第80話 あーんが怖い
「ちょっと。マジでちょっとだけ。攻略不可能ポイントがあってさ。そこだけ真白君の手を借りたいなーって思ってさ。駄目、かな?」
「駄目じゃないよ。さっそくやる?」
「マ? ありがとっ。じゃあ、お菓子とか飲み物持ってくるから待っててー。あ! テーブル用意しておいてもらっていい? そこのテレビの方にずらす感じでよろ」
「分かったよ。やっておくね」
レオナさんはそう言って、嬉しそうに部屋を出て行く。
俺もテーブルを動かし、やることがなくなってしまった。
カーペットの上に座る。
レオナさんの様子を見た感じだと、ホラーゲームが苦手ではないのかな。
どちらかというとボス戦とかの難所でクリアできない方かもしれない。
『幽覧零夜巡り』は霊能力がある男子高校生――御影零夜が主人公で、夏休みに風変わりな探偵助手として、霊や呪いにまつわる災厄を解決するお話だ。
三部作出ており、高1、高2、高3と毎回夏休みに幽霊の少女と出会い、災厄の謎を追うことで彼女たちの死因を探るお話でもある。
そして、零夜の霊能力を投射したカメラで怨霊や怪異を祓うゲームでもある。
つまり敵と戦うと言うことだ。
即死攻撃をしてきたり、狭い屋内で戦うこともある。
しかも、相手は霊なので障害物も基本的に関係なくすりぬけてくるし、姿を消して背後から襲ってくることもある。
それらを祓うためにカメラを用いるわけだけど、怨霊や怪異を見て写さなければならない。
怖いから目をそらす――それができないホラーゲームだ。
廃墟の木造家屋や神社仏閣、異界化した街や村、時には山に川に海岸で祓いまくる。
地域信仰や伝承を軸に作られた2010年付近設定の和風ホラーで、未だに根強い人気がある。
あとキャラ人気も。
主人公の性別は男性だけど、いわゆる……男の娘みたいな風貌で、中性的な容姿で綺麗なのだ。
そして相棒となる幽霊の少女たちも可愛かったり、美人だったりと数少ない清涼剤だ。
たまに敵の怨霊もだけど。
シナリオもよくて、ハマる人にはハマる。
ホラーが苦手な人でも……まあ、頑張れば。初代が一番が怖かったくらいだし。
それでも怖いなら色んな服装に着替えたりもできる。主人公だけでなく、幽霊の少女たちもお着替え可能で――。
「真白君、お待たせー」
「補給物資を届けに参りましたわ」
レオナさんがドアを開け、配膳ロボモードのデス美さんと一緒に帰ってきた。
「おかえり。手伝うよ」
「うん。ありがとー」
立ち上がり、一緒に飲み物やお菓子をテーブルに並べ終える。
ゲームをする準備をすませ、またカーペットの上に座る。
「それではごゆっくりどうぞですわ。お二方のイチャイチャはデス美ストレージに収めませんのでご安心くださいですわ」
「はいはい。それはどうもー。これからやるのホラゲー……うん。まあ、あれだし」
レオナさんはドアを閉じ、足早に勉強机の方に向かい、そして灯りを消した。
「……レオナさん? なんで灯り消すの?」
レオナさんが小さな猫型ライトをつけて、自分の顔を照らした。
「え? ホラゲーって普通灯り消してやるでしょ?」
「俺はやらないけど……」
「マ? 真白君、それはイージープレイだよー。というよりもったいないじゃん。やっぱりホラーは怖がらなきゃ損だし!」
あれ? 本当は怖いのかな?
俺は『幽覧零夜巡り』をプレイして苦戦したことはあっても、怖かった記憶はない。
レオナさんは小さな猫型ライトをテーブルに置いた。
発光は弱く、テーブル付近しか照らされていない。
「じゃ、じゃあ。ゲーム起動するね」
さっきまで余裕があった感じなのに早口だ。
こういう場合、怖い? って聞いていいんだろうか?
悩んでいる間にゲームが起動し、『幽覧零夜巡り参夜譚――黒白の花嫁』のメニュー画面が表示される。
「そ、それじゃあ、真白君お願いねっ!」
手渡されたコントローラーも既にちょっとひんやりしているような。
「うん。分かったよ」
とりあえずロード画面に移動し、
「最新のセーブデータってこれで合ってる?」
「はい。合ってます」
口数まで減りだした。
セーブデータのプレイ時間は5時間越えだ。そこそこ進んでいる。
やっぱりボス戦かな? と思いつつロードして確認。
「なるほど。ここか」
画面には長い白髪に白いワンピースを着た少女――幽霊なので少しだけ透けている。
『幽覧零夜巡り参夜譚――黒白の花嫁』のヒロインである幽霊の少女の白だ。
主人公である零夜の姿はない。
ここは零夜と分断されてしまった白視点になる。
白は攻撃能力を持たないキャラで、足止めはできても逃げるしかない。
だけど、追ってくる怨霊はラスボスである黒。
足止めも通じない相手だ。
見た目の色彩は白黒で、容姿はおぞましい人型。顔は爛れ、渦を巻くように歪んで人相は見えない。背後に無数の手を従え、ジリジリと詰め寄ってくる。
さらに不安を煽るような悲鳴が延々と続く。
もちろん捕まれば即死と言う名の黒に取り込まれてしまい、ゲームオーバー。
それに怯えながら脱出口を開けるための仕掛けを解き、アイテムを手に入れ、脱出口にはめ込んでいく。
ただ逃走ルートさえ構築して覚えれば、特に苦戦する要素はない。
確かに怖くはあるんだろう。
でも、倒す必要はない。相手の位置を確認する時は適切な距離ですれば問題ない。
だから、気になる。
「レオナさん。どうしてここ? 他の方が難しいポイントがあると思うけど」
「偉い人は言いました。敵を殺せるゲームはホラゲーじゃありません。狩りゲーですって」
レオナさんは悟りを開いた顔で言った。
「まあ、確かに……」
敵が殺せるなら狩りゲーです。
この流れなら聞いてもいいのかな。
「もしかして、レオナさん。怖いの苦手?」
「……ちょっとだけ。ちょっとだけだから! 別に殺せるホラゲーは苦手じゃないし! 普通のホラゲーがちょっとー……あれなだけ! マジで! 信じてよ!」
レオナさんは即座に悟りを捨て去りまくし立てた。
「そっか。信じるよ」
怖いもの見たさにホラーゲームをやるのは理解できる。
むしろそれこそがホラーゲームの醍醐味かもしれないし。
「あと、さ。真白君のカラオケで歌ったの。思い出したからーとか……言っちゃたりして。だから一作目からやってみよって遊んだら、シナリオいいし、ゲーム的に面白いし。
金曜の夜から土曜日にぶっ通しでついやり込んじゃったけど……ここで、積みそうになっちゃってさ」
「頑張ります」
原因が俺なら喜んでここだけ突破して見せましょう。
「じゃあ、始めるね」
「う、うん……」
チェックポイントから動き始めると、イベントが挿入される。
絶叫と共に黒が現れ、白を追い始める。
逃げる場所は長い回廊の迷宮。
お互いに霊ではあるけど、黒による結界で通り抜けができなくなってしまい、通路を逃げるしかない。
「ねえねえ真白君! なんで定期的に振り返えんの!?」
「距離をあけすぎるとワープして、どこから来るか分からないから。曲がり角で不意打ち即デスもありうるし。チェイスするならこれがいいんだ」
「なんでそこでグルグル回るの!?」
「下手に逃げ回るより、机先輩に守ってもらえばアンチだし。結界仕様で黒も通り抜けできないからさ。時間稼ぎには十分だよ」
「ってか、真白君は怖くないの!?」
「え? 俺より怖くないでしょ?」
「いやいや怖さのベクトル違いすぎるし! そもそも真白君怖くないし!」
レオナさんがどんどん近づき、ついには俺の服の裾を掴んでいる。
なんだろう。
酷い話だけど、怖がる姿がなんだか可愛くて、
「ひっ! ひゃ! うぅー……!」
ついいつもの倍、いや三倍くらい振り返ってしまいます……。
「タイムタイムターイム!」
オプション画面が表示される。
もう少しで逃げ切れるところでレオナさんが、コントローラーのスタートボタンを強引に押してしまった。
怖さが限界に達してしまったのかもしれない。
「補給タイムねっ。お菓子食べよっ」
お菓子の箱を開ける音がした。
暗いせいでレオナさんの顔色はよく見えないけど、泣くまではいっていないと思う。
でも、悪ノリしすぎてしまったな。
反省だ。
「はい、真白君。あーん」
レオナさんが……きのこマウンテンのチョコを掴んで、俺の口元に運んできた。
「え?」
「え? じゃないよ。あーん、だよ? 真白君がプレイ中なんだからコントローラーを汚せないでしょ。はい、あーん?」
レオナさんが甘い声で催促してくる。
お菓子だし、問題はない、のかな。確かにコントローラーが汚れるのは問題だ。だから問題ない。うん。なにも問題はない、はずだ。
「あーん……」
「うん。どーぞ」
口を開けて受け入れる。
タイミングを間違えば、レオナさんの指が当たってしまいそうだった。長めに待ってから閉じる。
甘い。色々甘い――。
「はい、あーん? 今度はたけのこビレッジだよ」
レオナさんがここぞとばかりに攻勢を強めてくる。
俺がいつもより三倍振り返ったせいで倍返しされそうだ。
え? つまり……六倍?
俺はレオナさんがきっちり六倍返しするまで、あーんを受け入れるしかなかった。
バッチリすぎるほど補給を終え、ゲームを再開する。
と言っても、もう逃げ切る寸前までいっていた。
すぐに黒から逃げ切ってイベントを挟み、無事に零夜と合流を果たせた。
「レオナさん、終わったよ。ここまででいい?」
「うん。ありがとー真白君。感謝ー。一回手洗ってくるね。ちょっと気合入れてくる」
「いってらっしゃい」
レオナさんはスマホの灯りをつけ、手を洗いに行った。
◆
手洗いから帰ってきたレオナさんに選手交代する。
「フハハハハ! 零夜君に変わればこっちのもんだし! 怨霊怪異共めが! 白ちゃんにやった数々の仕打ち! 零夜君の超絶霊能力パワーで除霊してやるぜ!」
開口一番は元気がよかったけど。
「む。むむぅ……」
ゲームを進めるごとに口数は減っていた。
でも普通にプレイングが上手だ。
カメラの強溜め攻撃のチャージタイミング、回避行動、たまにダメージも受けるけど焦らず回復し、位置調整。
……もしかして喋ることに脳のほとんどのリソース割いていて、黙ってれば上手、なのかな?
確かに〈GoF〉を一緒に遊ぶ時は会話しながらが多い。
対戦ゲームも白熱すればするほど喋るし。
相手がいると喋りたくなっちゃうのなら、レオナさんらしい。
だから今は怖い分、集中力が研ぎ澄まされているのかもしれない。
怨霊に掴まれた時とか必死にボタンを連打してるし。
「レオナさん、どうかした?」
そんなことを考えているとまたオプション画面が表示された。
「はぁ……しんどー……。一回補給タイムー」
その言葉を聞いて緊張してしまった。
「真白君、あーん?」
予想どおりレオナさんが口を開ける。
そう、なるよね。
コントローラーが汚れるからこの補給タイムは、合法だ。
俺だってしてもらったんだから、しないのは卑怯というものだ。
レオナさんの方からしているんだから、ここでしないなんて恥をかかせるようなものだ。
「ど、どうぞ」
たけのこビレッジを一つ取って、レオナさんの口に運ぶ。
しっかりとレオナさんの口を見ないと、うっかり指を当ててしまう。
暗がりだからなおさらだ。
俺としてはある意味こっちの方が怖い。
まんじゅう怖いならぬあーんが怖い。
『幽覧零夜巡り』の怖さを強調させる要因がやっと理解できた気がする。
「んー、おいし。真白君、あーん?」
たけのこビレッジは一つが小さい。すぐにまたお願いを要求されてしまう。続いてきのこマウンテンをひとつまみ。
「はい……」
小さな口に吸い込まれていく。
俺はレオナさんが満足するまで続けるしかなかった。




