ?」

「俺は勇者だ」


 ゼロは悪魔の質問に淡々と答えた。


「……うっほっほ」


 少年の回答を聞くと、何を思ったのかゴリラは急に低い声で笑いだした。


「そっか。君、勇者なんだ」


 にこやかに笑うゴリラ。ゼロの顔を見つめてニコニコしている。先ほどまでのイラつきがウソのような、おだやかな表情だった――のもつかの間、ゴリラは一転して顔を怒りに染め上げる。


「ゲームのやりすぎーーーーー!」


 ゴリラが不意打ちのパンチを放った。その巨大な拳でゼロに襲いかかったのだ。至近距離から見舞われる拳には、手加減などまるでない。それは命を奪い取らんとする無慈悲むじひの一撃。クリスタルの拳は、無常にもあっさりとゼロを潰した。最上位の強さを持つA級悪魔の手にかかれば、一人の人間をこの世から抹殺まっさつすることなど、造作もないことなのだ。そう。造作もないこと。だというのに、拳の下にはゼロの姿がなかった。


「なに!? クリスタルパンチをかわしただと!」


 攻撃をあっさりとかわされて、悪魔が取り乱す。ゼロの姿を完全に見失ったらしく、悪魔は必死の形相で敵対者を探す。


 いともたやすく悪魔の攻撃を回避したゼロは、悪魔から10メートル以上離れた場所――北大通りに立っていた。幅の広いその道路は、クリスタルゴリラのいる中央広場とつながっている。


「いつの間に、あんな遠くに……」


 そこまで言うとゴリラは目を丸くする。その視線が、とうとつにゼロに釘付けになる。なぜか? それは少年が片手に剣を持っていたから。ただの剣ではない。それは大きな剣。そしてただ大きいだけでもない。その剣は、ありえないくらいのサイズをしていた。5メートルはあるクリスタルゴリラの全身が、剣の下に完全に隠れる。超巨大剣は、太陽の光を完全に遮り、怪物を闇で包んだ。


「……えっ?」


 鈍い銀色に輝く剣を見つめたまま、怪物は完全に固まってしまう。まるで身動きが取れなくなってしまう。その時。


「勇者の剣!」


 叫びと共にゼロが剣を振り下ろす。少年はその巨大な塊を、なんと片手で軽々と操る。怪物を闇に閉じ込めた剣が、クリスタルゴリラに激突した。


「ウボラーーーーーーーーーー!」


 絶叫するクリスタルゴリラ。同時、クリスタルの体が、粉々に砕け散る。超巨大な悪魔の体は、ゼロの放った、ただの一撃によって完全に崩壊する。街中に飛び散ったクリスタルのカケラが、霧のような消えていく。さっきまでそこにあった、キラキラの塊がウソのように消滅していく。すべての塊が消え去ると、さっきまでクリスタルゴリラが立っていた場所の空中に、手のひらサイズの光る玉があらわれた。玉は地面に落下すると、大通りをコロコロと転がっていった。


読んでいただきありがとうございます!


ランキング入りを目指しています。


ぜひ『評価』、『ブックマーク』をお願いします!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ