第76話 獅子王さんの荒ぶるライオンハート
私は〈GoF〉からログアウトし、〈リンクギア〉を外す。
ゲーミングチェアから降り、机に置いてある専用ケースに〈リンクギア〉をしまう。
代わりにスマホを手に取り、ベッドにダイブ。
深呼吸……からのゴロゴロタイム。
「何言ってんだー私! だーいすき! ってなに!? だーいすきって! あのタイミングで言う奴いる!? いますよ! 私言っちゃったし!
あの瞬間なら合法じゃねって思ったけどさ! だーいすき! 以上でも以下でもない! なんかーこう純粋な思いみたいな!
しょーがないじゃん! 幸福度MAXの好きピゲージ振り切って限界突破のエクストリームバーストからスーパーノヴァっちゃったんだから!」
一呼吸。そしてゴロゴロ。
「それで真白君も、俺も!? 『俺も』ってどこを指して述べてんの!? 真白君の俺もがどこを指してるか五十文字以内で述べよって聞かれたら!?
だーいすき! で四文字じゃないの!? いや、感嘆符もいれるの!?」
一呼吸。またゴロゴロ。
「じゃあ、そのだーいすきはどのだいすきかを五十文字以内で述べよって聞かれたら!? 五十文字じゃ足りんわァッ! はっ!?」
一――二、三、深呼吸。
「い、いかん。あまりの羞恥心に暴走してノリツッコミしてしまった。デス美に聞かれたらまずい。
落ち着け、私。落ち着け……るわけないじゃん! だーいすき! ってなに!? だーいすきって――いかん! このままじゃ無限ループから抜け出せない!」
またゴロゴロしてベッドの隅に移動する。
大きなライオンのぬいぐるみ――真白君がとってくれたママ卍ガオ美真白君直筆イラストプリントシャツフォームを抱きしめる。
落ち着く。
もうとっくに消えてるはずの真白君の温もりを感じられる気がして。
〈GoF〉が体温まで完全再現してなくて良かった。
全身がめっちゃ熱くてやばい。リアルだったら顔が真っ赤で即バレしていた。
ママ卍ガオ美を抱きかかえながらスマホを操作する。
最近、兎野君フォルダから真白君フォルダに変わった最新の写真を見る。
挙式直後の写真。
ハートエフェクトと花びらが舞う中、レオとウサボンが仲良く顔を寄せ、楽しそうに笑い、手を合わせてハートマークを作っている。
「二人とも幸せそうだなあ……そりゃだーい――い、いかん。また無限ループに陥りそうになった。落ち着け、私」
真白君フォルダの写真を遡っていく。
最初は何の気になしにとった真白君のバイト先で撮ったツーショット。
あの頃はリアルでこんなにくっついても平気で笑っていたってのに、今はもう無理だ。今みたいに顔が真っ赤になって照れてしまう。
今度は写真を進めていきながら、今までを振り返る。
夏休み明けの屋上で真白君と出会った時は、目元が髪で隠れて表情はあまり読みとれなかった。
まさかウサボンだとは思わなかったし、私もみっともないところ見せちゃったっけ。
でもウサボンって分かった時から、どんな表情をしているかは分かった。
それからキンちゃんのとこで髪を切って、だてメガネをかけてからは顔が見えるようになった。
最初は困り顔が多かったけど、だんだん笑顔が増えて嬉しかったな。
体育祭の時はめっちゃかっこよかったよ。一番はやっぱりリレーかな。
全力で必死でかっこいい顔、これが真白君だぞって誇らしかった。まさに前方彼氏面、後方……彼女面的な。
でも本音を言うと誰にも見せたくなかったんだ。独り占めにしたかった。ワガママだよね。
そのせいか……嬉しすぎて思わず抱きついてしまった時は、頭が真っ白になってやばかった。
それからはもっと色んな顔を見せてくれて嬉しかった。
「ありがとう。俺はレオに。獅子王レオナさんに会えてよかった」
体育祭が終ってまた屋上で話した時、真白君はお礼を言ってくれた。
夕日をバックに真剣な顔で言ってくれた真白君はかっこよくて。
ぶっちゃけ撮影に録画したかったし、録音もしたかった。
いや、あくまでたらればで。マジでやるつもりは……なかった。うん。なかったぞ。
私の似顔絵をこっそり描いちゃって、慌ててごまかす姿だって可愛く見える。
真白君から見えてる私ってこんなにキラキラしてるんだなって嬉しかった。
頑張れって応援したくなる。
母親の綺羅々《きらら》さん相手だと子どもっぽく意地を張るところも新鮮だった。
初めて私の名前を呼んでくれた時は嬉し恥ずかし照れ照れでやばかった。
私が真白君って言った時の声、ガビってなかったか心配だった。
ちゃんと伝わったかなって。
その後全然寝付けなくて、結局真白君とゲームしてフルボッコにされて慣れちゃったけど。私たちらしいよね。
だから、怖い。
――好きになるってこんなに不安で、怖いことだなんて思わなかった。
もし大好きの『俺も』が。もし、もしもあれなら――99.9パーセント、私が告白したら受けてくれる。
でも、その99.9パーセントが怖い。
私は真白君の彼女に相応しいのかって。甘えていいんだろうかって。隣で歩いて笑っていいのかなって。
真白君は私なんかよりも色んな経験をしている。
今日の昼間に夜の予定を確認するために電話したら、昨日昔の親友と仲直りできたって楽しそうに話してくれた。
私のおかげだって言ってくれて、嬉しいけど。
一番頑張ったのは真白君だ。
――私のなんてことのない、おまじないがこもった物さえ大切にしてくれている。
嬉しいけど、やっぱりまず真白君が頑張ったから。
比重でいえば、私なんてほんの少し――いや、おかげって言われるのが怖いのかも。
私は恵まれている。
不自由のない生活、学業も順調。要領もまあ、うん。いい方だ。絶対に。運動はもちろん、初めてやる習い事だってだいたいできる。ゲームはまあ、置いておこう。それがいい。
初等部の頃は地毛が金髪で外見が派手だからって、悪目立ちして人間関係がギクシャクしたこともあった。
高学年になるにつれ、それも落ち着いた。小6で桜やシズぽよと仲良くなりだしてからはだいぶ平穏。
……逆に真白君は小6時代に色んな変化があった。
中等部は今度はその外見で話したこともない先輩やら高等部の人からも告白され始めたけど。
結局、見た目しか見てないと分かったので、ごめんなさいと断った。だんだんすぐに分かるようになって断り慣れてしまい、さすがに落ち着いた。
……真白君は中2の体育祭以来苦しくて、つらいことがたくさんあった。
高等部でようやく落ちついた。学校生活は充実していたし、〈GoF〉でウサボンやみんなと一緒に遊ぶのも楽しかった。
……でも真白君はまだ考えて悩んでて、私も勝手に変な思い込みしてたな。
「……のんきだよね、私は」
両親の愛情の在り方なんて考えてる余裕があるくらいだ。
みんなは将来だったり今だったり過去だったり、たくさんのことで悩んでいるのに。
もし普通の家に生まれてたら――なんて考えも余裕がある証拠だ。
大した苦労なんてしていないお気楽者だ。
真白君はたくさん傷ついて、それでも立ち上がって、また走り出した。
分かっている。歩んできた道のりは比べることじゃない。比べること自体が真白君に失礼だ。
そんなことは分かっているはずなのに。
怖くて怖くてしょうがない。
「だめだー! 病むなー私! 別に真白君は俺もって言って否定なんてしてないじゃん!」
だからお礼を言われた時、無意識に言ってしまった。
結婚しよ、って無意識に言ってしまった。
なんだかこれで私たちの関係は終わって、もう二度と屋上で話さないし、〈GoF〉でも遊ばない。
だんだん疎遠になって、私じゃない彼女が真白君の隣で笑って――。
怖くなって、気がついた時には口から出ていた。
そんな私の無茶を真白君は笑って受けとめてくれた。
だから、余計に苦しい。
自分で離婚しておいて、今度は結婚を口実にどうにか関係を繋ぎとめられてホッとしている自分がずるくて嫌だ。
でも、もし。
もし。
もしも。
「ごめん、離婚してもらっていい?」
真白君に興味なさげに、冷めた眼差しで言われたら――死。死ぞ。
自分が言われたらこんなにもショックなことを言ってしまったなんて、本当に私は自分本位だ。
「だから病むなって私!」
ママ卍ガオ美を巻き込んでゴロゴロして弱気を振り払う。
私も真白君の隣を歩けるように頑張るんだ。
身体を起こし、スマホを手に取る。
もう数ヶ月使ってない連絡先を選ぶ。
ワンコー……。
「レオナ!? 何かあったのかい!?」
パパの喧しい声が聞こえてスマホを耳から離す。
「即出るとかキモい」
「なにかの暗号かい!? 実はアナグラムで本当は誘拐されて助けてになるとか!?」
「違うって。別に。娘が父親に何かなきゃ電話しちゃいけないの?」
「いけなくないよ! パパが悪かった! でもじゃあ……どうしたんだい?」
「その、一度、しか言わないから」
「あ! まって! 録音するから! いや!? ま、まままままさか! 彼氏ができたなんて言わないよね!? それは録音したくない!」
「はあ!? 今そんなこと考えらんないし! ほんとデリカシーなさすぎ! とにかく聞きなよ!」
本当にパパと話すと疲れる。
過保護がすぎるし、今それが一番ナイーブだってのに。
他の人ならこうはならないのに。
「ごめんね、レオナ! パパが悪かったよ! 聞くよ! 録音はしない!」
パパが平謝りしたのを聞いて、深呼吸。
「パパ、いつも私たちのために……えっと、その、頑張ってくれて……その、ありがと」
「レオナ!? ごめん、もう一回言ってもらっていいかな!? やっぱり録音したい! レオナの音声を無限ループしたらパパは一週間不眠不休で頑張れるから!」
「ちょーしにのんな、ウザい」
「今の録音したって言っておくよ! これでパパは一週間――」
収拾がつかなくなるので通話を切る。
スマホをベッドに放り投げ、自分も倒れこむ。
私はツンギレか。
真白君みたいにはうまくいかないな。
この部屋にある物のほとんどはパパが買ってくれた。
いつも頑張ってくれている証。
パパは家に帰れなくても、家族の記念日や誕生日には必ずプレゼントを送る。
好きな人からの贈り物は嬉しいものだと、最近私もちょっと分かった。
だからママはいつも優しい顔で、パパの帰りを待っているんだってことも。
ママ卍ガオ美真白君直筆イラストプリントシャツフォームに顔を埋める。
まあ、物によっては――って例外もあるけど。
センスのあれな洋服とか、下着も一度あったっけ。パパにガチギレしたら反省してやめた。
まあ、ともかく。一緒にいられない分の気持ちをどうにか形だけでも残して、伝えたいんだ。
パパは家に帰ってくるといつも最初に、ごめんと謝る。
ちょっとだけ真白君に似て――いやいや! 真白君はもっとかっこいいし! 似てないし!
「あーマジでしんどい」
私は真白君になにもしてあげれてないんじゃって思って泣きそうになる。
真白君に言ったら、きっと……そんなことないよって言ってくれる。
分かってる。こうやって自分を哀れんで楽になろうとしてるだけ。
甘えてばかりじゃ駄目だ。
ベッドから降り、本棚に向かう。
「まずはルナティック☆キララ先生の連載作品『この想いをアオで描けたら』通称『アオえが』! セカンドオピニオン! ルナティック☆キララ先生の前作『初恋クッキー』! サードオピニオン! フォースオピニオン! フィフスオピニオン――!」
恋愛、ラブコメマンガにアニメ。ファッション誌。借りられる先人の知恵をいくらでも借りて、今後の身の振り方を学ばねば。
女子力を、乙女心を磨かねば――!
頑張れ、私!
◆
いかん。今度は私が完徹してしまった。
どうにかして普段どおりの顔色にしようとメイクをめっちゃ頑張った。盛れてる……はず! 隈とか色々見えない……はず! いける、はず! 私の戦いはこれからだ!
登校し、おそるおそる教室に入る。
やっぱり最初に確認するのは真白君の座席で。
真白君は安昼君たちと楽しそうに話している。
最近、学校では男友だちと一緒にいることが多くなった。
もう一人じゃないんだって分かって嬉しい。
私も一緒に混ざって話したいけど、べったりしすぎもよくない。
「おはよう、レオナさん。大丈夫?」
でも私が教室に入ると声をかけてくれる。
学校で話すようになった頃は怖がらせないようにするためか、頑張って低い声を柔らかく高い声にしようとしてたっけ。その頑張りも振り返れば、可愛くて好き。
今はもう〈GoF〉で聞き慣れた、より鮮明な低い地声。気を許してくれた証拠みたいで嬉しい。
真白君は怖い顔って自分で言うけど、心配そうに見てくれる顔が怖いわけないよ。
……あれ? 心配?
「顔色悪いけど……体調、平気?」
即バレしてた。
めっちゃ嬉しいけどつらみ。ぴえん。
「……ちょっとマンガとかアニメ見てたら盛り上がって夜更かし、しちゃいました。ごめんなさい」
嘘は、うん。言っていないぞ。
今日はケアしてからぐっすり寝るべし……私。
私の戦いはこれからだ。
 




