第92話 レベルアップするギャルお嬢様
まさか赤飯二連続コースになるとは思わなかった。
俺は自分の家族を甘く見ていたのかもしれない。
でも、赤飯は甘くて美味しい。
リオーネさんや三毛さんとはまた違った父さんならではの味わいがある。
そういうわけで俺は昨日帰ってすぐにみんなに報告というか、当然の如くウサミミフードのパーカーのせいで母さんに嗅ぎつかれてしまった。
事前にレオナさんの家に行くって話したし、夕飯もごちそうになると連絡したし、予測可能、回避不能な状況に陥っていた。
おかげで迅さんみたいな大波乱は起きなかった。
夜も遅い時間になりかけていたこともあって母さんと白雪の取り調べは、父さんの助けを借りてどうにか回避。
そして今に至って俺はいつもより早い朝食を済ませ、準備を整える。
既に制服に着替え、朝の日課であるラジオ体操からランニングを経て筋トレも終了。
あとはレオナさんの到着を――約束どおりインターホンが鳴る。
「あ! レオナお姉かな! 今日はデス美ちゃんも一緒かな!」
俺より早く、白雪がウキウキで反応した。
……既にレオナさんに懐いていたし、彼女になったと知ればさらに親愛度が爆上がり。
ハートマックス100パーセントに到達している。
「俺がでるね」
今は兄離れが進んだ妹に対しての一抹の寂しさに浸るより、彼女を出迎えるのが最優先だ。
インターホンの画面を確認する。
カバンな彼女だった。
一面のカバンだった。
インターホンのカメラに映し出された画面には、レオナさんの通学カバンしか見えない。
アマリリスエースの花咲恋花と枯葉冷愛のアクキーが見えるから、多分、そのはずだ。
「おはよう。レオナさん、だよね?」
もし別の人だったら色んな意味で怖いので確認をとる。
「ま、真白君! お、おはよ! そーです、私が獅子王レオナです!」
うん。レオナさんの元気な声だ。
相変わらずカバンで隠れて見えないけど。
さっそく彼女がどうしてこの行動をとっているのか分からない。
彼氏としての察知力を試されているのかな?
言うべきセリフがある?
ラブコメや恋愛もののアニメやマンガでこんなシーンあったっけ……覚えがない。
「真白、固まってどうしたんだ? さっそくレオナちゃんと喧嘩か?」
「え? そーなの、真白お兄。そーいうときは男の方が焼き土下座だって友だちの香奈ちゃんが言ってたよ!」
「んー……照れくさくて恥ずかしいだけじゃないかな?」
俺が悩んでいる間に、家族のみんなまでインターホンのところに集まってしまった。
……ところで白雪? 友だちの香奈ちゃんはどんな修羅場を目撃したの?
いけない。また白雪に惑わされてしまう。
落ち着け、お兄ちゃん。
俺は白雪の兄であり、レオナさんの彼氏だ。
「あ! 綺羅々《きらら》さん優さん白雪ちゃん! おはよーございます! 私が獅子王レオナです!」
レオナさんのカバン越しの固い挨拶に、三人も戸惑いながら挨拶を返す。
「おい。本当に喧嘩はしてないのか? なんでカバン彼女なんだ? 帰り際に怒らせるような真似したんじゃないのか?」
「真白お兄。焼き土下座の準備する?」
「んー……照れくさくて恥ずかしいだけじゃないかな?」
三人がレオナさんに聞こえないように小声で言ってきた。
「怒らせるようなことも、喧嘩もしてない……はずだよ」
俺も小声で答えてから、レオナさんに対応する。
「レオナさん、とりあえず迎えに行くね」
「お、おす! 待ってるぜ!」
もうレオナさんのキャラ設定が限界にきているみたいだ。
分からないなら直接聞いて、話せばいい。
それだけの話だ。
通学カバンを手に取ってから足早に向かい、玄関のドアを開け、
「レオナさん、おは――」
俺は目を見開き、挨拶を忘れてしまった。
玄関先には――朝日に照らされた深窓のお嬢様が立っていた。
側面の髪の一部を編み込み、後ろ側で結ったいわゆるハーフアップのヘアスタイル。アクセントに赤い小さなリボンで留めている。
ブレザーのボタンにブラウスもきっちり第一ボタンまで締め、リボンもピシッと装着。スカートの丈も膝下まであり、白ソックスに、ローファー。
……少なくとも俺はレオナさんがヘアアクセサリーをつけたところも、編み込みとかのヘアアレンジをしているのも見たことがない。
セミロングくらいの長さになった金髪はスッキリとした印象があった。
制服の着方もブラウスの第一ボタンからいくつか開けて、鎖骨がハッキリ見える着崩し方で、スカートの丈も短めだった。
今は明るい元気のよさが薄れ、深窓のお嬢様然とした雰囲気になっている。
だけど、顔立ちはいつものレオナさんだ。
碧い瞳に、猫みたいなツリ目、目鼻立ちも整っているけど、綺麗より可愛いのが勝る。
今はそっぽを向いて、頬が赤いのがよく見えるけど。
「ま、真白君。だ、黙っていられると恥ずかしいんだけど」
レオナさんは髪を弄りながら言った。
「あ、ごめん。ビックリして。綺麗だけど、やっぱり可愛いなって……思って」
「そ? あ、ありがと」
返事もたどたどしい。
「でも、どうして――」
と考えてみれば、納得がいく。
簡単に挨拶すると聞いていたとはいえ、レオナさんなりの礼儀なんだろう。
「ありがとう。似合ってる。綺麗で可愛いよ」
まずはお礼に安心させる言葉を言ってあげるべきだ。
「う、うん……ありがと」
それでもレオナさんはまだ固い……と思ってると、背後から足音が聞こえ、家族のみんながやってくる。
「レオナお姉おは――! わぁ! お姫様みたい!」
「おお……やべえな。マジモンのお嬢様かよ」
「綺羅々? 言い方ね。レオナちゃん、おはよう」
レオナさんがハッとし、小走りで玄関に入った。
「みなさんおはようございます! 昨日より真白君の彼女で恋人になりました獅子王レオナです! 今後ともよろしくお願いします!」
背筋を伸ばし、カバンと紙袋を両手に持ちかえ、深々とお辞儀をするレオナさん。
……昨日の俺もこんな感じだったのかな。
リオーネさんや三毛さんにバレてしまうわけだ。
レオナさんの隣に立つ。
「紹介します。俺の彼女の獅子王レオナさん、です」
正直、家族に紹介する作法なんて俺たちは知らない。
マンガやアニメくらいの知識だ。
だから今は俺たちのやり方でするだけだ。
「話は聞いてるよ。レオナちゃん。真白のことよろしくな。今度、恋バナ、聞かせて」
「レオナお姉。真白お兄が焼き土下座することになったら許してあげてね」
「真白のことよろしくお願いします」
三者三様の返事。
みんなもう受け入れ態勢万全だった。
レオナさんが顔を上げる。
「は、はい! 全部了解です! あ! これパパとママからです! マカロンです! みんなで食べてくださいとのことです!」
紙袋を前に差し出して言った。
「これはご丁寧にどうも。ありがとな。レオナちゃん。ご両親にお礼を伝えといてね」
家族を代表して母さんが紙袋を受け取った。
「は、はい! 伝えておきます!」
ひとまず挨拶はできたかな?
「レオナさん、手、握る?」
「う、うん……」
ようやく空いた手を握る。
……手汗がびっしょりだった。
「おー……やべー。知らねえ高そうな店のマカロンだ。あとで写真撮っておこ」
「え! そんなに高級マカロンなの! 五つ星ホテルのセレブ御用達!?」
母さんは紙袋の中身を見て呟き、白雪が食いついた。
「二人とも感想を言うのは後にしようね。レオナちゃん、ありがとうございます」
「はい。どーいたしまして。みんなで食べちゃってください。ガチで美味しいので。神ってます」
レオナさんはようやく笑みを浮かべた。
手を握ったおかげか、いつものレオナさんに戻り始めてる。
「しかし、朝っぱらから見せつけるねー。記念写真撮っておくか?」
母さんが行動に移し、自室に戻っていく。
「レオナさん、そろそろ行こうか」
え? とレオナさんは一瞬驚いた顔をしたけど、
「うん! 行こっか!」
すぐに朝日に負けない眩しい笑顔を見せてくれる。
「いってきます」
声を揃えて言う。
「いってらっしゃーい」
父さんに見送られ、白雪はサンダルを履いてついてくる。
「デス美ちゃんもおはよー!」
家の外に停車していたデス美さんビークルモードに挨拶した。
「あらまあ、白雪様。おはようございますわ。ガーリーコーデのお洋服姿も大変お似合いになって可愛らしいですわ」
「うん! デス美ちゃんもピンクで可愛いよ!」
「はあー……天使ですわ。どっかの傍若無人なわがままお嬢様とは雲泥の差、月とすっぽんですわ」
「はいはい。好きに言ってろー」
レオナさんは相手にせず、背を向ける。
「デス美さんもおはよう」
「はい、真白様。おはようございますわ。朝っぱらからお熱いことでなによりですわ。ワタクシのCPUも熱暴走に消費電力アップのオーバークロック状態ですわ」
「真白君、相手にしなくていいよ。白雪ちゃんもねー」
レオナさんは白雪の頭を撫でる。
「じゃ、白雪ちゃんばいばーい」
「レオナお姉に、真白お兄。気をつけていってらっしゃーい」
「いってきまーす」
「いってきます」
白雪とデス美さんに挨拶し、歩き出す。
「レオナお嬢様、真白様」
と、デス美さんに呼び止められる。
「なーに? デス美まだ言いたいことでもあんの――」
「――お気をつけていってらっしゃいませ」
真摯で優しげな声だった。
「どーも。気をつけますよ」
「ありがとう。いってきます」
今日三回目のいってきますで、今度こそ歩き出し、駅に向かう。
「白雪様。今日はワタクシ暇AIになりましたわ。ご乗車お一つどうですか? ひとっ走りつきあってくれませんでしょうか?」
「え! いいの! デス美ちゃんありがとー!」
お話は違うけど、シンデレラみたいなカボチャの馬車ならぬ最新鋭の四脚ビークルで登校しそうだった。
小学校……大騒ぎになりそうだけど、白雪とデス美さんなら心配いらないな。




