人間と仲良くなりたい心優しきオーガ、村人から石を投げつけられてしまうが、どうも様子がおかしい
心優しい一体のオーガがいた。
名前はダネス。
山で静かに暮らし、動物を狩って食べる際も必要以上には獲らず、感謝の気持ちを忘れなかった。
そんな彼には夢があった。
人間と仲良くしたい。ささやかだが、非常に難しい。そんな夢を持っていた。
ダネスは夢を叶えるため、果実や山菜などの手土産を持って、近くの村や町を訪れることがあった。
しかし、彼の外見は頭には角が生え、皮膚は真っ赤、筋骨隆々で口には鋭い牙が生えている。腰には草木で作った腰蓑をつけているが、それがかえって迫力を増大させてしまっている。
皆、恐れてしまい――
「オーガが来たぞ!」
「逃げろーっ!」
「家に閉じこもれ!」
いつもこうなってしまう。
ダネスはそのたびに、肩を落とし山に帰っていった。
ある日、ダネスは少し遠出をして、“ルファン”という村を訪れていた。
目的はやはり、人間と仲良くなること。
村には数十人ほど、人がいることを確認できた。
また拒絶されてしまうかもしれない。しかし、勇気を出してダネスは彼らに話しかけた。
「あ、あのっ!」
村人たちが一斉に振り向く。
「ぼくと仲良くなりませんか……?」
村人たちは黙っている。
やがて、最年長と思われる村長がこう言った。
「オーガじゃ! みんな、石を投げるんじゃ!」
村人たちは一斉に石を投げつけてきた。
「うわあっ!」
ダネスは身をかがめる。
次々に石が飛んでくる。
村人たちは老人も、青年も、若い娘も、子供も、石を投げつけまくる。
ダネスは心の中で悔やむ。
ああ、やっぱりぼくが人間と仲良くするなんて無理だったんだ。早く山に帰ろう。そして、二度と山を下りるのはやめよう。
だが――様子がおかしいことに気づく。
一発も当たっていない……?
ダネスには無数に石が飛んできているが、一発も体に当たらないのである。距離は決して遠くないので、わざと当てないようにしてるとしか思えない。
ダネスは落ち着いて、村人たちをよく観察してみる。
「……! なんて綺麗なフォームなんだ……!」
村人たちは老若男女問わず、腕や肩だけでなく、全身を使って石を投げていた。
さらに、石の軌道にも特徴があることに気づく。
「これは……スライダー!? こっちはフォーク! 向こうの女の子はカーブを投げている!」
飛んでくる石に対して、ダネスの中である衝動が湧き上がっていた。
打ちたい……。
この投げつけられてる石を打ち返したい!
すると、ダネスは近くに木製の棒が落ちていることに気づく。
おそらく最初からあったのだろう。
そう、これはバット。
バットを拾ったダネスは、飛んでくる石に向かって構えを取る。
両手でバットを握り締め、両足を広げ、やや膝を曲げる。
そして、飛んでくる石の正面に立つのではなく、横目で見るような体勢になる。
これを察した村長は石投げをやめさせる。
「打ちたくなったようじゃな。ならばワシの球、受けてみるがいい!」
村長が石を投げた。150km/hは出ている。
ダネスは初球からフルスイング。
快音が響き、打たれた石は空の彼方に消えた。
「……素晴らしい!」
村長が唸る。
これをきっかけに村人たちがダネスの元に集まってくる。
村長が代表して全てを説明する。
「一目見て分かった。君は素晴らしいバッティングの才能の持ち主じゃ」
「あ、あの……?」
石を打ち返したものの、状況が分かっていないダネスは困惑している。
「この村はルファン村というんじゃが、村そのものが“プロ野球チーム”という村なんじゃ。チーム名は『ルファンビレッジズ』という。つまり、住民は全員、選手でもあるというわけじゃな」
「なんですって!?」
ダネスは驚く。
村長は監督兼選手であり、他の村人も全員プロ野球選手というわけだ。ちなみにオーナーは領主で、この村には住んでいないという。
「むろん、王国のリーグ戦にも参加しているんじゃが、近年は打撃力不足に悩んでいた。ヒットを打てる打者はいるんじゃが、ホームランを打てないんじゃな」
「はぁ……」
「そこに君が来てくれた。君の才能を瞬時に見抜いたワシらは、君のバッティングを試したく思い、石を投げつけてみた……というわけじゃ」
「なるほど……」
ダネスは納得してしまった。
「さっそくだが、我がチームに入団してくれ! 契約金は弾もう!」
「あ、ありがとうございます。でも、ぼくみたいな魔物が野球チームに入っていいんですか? ズルになりません?」
「かまわんよ。野球というのは魔物が身体能力だけで活躍できるような甘いスポーツではないからのう。とはいえ、魔物で結成されたチームもあって、そこはなかなかの強豪じゃがな。君とて、トレーニングをしなければレギュラーにはなれんぞ」
オーガをチームメイトにすることは特に違反にならないらしい。
村長は村人たちに熱く吼える。
「頼もしい助っ人が手に入った! これで来シーズンは、強豪チームに打ち勝って優勝を狙えるぞ!」
住民らが一斉に「はいっ!」と返事をする。
これだけでよく統率されたいいチームだというのが分かる。
ちなみに強豪チームとしては、王家がスポンサーで第一王子がエースを務める『キングロイヤルズ』、魔物で結成されたチーム『ヘル・モンスターズ』、元盗賊が集まり盗塁が巧みな『ブラックシーブズ』などが挙げられ、毎年優勝を競っている。
万年四位、五位の中堅『ルファンビレッジズ』としては、打撃力を上げ、これらトップチームに勝ち越したいという課題を持っていた。
地力は備わっているチームなので、ここに逞しい体躯と天性のバッティングセンスを誇るダネスが加われば、優勝も夢ではないかもしれない。
ダネスは村人――チームメイトたちに精一杯の挨拶をした。
「ぼくはダネスと言います! このチームを優勝に導けるように頑張ります!」
***
およそ一年後、王立球場にて、『ルファンビレッジズ』は、強豪チーム『キングロイヤルズ』と優勝をかけた一戦に臨んでいた。
九回裏、ツーアウト満塁、一打逆転のチャンス。
バッターはもちろん――
『ここで登場するのはビレッジズ不動の四番打者、オーガのダネスだぁ!』
実況が盛り上げる中、ヘルメットをつけユニフォーム姿のダネスはバッターボックスに入る。
そして、バットを構える。
その姿は堂々としており、魔物というよりプロ野球選手そのものである。
ピッチャーは第一王子リナオン。金髪で、次期王に相応しい貫禄を持つ若者である。
「勝負しないという手もある……。だが、王子として、いやピッチャーとして、勝負させてもらうよ。そりゃあっ!!!」
リナオンが剛速球を投げた。
ダネスは脇を締め、球に意識を集中する。
「どりゃああっ!!!」
ダネスのフルスイング。
ぱきゃん、といういい音がした。
白球は客席を軽々飛び越え、球場の外まで運ばれていった。
『入ったぁ~! ホームラン! 四番打者ダネス! 逆転満塁ホームラン! ビレッジズ、優勝~~~~~!!!』
ダイヤモンドを一周し、チームメイトから祝福されたダネスの顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。