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ネトゲの嫁と離婚したら、クラスのギャルお嬢様がガチギレしていた  作者: 春海たま
体育祭編

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第62話 君しか勝たん

「あーっ! 安昼あひる! ほら! 腕のここ! すりむいてる! プールに入った時にしみたら大変だよ! ほら救護室行こう!」

「わ、分かったら引っ張るなって! え? お、おい、白鳥しらとり。まだアヒルさん絆創膏なのか? まさかそれを貼るのか? 恥ずかしいからやめてくれ……!」


 安昼君は幼なじみの白鳥さんに連行されてしまった。


「ルリバの君もナイスガッツ。栄養補給にシズコの戦利品を頂くかね? さらに改良を加えたハチミツレモンインキャッサバパン。疲労回復にバッチリぞよ」

「え!? い、いいのでありますか!? あ、ありがたき幸せにそうろう!」


 瑠璃羽るりば君が豹堂院ひょうどういんさんに感化されて変な言葉使いになってる。


「みんな違って、みんな……いい。今の俺にはそう言える余裕があるぜ……」

根津星ねづぼしがまた変なこと言ってる」

「根津星ー。次のスプーン玉運び競争出るんだろー。お前の得意競技だろー。起きろー」

「聞こえてないみたいだよ? 間抜けな顔してるし」

「熱中症じゃね? 水ぶっかければ治るでしょ」


 男子騎馬戦の勝利の立役者である根津星君はシートに寝転び、虎雅こがさんたちをはじめとしたクラスの女子に囲まれている。


 幸せそうな表情を浮かべているけど、根津星君的にはその扱いでいいんだろうか……。


 俺はみんなの様子を隅で眺めていたんだけど。


「兎野君、大丈夫?」


 獅子王さんが心配そうな顔で声をかけてきた。

 心配された理由は考えるまでもない。


「大丈夫だよ。俺が出る競技はあとリレーだけだから」


 騎馬戦を乗り越えても、リレーって口に出すだけで身体が強ばってしまう。

 と、獅子王さんが急に俺のだてメガネに手を伸ばしてきた。


「持ってくれよー! 兎野君のだてメガネ! これフラグじゃないからね! 聞いてるかー!? 兎野君のだてメガネ!」


 うぬぬ、と獅子王さんがだてメガネに念を込めてくれる。


「大丈夫、だよ」


 茶化したり、気取ったセリフの一つでも吐ければいいんだろうけど、駄目だった。

 今はその言葉しか出てこなかった。


 精一杯笑うことしかできなかった。


 だてメガネは自分と誰かを分ける境界線の役目だから。

 一種のおまじないでお守りみたいなものだから。


 多少ヒビが入ったところで何も問題はない。

 あるだけで何も問題はない。


 だから大丈夫と自分に言い聞かせる。

 獅子王さんに心配をかけて、こんな顔はさせたくないから。


 そっか、と獅子王さんは優しく笑って手を離した。


「女子のリレーの方が先だからね。兎野君にちゃんとバトンを渡せるように。私たち女子もガチで頑張るからね。だから――」


 何か言いかけて口を閉ざしてまったと思いきや、グータッチを求めてくる。


「大船に乗ったつもりでいてね! 泥船じゃない、最高級クルーザーだから!」

「うん。応援してる」

「ならば、よし! 私も兎野君の応援頑張るからね! 一緒に頑張ろーぜっ」


 軽くグータッチをして、いつもの雰囲気に戻ることができた。


 でも、まただ。


 今日感じたモヤモヤが心の中で広がっている。

 何度胸に手を当てても原因は分からない。


 なのにどんどん大きくなっていることだけは確かだった。


 ◆


「さあ郷明きょうめい学園体育祭! 秋の陣! ついに最終局面です! 残すは学年別クラス対抗リレーのみ! まず先陣を切るのは1年女子の面々です! みなさん最後まで熱い声援をお願いします!」


 実況の合図と共に獅子王さんたち1年女子が入場し、配置につく。


 色組対抗の戦況は赤組が1500点を越え、一歩リード。白組が追う展開だ。青組と黄組はやや差がついている。


 学年対抗の方は1年A組が500点、1年B組が501点。

 リレーの得点は一位が50点、二位が45点の5点刻みで下がっていく。


 B組は男女両方で一位の最有力候補だ。

 両方一位なら1学年優勝確定。一位を取った上で、もう片方が二位でもだ。


 だから俺たちA組は両方でB組を上回る必要がある。

 つまり男女一位必須。


 獅子王さんたちが一位を取らないとその時点で終わってしまう。


「オーホッホッホッ! 獅子王レオナ! 一足先に引導を渡してあげますわ! なぜなら一位は私たちB組! 勝利をもぎとらせていただきますわッー!」

「言ってろー? そういうフラグの積み立てが負けるんだぜー。フラグ回収人の朝は早い」


 獅子王さんは花竜皇かりゅうこうさんと話しながら、自分の持ち場に歩いて行く。

 いつもと変わらない楽しそうな顔で。


 ――今の俺はそんな風にできてるているんだろうか?


 空が曇り始める。

 雲で日が隠れる中、号砲が響く。


 1年男子も女子が終わったら入場するので入場口前で待機だ。

 応援席より少し離れてるのもあってか、トラックが遠くに感じる。


 一位候補のB組はさすがに速く、現在トップ。

 でもその後を追うA組だって、他のクラスだって負けてない。


 必死だ。

 ……凄いな、みんな。


 バトンパスはミスらない、つまづくこともない。

 アクシデントなんて魔の手に捕まらない。

 置き去りにして走って行く。


 それを他人事みたいにぼうっと眺めている自分がいる。

 それに目を背けて応援する自分がいる。


 三番走者の虎雅さんがB組の人に追いつき、獅子王さんにバトンを渡して――あれ? 獅子王さん一瞬、バトンを落としそうになった?


 疑問に思うだけで、獅子王さんは花竜皇さんと熾烈な一位争いを繰り広げる。

 何度見ても綺麗で力強いフォーム。


 本当に楽しそうだ。

 アクシデントの魔の手だって、獅子王さんなら笑って掴んで一緒に行ってしまうんだろう。


「一位は白組1年A組! 二位は赤組1年B組――!」


 次々とアンカーがゴールインしていく。


「1学年総合優勝はまだ決着つかず! 男子に託されました!」

「みんなお疲れー! ナイスランだったぜー!」


 獅子王さんが一緒に走りきった仲間とハイタッチしていく。

 雲の合間から差す陽射しが獅子王さんたちを照らし出した。


 ……別に見る場所少し変わっただけなのに。

 なぜか獅子王さんが凄い遠くに行ってしまったような気がする。


「さあって! 見せ場到来だな! 俺たちが勝てば完全勝利だぜ!」

「根津星に言われるのは癪だけど、これだけは同意」

「だな。じゃあ行くか……って。おい、兎野。顔、真っ青だぞ。大丈夫か?」


 え? とさえ声が出てこなかった。


「マジじゃねえか。トイレでも我慢してんのか? 弁当食いすぎた?」

「根津星と一緒にするな。兎野、体調平気?」


 顔の体温を測ろうと手を動かそうとして、動かない。

 身体が、言うことをきかない。


 みんなが心配そうに見れば見るほど自由がきかなくなる。

 急激に呼吸が苦しくなり、視線が落ち、視界が暗くなっていく。


 なんで。

 どうして急に。

 今までやってこれたのに。

 ここまで頑張ってこれたじゃないか。

 最後の最後でなんでこうなるんだ。


 倒れるな。

 負けるな。

 堪えろよ。


 嫌だ。

 またみんなを裏切るのは嫌だ――!


「兎野君!」


 風が、吹いた。


「君しかアアアアアアアアアアアアアアあああああぁぁぁぁぁッ! 勝たアアアアアアアアアアアアアアアアああああぁぁぁぁぁぁンッ!」


 獅子王さんが俺にバトンを向けて、ドヤ顔で叫んだ。

 雲が流れ始め、また太陽の光が会場全体を照らし始めた。


「ちょ!? レオナ! そこは建前でもみんなにしときなって!」

「あ! A組しか勝たん!」

「か、勝たんーっ」


 虎雅さんに小突かれ、慌ててみんなとやり直す獅子王さん。

 今の叫びが行き当たりばったりの思いつきだって分かる。


 でも、それが、嬉しい。


「……兎野。もう平気だな」

「ごめん。心配かけて」


 声が出た。


「気にすんな。期待してるぞ――」


 三人が俺の背後に回って。


「エース!」

「ヒーロー!」

「アンカー!」


 バン! と背中を叩かれて、痛い。


「……うん」


 痛みと熱さのおかげで弱気も不安も恐れも吹き飛んだ。


「おいおいー。リレーの最終走者はアンカーだぜー? 二人とも間違ってんじゃねえか。大一番を前なんだからよー。頼むぜーほんとによー」

「根津星。ここはあえてアンカーじゃない言葉を選ぶだろ」

「それが空気読めないところに繋がってる。だからモテない」

「空気読めないは百歩譲って、モテないは関係ねえだろ! そもそも今日の活躍で明日から俺のモテ期が来るんだよ! おい……なんか言え! 目をそらすな! 兎野もだよ!」

「あ。えっと。ごめん」

「やめろ。兎野の、ごめん、が一番きつい」

「えっと……その、すみません」

「言い方の問題じゃねえ!」

「お笑いA組ー! 後ろつかえてんぞー! 早く行けー!」


 いつの間にか入場が始まっていた。

 放送を聞きそびれれるくらいリラックスできていた。


 手も、足も動く。

 呼吸も落ち着いている。


 軽口を叩ける、背中を叩いてくれる友だちができた。

 それも、嬉しい。


 だけど、やっぱり一番嬉しいのはさっきの獅子王さんの声援で。

 今日一番の応援だった。


 溜めに溜めて、最大効果を発揮するタイミングだった。


 ……ああ。そっか。


 覚悟なんて昨日の時点で宣言していて、獅子王さんは今までずっと応援してくれて、たくさんの勇気をくれた。

 なのに物足りないと。


 応援してる、頑張って、大丈夫。


 普通の言葉じゃ刺激が足りないとつい甘えてしまっていたんだ。

 それが今日ずっと引っかかっていたモヤモヤの正体。


 自分はそれだけしか口に出せないってのに。

 獅子王さんにはそれ以上を求めてしまっていた。


 本当欲張りで、面倒くさいな、俺は。


「さあ、1学年最後の競技です! 最後に笑うのはどのクラスか! みなさん、熱い応援の準備はよろしいでしょうか――!」


 号砲が鳴る。


 でも――そんな獅子王さんだから好きになったんだ。


「なら、やることはもう決まってるじゃねえか」


 ……目の前に小六時代の小さくても今の俺より尊大な俺様が立っていた。

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