交わらない記憶
朝早くから、「一人で着替えもできないの?」と嫌そうにするノキアをなだめて、呼び出されたジークヴァルト様の部屋に来ていた。
「ジークヴァルト様……いつから?」
「昨夜だ。リリアーネを呼ぼうかと思ったが、ここなら緊急で呼び出されることはないだろうと思って、朝までリリアーネに会うのを我慢したのだが……」
「私に会いたかったのか、呪いを何とかしてほしいのか、わかりません」
骸骨姿になっているジークヴァルト様。彼の姿を何とかしようと手を伸ばすと、ジークヴァルト様が私の手を掴んだ。
「……手は触れなくても大丈夫です」
「そうなのか?」
「知ってますよね」
「このままは嫌?」
嫌と言われても照れるのです。
恥ずかしい気持ちを抑えて魔法を出すと、淡い光がジークヴァルト様を包む。
「……リリアーネ。俺を見て何か思い出さない?」
「何か……ですか? ……そう言えば、あの雷雨の夜は、もっと紳士的だったような……」
「今は?」
「ちょっとよくわかりません」
そう言えば、少しだけ雰囲気が違うような……でもあの夜と同じ優しい声音で……顔も同じ骸骨様だ。
「まさか、別人? でも、そんな風には……」
呪いが解けた姿を夜会に招待されるまで知らなかったから、確信はないけど……。
「別人に見える?」
「……見えませんけど、ジークヴァルト様が変なことを言うから……違う人なんですか?」
「どうかな。俺を思い出してくれたら、わかると思うが?」
なんだろうか。その怪しげな雰囲気は。
すると、ジークヴァルト様が骸骨姿で、掴んでいる手を引き寄せてそっとキスをすると、羞恥でいっぱいになる。そんな私を挑発するようにジークヴァルト様が私の指を齧った。
「……ジ、ジークヴァルト様!?」
「早く思い出して、リリアーネ」
「お、思い出します……!」
凄く照れる。恥ずかしい。胸を押さえて必死で動悸を鎮めようとする。ジークヴァルト様は、離してくれないままだ。今はどんな表情なのだろうか。骸骨姿だから、いまいち感情が読めない。怪しい雰囲気は感じるのだけど。
「と、とりあえず、ちょっと思い出してきます!!」
「逃げては困るな。このままでは帰れない。ちゃんと人型にしてくれないと」
「そ、そうですよね。でも……もしかして、楽しんでます?」
「リリアーネが可愛いから」
「変なこと言わないでください」
男性に慣れてないのですよ。困ったなぁと思いながら、魔法をかけ続けるが、なかなか元に戻らない。
早くこの場を離れたいのに。なんだろう。逃げたい気持ちがひしひしと湧いてくる。
「戻らないな」
「どうしてでしょうか……やっぱり、私の能力が低いからでしょうか?」
「リリアーネの能力は低くない」
確信ありげにジークヴァルト様が言う。
すると、私を引き寄せてくる。バランスを崩した私は彼の骸骨の胸に倒れた。
「ジークヴァルト様?」
「多分。戻らない理由は、これだ。あの夜は二人で眠ったはずだぞ」
「そうですけど……」
ジークヴァルト様の腕に包まれて、あの夜を思い出す。そっと瞼を閉じた。彼に一晩中抱かれて眠っていた。でも、朝にも、骸骨姿のままだったはずだ。
__しばらく、ジークヴァルト様の腕に包まれていた。恥ずかしながらも、あの夜は妾に行くのが嫌だった私を癒してくれたのだと思い出す。妾を取ることをバレたくないのか、名前も名乗らない男に買われるのが不愉快だった。でも、逃げ道もなくなっていた。何とかしようと働けば働くほど、裏では、私を妾として身請けする話が知らずに進んでいたのだ。教会の責任者は、私が忙しくしているのが都合が良かっただろう……バカな私は、そんな思惑にも気づかずに、必死でお金を得るために、毎日仕事に励んでいた。
「リリアーネ。どうした?」
「なんでもないです」
瞼を開けば、少しずつジークヴァルト様のお姿が、骸骨姿から人の姿に見えてくる。
「ジークヴァルト様……お姿が……」
「やはりな……少しずつ呪いは解けているのだろうが……」
「どういうことですか?」
「そうだな。リリアーネが思い出してくれたら、いろいろ話がしやすいのだが……俺と寝る?」
その瞬間、ジークヴァルト様のお腹に私の拳がヒットした。