転生したアイドルは、お布団召喚&子守唄スキルで復讐を果たす
「あ、れ……?」
柔らかいものが、頬に、身体全体に寄り添っている。
がばりと上体を起こす。
「痛く、ない……刺されたのに……」
ぞくり。
ついさっきの出来事を思い出す。
ダンスレッスンのあと、マネージャーの運転する車に乗り込もうとしたら、男に襲われた。
男は、なにやら叫んでいた気がするけど、何を言っていたのかは、わからない。
だが、何年も付き纏ってきている男に似ていた。いや、たぶん本人だ。
ストーキングされていることは警察にも相談していた。
だが、ここ数ヶ月は姿を見ていなかったのだ。もう私のことは諦めたものと思っていた。
「夢?」
周囲を見渡す。
六畳一間の部屋くらいの大きさの布団の上に私ひとり。
「山小屋のような部屋だなぁ……」
壁も柱も天井も木材。
窓を開けて外を見てみると、どうやらここは森のようだ。
「服も違うし……」
たしかカットソーワンピを着ていたはずだ。だが、今身に付けているのは金色の刺繍が施されたもの。
例えるなら、そう、ファンタジーな世界の登場人物が着ていそうな────
「あれ、これってもしかして……」
以前、私が主題歌を担当したゲーム『トリの降臨』のヒロインの衣装では?
「ま、まさかぁ……」
部屋の隅にある鏡を覗き込む。
「あらまぁ」
アイドルの荒鷲小鈴ではない。
銀色の長い髪に紫色の瞳。
カツラでもカラコンでもない。
どこからどう見ても、ゲーム『トリの降臨』のヒロイン、ベルではないか。
「ま、マジかぁ〜」
異世界転生モノの漫画は、いくつか読んだことがあるけど、まさか自分が異世界転生してしまうとは。
「うーん……どうしたらいいんだろう。私『トリの降臨』ってプレイしてないんだよね。主題歌担当してたくせに」
知っているのは、パッケージに描かれている数名のキャラクターくらいだ。
「まぁ、なんとかなるでしょ。ヒロインだし」
私は考えることを放棄した。
「そういえば、前に読んだ異世界転生モノの主人公って……こんなことしてたよね」
手を前に突き出す。
「えーと……『ステータスオープン!』うわあ、本当に出た!」
◇
「いでよ、オフトゥン!」
私のスキルその一は『布団の召喚』だ。
「では、子守唄を歌わせていただきます。おやすみなさい、永遠に」
そして、その二は『子守唄で永遠に眠らせることができる』というもの。長いので『子守唄スキル』と呼んでいる。
お布団を召喚して魔物を簀巻きにして子守唄を歌う。そしてその魔物が眠ったところを捌いて、焼いて、食す。弱肉強食。焼肉定食。
「御馳走さまでした。うーん、やっぱりこのウサギに似た魔物、美味しいわね」
異世界転生生活も今日で三日目。
私はここでの生活に適応しつつある。すでに魔物を捌くことに抵抗がないくらいには。
あぁ順応性の高い自分が怖い。
「さて、ダンスの練習するか〜」
幼い頃からアイドルを目指していた私にとって、毎日のダンスレッスンやボイストレーニングは食事や入浴と同じくらいの大事な日課。
転生してからも欠かすことなく続けている。
「誰に見せるわけでもないのになぁ……」
中学生時代、ご当地アイドルをしていたけど知名度はなかった。あるとき、動画投稿サイトで公開した『踊ってみた動画』を見た方がSNSで「こんな可愛いご当地アイドルがいた!」と拡散。それがきっかけで今の事務所に声をかけられた。
高校に通いながらの厳しいレッスンを経て、デビュー。
その年に日本アイドル大賞の新人賞を受賞。
翌年は大賞と最優秀歌唱賞を受賞。
出す曲出す曲、短縮動画でダンスがバズり、コンサートは毎公演即ソールドアウト。
分刻みのスケジュールだったけど『天下無双の国民的アイドル』の称号は、私の色々な欲求を満たし、ファンの笑顔は私にパワーと癒しをくれた。
「あーあ、またステージ立ちたいなぁ……」
私が死んで、ファンのみんなはどう思っただろうか。
許せない。
私の未来を断ち、私の家族や私を応援してくれている方々の心を踏みにじり、傷つけた、あの男……
「絶対許せない。くやしい……幽霊になって呪い殺してやりたい。でも、転生したら出来ないじゃないの!」
◇
異世界生活もだいぶ慣れてきた。
ゲーム『トリの降臨』のヒロインであるベルは、元聖女。今は薬草を育てて薬を調合し、町の薬屋に卸して生活をしている────と、リーフレットのキャラクター紹介で読んだので、中身が荒鷲小鈴のベルもそれに倣って生活している。
週に一度、町へ納品と買い出しに行く。
納品先の薬屋のおばあちゃんは、私を孫のように可愛がってくれている。
「ベル、いつもありがとうねぇ」
のんびりとした話し方。
前世の祖母を思い出す。
私のデビューを喜んでくれたおばあちゃんは、私が出演する番組を録画して何度も観ていると言っていた。
あぁ、私、おばあちゃんより早く死んでしまったんだ……
視界が滲む。
「あらあら、どうしたんだい、どこか痛いのかい?」
「いえ、ちょっと、目にゴミが……まつ毛かも」
やっぱり、あのストーカー男、許せない!
私は腹の奥にヘイトを溜めつつあった。
そろそろ発散したい……
「そうそう、最近怖い噂を聞いてねぇ……」
おばあちゃんが窓の外へと視線を向けた。
「魔王トリが復活したって」
「えっ」
「ここからはだいぶ離れている海の町の方だって。でも勇者が現れたから安心だという噂さ」
「海の町……勇者……」
「まぁ、どこまで本当なのかねぇ。アタシは魔王復活そのものが怪しいと思っとるよ。魔王復活なんておとぎ話だろう?」
「え、ええ……」
ゲーム『トリの降臨』のことを思い出そうとするも、未プレイのため、ぼんやりとしか情報が出てこない。
たしか、ベルって勇者と共に魔王を倒す旅に出る、ってパッケージに書いてあった気が。
◇
「キミがベルか」
買い出しも終わり、町から出ようとしたところ、背後から声をかけられた。
ひゅ、と喉が鳴る。
その男の顔──パーツや配置は、ゲーム『トリの降臨』の主人公である勇者だ。
だが、私には別の人に見える。
私を殺したやつだ!
私の魂が、本能が、そう訴えてくる。
こわい、いやだ、にげだしたい。またころされるかもしれない。あんなしにかたもういやだ。
思わず後退りして、靴が鳴る音で我に帰る。
こいつのせいで!
こいつのせいで私の輝かしい未来が断たれた!
それだけならまだしも、私を応援してくれたファンにも、私の家族にも、とんでもない心の傷をつけた。
「俺は勇者。元聖女のキミと魔王を退治する旅を────」
「いでよ、オフトゥン!」
召喚した布団が、勇者を名乗る男を簀巻きにする。
「な、なにするんだ、小鈴ちゃん!」
「その名を口にするなんて、やっぱり、あなた私を殺したストーカー……」
「ああ、やはり俺とキミは運命の赤い糸で結ばれているんだね。俺もすぐに自ら命を絶ったんだ。同時に死んだら同じ世界に転生できるって信じてたよ」
ぞくり。
全身鳥肌が立った気がする。
「絶対、現世では一緒になろうね。ふはぁぁベルになってもやっぱり可愛い」
「私の唄で眠りなさい、永遠に」
ゆっくりと歌い始める。
前世で私を殺した男。許せない男。
以前は私のファンだった男。
だから、尚のこと許せない。
「あ……なんだかみょうにねむく……」
男は欠伸し、目を細めている。
「もう二度と目覚めることのない眠りにつきなさい」
男の瞼がゆっくりと閉じていく。
「だいすきだよ、こすずちゃ……」
「私は嫌い。だいきらい!」
来世でも来来世でも会いたくない。
だから、永遠に眠れ。
◇
なんということだ。勇者を倒してしまった!
「ま、いっか。私がひとりで魔王を倒せばいいだけの話だもの」
男を包んだ布団を山奥へと運んだ。
そして、二度と目覚めることのない勇者の体を崖から葬る。
すると────
「ちょっとおおお〜!」
「え、やだ、なに?」
崖の下から何かが声を上げながら近付いてくる。
ぶわり。
大きな鳥が目の前に飛び出してきた。
大きな翼。小さな顔と小さなクチバシ。
そして、メタボかと言いたくなるような、丸いお腹。魔王トリだ。
「ダメだよお。勇者捨てちゃ」
「そんなこと言われても……そいつ、前世で私を殺したやつですし、現世でもストーカーしそうで、めちゃめちゃキモいんですもの」
「そっか。じゃあ捨てていいか」
「そうしてください」
「いやいや、きみ仮にも前世アイドルの聖女でしょ。そんなことしちゃダメだよぉ」
「じゃあ、どうしたらいいんですか。許せとでも?」
私の未来を奪い、私の家族や多くのファンを傷つけた。
しかも私を殺してすぐに自殺したのだ。
罪も償わず。来世でも会いたい、などと思って自ら命を絶った。
死人に口なし。おかしな憶測でものいう人がいたことだろう。ありもしないことを、面白おかしく広めてしまう人が多くいたはずだ。
その人の発言で、私のファンや家族は傷ついただろうと思う。
それも許せない。
「そっか……きみは優しいね。でもきみが手を下したら、きみもこいつのレベルに堕ちるよ。それはきみのご家族やファンを悲しませることにならないかな」
「それは……」
痛いほど手を握りしめる。
言いたいことはわかる。
だが、納得はできない。
「こういうことは、オイラに任せて。この男はオイラが責任を持って封印する。そのかわり、頼みがあるんだ」
「……なるほど。対価が必要ってことね。内容次第よ」
嫌な予感がしつつも、私はメタボ体型の魔王に続きを促した。
「お、オイラのこと、一生隣に置いてほしいんだ。そして、ずっと罵ってほしい!」
「……なんて?」
「だから、オイラのこと、罵ってほしいんだ」
「ちょっと何言ってるかわからないんですけど」
「ああ、その汚物を見るような目! はあはあはあはあ」
「や、やめて、近寄らないで! 変態!」
「はぅん!」
「や、ほんと、きもちわるっ!」
「んほうおおん! あおおおん!」
トリはお世辞にも綺麗とは言えない声をあげた。
そして、みるみるうちに小さくなっていく。
やがて手のひらを広げたくらいのサイズで落ち着いた。
「この大きさなら、ペットとしてバッチリだと思うんだ」
「は?」
「オイラを一生罵ってください!」
「お断りします。いでよ、オフトゥン!」
「え、え、え、ダメ?」
「おやすみなさい、永遠に」
かくして魔王トリは、私の歌声によって永遠の眠りについたのであった。
ゲームならここでエンディングテーマが流れることだろう。
だが、私の現世の日々はこれからも続く。
これからどうしようかな。
今の仕事を続けるのもいいけど、歌いながら旅するのも悪くないかも。
まぁ、とりあえず、薬屋のおばあちゃんに魔王トリを倒したって報告しに行こう。
それから、家に帰って、お風呂に入って、美味しいもの食べて……
「あ、魔王を倒したってことは、魔物ももう出てこないってこと?」
しくじったわ。あのウサギに似た魔物、食用に繁殖させておけばよかった。