第85話 パパが空から帰ってくる!
「え? それってつまりレオナさんのお父さんが帰ってくるってことだよね……?」
驚きのあまり聞き返してしまった。
「そーなんだよ! あ! とりま真白君はふ、服着て! 風邪ひいたら嫌だし!」
「それもそうだね!」
慌ててレオナさんが用意していた服を着る。
レオナさんが用意してくれた服は、白いウサミミフードのパーカーだった。
俺の体格に奇跡的にピッタリ、ジャストフィットしている。
レオナさんの黄色の猫耳フードのパーカーと同じメーカーみたいだ。
猫みたいなツリ目のレオナさんにはよく似合うコーデで可愛い。
俺の場合は事故ってる感というか、やべー人感が際立つというか……。
「おおー! 私の見立てどおりめっちゃ似合うじゃん! かっこきゃわわだよ、真白君!」
しかし、レオナさんは碧い瞳をキラキラと輝かせ、興奮気味に言った。
色々と聞きたいことはあるけど、まずは。
「レオナさん。お父さんが帰ってきたってことは挨拶、した方がいいかな? リオーネさんにはもうしたし」
挨拶する機会がないだけならまだしも、今は偶然居合わせてしまった状況だ。
どのような結果になるにしろ、挨拶はした方がいいとは思う。
ただレオナさんがどう思っているのかも大事だ。
レオナさんは猫耳フードをギュッと被り、目をつむる。
「あー……うーん……。パパは真白君が彼氏って知ったら絶対に大反対するし。ああもう。今日は最高の記念日になるはずだったのにー……パパのせいで台無しだよ」
この反応を見てしまうと俺も強くは言えなくなってしまう。
「タイム! ちょっと考えさせて! まずは私がパパの様子見してくるから! 本当は今日帰ってくる予定じゃなかったし。それでいい?」
「うん。いいよ。俺は……どこにいた方がいいかな」
やっぱりレオナさんの部屋が無難かな。
「とりま真白君はこれに隠れてくれる?」
「え?」
レオナさんが取り出したのは、どう見ても折りたたまれたダンボールだった。
「うちが開発中のスニーキングダンボール試作五号だよ! じゃあ、デス美に三毛さん、真白君のサポートよろしく! コードP発令!」
ダンボールを俺に渡したレオナさんは、お父さんのお出迎えに行ってしまった。
というか、コードPとは?
不思議に思いながら、外に出ると。
「レオナお嬢様よりコードP発令ですわ! コードP発令ですわ! 全職員配置におつきになってくださいですわ!
これは訓練ではありませんわ! 常在戦陣ですわ! 全身全霊を以て迅様をお出迎えおもてなし遅延させるのですわ!」
デス美さんのアナウンスが屋敷に響き渡る。
メイドさんに執事さん、警備員さんまでが慌ただしく走り回っている。
今までどこにいたんだろってくらいの人で驚く。
気配を消して仕事に徹する姿はまさにプロ――。
「真白様、時間がありませんわ! 早くスニーキングダンボール試作五号に収納されてくださいですわ!」
「ええ。台車の上でスニーキングダンボール試作五号をインタラクトしてオープンしてスタンバってください」
外の廊下に控えていたデス美さんドローンモードに、なぜか台車を用意している三毛さんに声をかけられる。
突然のことすぎてついていけないけど、言われたとおりダンボールを展開して台車に置く。
俺が余裕で入れる大きさではある。
軽いし、感触や見た目もダンボールそのものだ。
どこらへんがスニーキングダンボール試作五号なんだろう?
「さあ真白様! インストレージ! ですわ!」
「そうです! インストレージ!」
「あ、はい。イン……ストレージ?」
デス美さんと三毛さんに言わされ、ダンボールにインストレージ。
中に入ると、上側が閉じられて真っ暗に――淡い光が灯った。
外の景色がダンボールの全面に表示される。
「獅子王グループが誇る特殊技術研究部門のアミューズメント部開発チームが開発中のスニーキングダンボール試作五号の機能が一つ。全天周囲モニターですわ」
デス美さんの声が聞こえてくる。
なんか凄そうな名前が出てきてしまった……。
ロボアニメとかでたまに見るコクピットのあれ?
「超小型カメラ+ワタクシの見ている映像とリンクさせ、プロジェクションマッピング技術を応用した我が社の最新技術ですわ。さらに完全防音機能。いくら話しても外に音は漏れませんわ。逆に外からの音は筒抜けですわ」
思ったより本当に凄そうな機能が満載だ。
見た目はただのダンボールなのに。
ダンボールの間に電子基板とかが詰まっているのかな。
「私のインカムにも聞こえていますのでご安心を。では参りましょう。それで目的地は……どこでしたっけ?」
三毛さんの声に答える。
「レオナさんの部屋がいいんでしょうか? さすがに娘の部屋には入らないでしょうし」
「真白様。そこより安全な場所がありますわ。そこに向かうことをおすすめしますわ」
「そうなんですか? 分かりました。お願いします」
「ガッテンショウチですわ。先導はワタクシにお任せあれですわー」
デス美さんの道案内で、ゆっくりと台車が動き出す。
「すみません。重い、ですよね?」
食後とあって俺の体重はいつにも増して重くなっている。
三毛さんは女性にしては体格がよい方に見えたけど、それでも大変なはずだ。
わざわざ運んでもらっているのが申し訳なく、つい聞いてしまった。
「心配ご無用です。私はフランスのとある外人部隊に所属していたので、これくらい平気です」
「そう、なんですか。元軍人さんなんですか?」
確かに三毛さんの髪の毛は黒いけど、顔つきは外国の人の雰囲気がある。
「ええ。ですが、とある任務で部隊は壊滅。私一人生きながらえ、敵部隊を殲滅するも相打ち同然でした。
死に瀕していた私を助けてくださったのが、迅様とリオーネ様なのです。『シャンゼリゼのケットシー』と呼ばれていたのも今となっては遠い話です……」
「えっと……それは、大変でしたね」
想像を絶するドラマがあったに違いない――。
「し、信じてくださるのですか! 練りに練った設定を言ってもみんな最初から作り話だと見抜いて、真に受けてくださらないのに!
信じてくださったのはレオナお嬢様くらいでした! 真白様で二人目です! さすがレオナお嬢様がお見初めになられた彼ピです!」
そうではなく、設定だった。
でも俺を台車に載せても難なく運んでいるし、本当に設定なんだろうか……。
設定のままにしておくのが幸せなのかもしれない。
「まずいですわ! Pが――マスターが急接近してきますわ!」
「まさか!? あの迅様がリオーネ様やレオナ様の愛の拘束を振り切ってまで!?」
デス美さんと三毛さんが慌てた声を上げる。
つまりレオナさんのお父さんがやって来る?
思わず息を潜める。
すぐに反対側から黒髪の男性がやって来る。
「おや? デス美に三毛さん。こんなところで会うとは奇遇だね。仕事の途中かい?」
レオナさんのお父さんは穏やかな人に見える。
身長は170センチくらい……で、体型は中肉中背。
なんとなくイメージしていた仕事一筋で、やり手のCEOみたいな雰囲気はない。
話し方は気さくで、高めな声音で優しげな印象がある。
「マスターお帰りなさいませーですわ。んーでも、デス美のスケジュールには本日帰宅する予定はなかったと記録されていますですわー?」
「迅様。お帰りなさいませ。確かにデス美さんが仰るとおり本日のご帰宅の予定も連絡もなかったと記憶しています。いかがされましたか?」
「ごめんねー。みんな驚いちゃったよね。リオーネやレオナに会いたい一心で連絡するのを忘れてちゃってさー。ヘリで一直線だったよー」
あはは、と手を頭の後ろにやって笑うレオナさんのお父さん。
今はまだ迅さんと呼ぶ勇気はない。
「ところでマスター。その服はどうしたのですわ?」
「ブカブカですね。確か、レオナお嬢様が父の日にプレゼントしてくれたトレーナーでしたよね」
「そうそう! なんだか大きく成長できたと思って、今日こそは着こなせると思ったんだけどね」
レオナさんのお父さんが着ているトレーナーは、本当にブカブカでサイズが合っていない。
しかも、幼児がクレヨンで描いたみたいなライオンの顔があっかんべー……? している一枚絵がど真ん中にある。
なんだか最初から着られないことを前提にした感じのプレゼントに思える。
「それでも今日は着続けたいんだ。なにせレオナが久々に電話をしてくれて、励ましてくれたからね。ほら!」
レオナさんのお父さんは自分のスマホを操作し、
「ちょーしにのんな、ウザい」
レオナさんの音声を再生し、恍惚な笑みを浮かべた。
「このレオナの音声を聞き続けたおかげで初心に返れてね。作業効率が大幅アップすることができたんだ。
おかげで少し予定が空いて帰ってこれてね。明日には本社に戻らないといけないけど、それまでは一緒にいたいからさ」
言っていることは微笑ましく、言葉の端々から家族愛がにじみ出ている。
「ちょーしにのんな、ウザい。ちょーしにのんな、ウザい。ちょーしにのんな、ウザい――」
ただレオナさんの音声を無限ループしているせいで、素直に受け止めていいのか複雑な心境に……。
「そうだったのですわね。それでは家族水入らずですわ。ごゆっくりーですわ」
「はい。お仕事の疲れをゆっくり癒やしてください」
「ありがとう! また今度みんなでバーベキューしようね! じゃ――!」
レオナさんのお父さんは今にもスキップで去りそうな雰囲気を見せるも、
「あ! そういえば、かなり大きなダンボールだね? なんだか見覚えが……どこで見たっけかなー……?」
ここにきてスニーキングダンボール試作五号に興味を示してしまった。
レオナさんのお父さんの顔が近づき、手が伸びてくる。
……ま、まずい。このままだと大惨事が起きる。
「なにが入って――」
「迅様! いけません!」
三毛さんの怒声が響いた。
「あ、え? ご、ごめんなさい?」
「この中には……その……そう! 湿気ってしまったカートリッジやガンパウダー! さらに錆びた銃火器! 使い物にならなくなった物たちが収納されています! 無闇に触れて暴発させてはいけません!」
三毛さんが真顔でとんでもないことを言った。
「え!? そうだったの!? ご、ごめんね!? あれ? でもうちにそんな物騒なものあったっけ?」
「こ、これは特別な許可を得て資料として取り寄せた物です! 迅様が今度計画しているスパイ映画をモチーフにしたアミューズメントパークの参考になればと思い!」
「そうだったんだ! わざわざありがとう! 三毛さんなら任せて安心だね。あ、でも。慢心は駄目だよ。くれぐれも気をつけて保管してね。みんなが悲しむ顔は見たくないからね」
「はい。『シャンゼリゼのケットシー』の名にかけて」
「……うん。おっと。これ以上リオーネとレオナを待たせるわけにはいかないね。じゃあ、行くね。お仕事、頑張って」
レオナさんのお父さんが今度こそスキップしながら去っていた。
「ふぅー危うくミッションフェイルドになるところでした」
三毛さんが一仕事終えた感じで額を拭う。
「本当ですわー。さ、マスターが戻ってこないうちに急ぐのですわ」
デス美さんが道案内を再開する。
「あの、三毛さん。今のも作り話――」
「真白様。作り話に決まってるじゃないですか。ここは日本ですよ。本物なんて所持してたら銃刀法違反で捕まってしまいますよ? あってもモデルガンの類いですよ」
「で、ですよね」
三毛さんは台車を押して、前を見ながら言った。
笑っているのに目だけ笑ってないとか、鋭い目つきがさらに鋭利な感じに……とかは気のせいだよね。
「三毛様の言うとおりですわ。装備してもせいぜいスタンガンくらいですわ」
デス美さんの声もいつもより平坦な気が。
「ええ、本当に」
「はい、本当ですわー」
三毛さんもデス美さんも笑っているのに、俺は笑えない。
これ以上は聞いてはいけないと俺の本能が訴えかけている。
戦々恐々《せんせんきょうきょう》としている間に、いつのまにかエレベーターに乗って……地下へ?
どんどん暗くなり、分厚い金属製の扉の前に辿り着く。
デス美さんが横にある電子ロックにアクセスし、解錠する。
扉が開く。
「ここは……?」
「ワタクシが生まれた場所――デス美のメインサーバールームですわ」




