第82話 99.9+0.1で1000パーセントくらい
「え、えっと。真白君。急にどうしたの。その……きって」
レオナさんは座ったままうつむき、髪を何度も弄ぶ。
ハキハキと元気がよかった声も今はか細い。
だけど大丈夫。
俺にはまだ届いている。
「ごめん。本当に急だよね」
勝算も打算もない。
告白のセリフなんて一切考えてない。
その場限りの一発勝負。
後悔はない。
今伝えないと一生後悔する。
万が一俺の自惚れで思い違いだったとしても。
俺は。
「本当に。俺はレオナさんが大好――」
「私も真白君が大好き!」
レオナさんが俺の大好きを上書きした。
「でも! 私見た目くらいだし! 中身あれでKYで自己中だし! 真白君に迷惑かけちゃうかもだし!」
感情が決壊したようにこぼれ落ちる涙を、レオナさんは何度も拭う。
今の俺にはまだ、拭ってあげる資格はない。
「俺はレオナさんの可愛い笑顔が好きだし、碧い瞳も綺麗だなって思うよ。たまに暴走して墓穴掘っちゃうところも、考えなしの勢い任せなところも好きだよ。
迷惑は……うん。お互いにかけあっちゃうものじゃないかな」
「私も真白君の困ったように笑う顔も好きだし! 何でもかんでも受け止めて頑張っちゃうところもかっこよくて好きだし!
真白君を他の女子にとられたくないし! だから色々ずるくて嫌なことしちゃう女だし! 現にめっちゃ嬉しいのにグズグズしてるし!」
「俺が頑張れるのは隣に見栄を張りたい人がいるからだよ。俺の方がグズグズしちゃうことは多いよ」
「私も暴走しちゃうのは隣に可愛く綺麗だなって思わせたい人がいるからだし! だからこんなダサいこと言いたくないのに言っちゃうし!」
告白合戦の様相を呈してきた。
勝利条件はもう一つしかない。
「俺はそんな獅子王レオナさんが大好きです。付き合ってください」
「私もそんな兎野真白君が大好きです! よろしくお願いします!」
俺はやっと大好きな人の涙を拭うことができる。
ティッシュで優しく、何度も拭ってあげることができる。
「ごめんね……ぐすっ。せっかくの大切な告白だったのにぃ……」
「俺の方こそ本当に急でごめん。もっとちゃんとした場所で告白しようって思ってたんだけど。ホラーゲームのあとに告白なんて。大切なことだったのに」
「そんなことないよ。私もごめんね。ずっと思わせぶりなこと考えなしにやっちゃったよね。今日だって……ゲームは口実でさ。
〈GoF〉で結婚した時に言っちゃった『だーいすき』をどう思ってるのか聞けるかなって」
「じゃあ、お互い様、かな?」
「そう、かも。うん。そういうことにしておく。じゃあ、二人にしかできないラブコメしちゃおっか」
レオナさんは涙で潤んだ瞳を輝かせ、いつもの笑顔を浮かべてくれる。
安心したのもつかの間、甘い香りに包まれた。
「真白君。好き。大好きだよ……」
「俺もレオナさんが大好きだよ」
俺ではない他の人の体温がこんなに熱いとは思わなかった。
強く抱きしめたら壊れてしまうんじゃないかとは思わなかった。
「でも本当に驚いちゃった」
今までで一番近い距離でレオナさんが囁く。
「告白されるなんて思わなかったし。私の家だよ? ありえないけど、もし失敗してたらどうしたの? お互いに気まずいレベルじゃすまなかったよ?」
「本当にそうだね。失敗するのは……0.1パーセントくらいは考えてたんだ。ずっと。俺はそんな0.1パーセントがずっと怖くて。今日まで言えなかった」
「……そっか。私もね。真白君に告白したら99.9パーセント成功するかなって自信あるようで……なかったんだ。99.9パーセントが強すぎて怖かった」
「これもお互い様だね」
うん、とレオナさんは俺ができないかわりに強く抱きしめてくれる。
「じゃあ、二人分の怖いと好きにその他色々合わせて……99.9+0.1で1000パーセントくらいだね」
「確定じゃないんだね」
「気持ちなんて確定できないでしょ? 今確定してるのは大好きくらいだよ」
「うん。大好きくらいだね」
強く抱きしめられないかわりに、頭を優しく撫でる。
「ねえ、真白君。その、キス、していい……?」
「え? キス……?」
穏やかな時間に荒れ模様。
「いや?」
レオナさんは少し身体を離し、甘えた声で囁き、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
返答に困る。
さっそく俺の方がグズグズし始める。
告白してすぐにキスはいいんだろうか。
少女マンガとかラブコメマンガでは……どうだったっけ?
そもそもレオナさんの家だし、いきなりキスはいいのか?
もっと段階を踏むべきでは?
……彼女から初めてのお願いを断るのはどうかな?
天使枠聖職者系ローリングアンゴラさん!
――男なら彼女の覚悟をドンと受け止めるべきだろ。つーか、お前の方がしたいだろ。
悪魔枠狂戦士系爆走毛玉珍獣ウサボンバーさん!?
俺の中の白いウサギと黒いウサギがせめぎ合って……いない。
言い方は違えど、ゴーサインだった。
「よ、よろしくお願いします」
「は、はい! よろしくお願いされました!」
レオナさんは顔を真っ赤にして頷いた。
俺も同じくらい顔が真っ赤になっているのが分かる。
お互いに見つめ合い、自然と目を閉じた。
柔らかく、ほのかに甘い。
息が止まる。
時間が止まったかのようだ。
聞こえる音はお互いの心音だけで。
俺に主導権はなく、彼女にあるのだと伝えられてる気がする。
唇の感触が薄れるのを感じ、目を開く。
レオナさんは落ち着いた様子で、優しく微笑んでいた。
「甘いね。キスって最後に食べた物の味がするって言うけど……チョコ風味」
「そう、らしいね。じゃあ――」
声を揃えて、
「きのこマウンテンだね」
「たけのこビレッジかな」
……まずい。意見の食い違いが。
「真白君! 私たち恋人同士になったんだよ!? 彼氏彼女のファーストキスだよ!? ちゃんと思い出して! きのこたけのこ戦争したいの!?」
レオナさんがまた顔を真っ赤にして、俺の両肩を掴んで揺らす。
「ご、ごめん。最後らへんのあーんはもうレオナさんの口を見るのに集中してて。どっちをあーんしたかあやふやで……」
「わ、私だってめっちゃあーんするの恥ずかしかったんだよ!? あーんしてあげるより、あーんされる方が恥ずかしいとは思わなかったし! だからあんまり覚えてないし!」
さっきまでの初々《ういうい》しい雰囲気が一変して、いつもの感じに戻ってしまう。
実際、暗がりのこともあって、どっちを取ったかなんて気にしていなかった。
きのこマウンテンもたけのこビレッジもまだ数個残っている。残数で予想もできない。
本当にレオナさんの口ばかり見て、気にしていた。
今ならレオナさんの顔のパーツで、唇が一番綺麗に描ける自信があるくらいだ。
……自分で言って気持ち悪いことを言ってる自覚はあります。
とにかく俺も自分で最後にどっちを食べたかのさえ覚えていない。
「あ。待って。た、確かにあのチョコとクッキーの比率は……うん! やっぱりきのこマウンテンだった……はず!」
「じゃあ、きのこマウンテン――」
「真白君! 私の言い分をすんなり受け入れてくれるのも好きだけど! 今日だけは折れちゃ駄目!」
「俺はどうすれば……」
「そだ! 分からないならゲームでハッキリさせよう! メリカーリベンジで決めよう!」
レオナさんは立ち上がって、またゲームソフトを取りに行った。
慌ただしく動き回る俺の好きな人を眺める。
告白が成功して、両思いになって、彼氏彼女で、恋人同士になった俺たちだけど。
こんな恋人模様が俺たちらしくていいのかな。
「さあ真白君! きのこたけのこ戦争の舞台は整ったよ!」
「了解です」
されど、勝負は勝負。
手を抜くのは失礼――。
「レオナさん?」
「真白君ゲーム強いんだから! このくらいのリアル妨害ありでしょ!」
レオナさんは俺の足の間にすっぽり収まってしまう。
さらに背を預け、わざとらしく頭を動かして髪をこすりつけてくる。
向かい合って抱き合うのとは別のドキドキ感が。
コントローラーのベストポジションが見つからない……。
確かにこれはデバフ……いや、ある意味バフでもあるような。
「ふふん。効いてるみたいだね。今のうちに」
レオナさんは俺があたふたしている間にレースの準備を進める。
今回は1vs1の勝負らしい。
レースが始まる。
前回、俺の家でやった時は俺の圧勝だったけど……あれ!? めちゃくちゃ速い!?
コインを的確に取りながらもコースの際際を攻め、ショートカットを巧みに利用し、俺の後にピッタリついていく。無駄な動きが一切ない。
……それに静かだ。
対戦ゲームならマシンガントークが止まらないレオナさんが、一切喋らない。
もしかして。
「レオナさん、照れてる?」
「めっちゃ照れてますけどなにか!? あ!」
俺のデバフでレオナさんが甲羅に当たった。
なんだかんだ初々しい雰囲気は残っている中、レースを展開する。
どうにか辛勝を収め、一息つく。
「むぅーリベンジならずかー。ファーストキスの思い出はたけのこビレッジで決まりかなー」
レオナさんはそこまで残念がっていない様子だ。
まだ残っていた渦中のお菓子たちを手に取る。
俺としてもなんだか煮え切らない感じが、申し訳なくなってしまう。
「すんなり納得できる。解決策があるといいんだけど――」
口を塞がれる。
不意打ちのキス。
反応はできたけど、避けたくなかった。
なにか固い物が唇に当たり、口に押し込まれる。
おそるおそる噛むとポキッと割れた。
チョコの味がし、さらに押し倒される。
「これできのこマウンテンも立証されました。ファーストキスはたけのこビレッジ&きのこマウンテンでいいよね。和平が成立されました」
俺の上に跨がったレオナさんは、半分残っていたクッキー部分を食べた。
さら唇に指を這わせ、わずかに残っていたクッキーの欠片と一緒に舌で舐めとる。
猫耳フードのパーカーと相まって。
なんだか、このまま俺まで食べられちゃうんじゃないかと、空腹のライオンを前にしたウサギの気分だ。
俺はゲームで圧勝できても、リアルでは一生レオナさんに敵わないと思わされる。
……まあ一部は反攻の兆しを見せているけど頑張って抑えている。
「真白君。夕ご飯、食べてく?」
そして急に夕ご飯のお話に。
断る理由は……ないかな。
「お邪魔じゃなければ。あ……そうだ。リオーネさんやデス美さんには交際し始めましたって言った方がいいよね?」
どう切り出したものかと思う。
ついさっき告白しましたと言ったも当然だ。
黙っているのはよくないし、隠すことでもない。
しかし、告白とはまた違った難しさがあり、気恥ずかしさがある。
ストレートに打ち明ければいいだけで、リオーネさんたちは祝福してくれるはずだ。
そう分かってても、つい言葉選びに悩んでしまう。
「うーん。ママたちには今日くらい内緒でもいい? せっかくの初日だし、ゆっくりしたいなー……って。二人だけの秘密、みたいな。真白君がよければだけど。次の機会に話す感じじゃだめ……かな?」
申し訳なさそうに言うレオナさんに笑って頷く。
「全然いいよ。俺も父さんや白雪はともかく、母さんに話すと大変になりそうだしね。家族に恋人の話を打ち明けるってのも難しいね」
「だねー。真白君の家族にも挨拶しなきゃだし。お互いに家族に話すってなると大変だよね」
「本当にね」
わずかばかりの秘密の共有も悪くない。
今日という日は二度と来ないから。
それもいい思い出になる。
「ねえ、真白君。まだご飯まで時間あるし。もう少しくっついていい?」
レオナさんが事後承諾でお願いしてきたので手を回す。
「……うん。俺もいいかな」
「ありがと。へへ……あ。背中痛くない? ベッドでする?」
その言い方はちょっとドキッとしてしまう。
俺も男子なので。
「ベッドは、その、色々まずくなりそうな」
「う、うん。今はカーペットが私たちのレベルにあってるよね」
また落ち着いて、穏やかな時間が戻ってくる。
「大好きだよ、真白君」
「レオナさん、大好きだよ」
続いて俺たちはしばらく大好き合戦を繰り広げた。




