第61話 未実装の必殺技
「面白い! 根津星君の轟流電シューティングスター! 受けて立とう!」
「みんな、助走をっ」
そういって走り出し、天馬君たちから離れる。
「おい、兎野! 俺の必殺技リストに轟流電シューティングスターなんてねえぞ!?」
「ご、ごめん。どうにかしなきゃと思って、ついありもしない未実装の必殺技を言っちゃって。
天馬君なら乗ってくるだろうし、とにかくこっちに策があるって警戒させつつ、時間を稼ぎたくて……」
「言っちゃったもんは仕方ないだろ。残り時間で轟流電シューティングスターを実装させるしかないぞ」
「実装プランは?」
足を動かしながら、必死に頭を働かせる。
「鷲尾君の背が高い以上、上から押さえ込まれて逆にハチマキを取られる危険性が大きい、と思う。
防衛側が高所を取るとそれだけで相当なアドバンテージになって、攻め側がかなりのハンデを背負うことになるから。
突破するなら高火力なり、数で攻めないとだけど。数は同数だから。火力勝負かなって……多分」
思ったことを口に出しながら情報を整理するけど、まだ名案は浮かばない。
「確かに打点が高いジャンピングスマッシュの破壊力は抜群。よく決まる」
「対人戦はよく分からんが、飛び込みも高ければ高いほど衝撃が凄いな。初めてやった時はめっちゃ痛かった」
「なんだ。簡単な話じゃねえか。鷲尾の上をとればいいんだろ?」
「簡単な話か? 根津星が鷲尾にとれるマウントなんて素早さくらいじゃないか?」
「全てのステータスが劣っていてもおかしくない」
「お前ら仲間をけなしてる場合か!? 俺は真面目に言ってんの! ジャンピングスマッシュだよ! 鷲尾より上に跳んでぶっ叩く! 決まりだな!」
「でも、それって一発勝負になるんじゃ……?」
俺が言い出したことだけど、さすがにリスクが高すぎる気が。
仮にハチマキを取れても、騎馬に乗った状態でなければ奪取とみなされない。
「天馬、鷲尾、八咫、彩世。1Bが誇るイケメンFantasy四人衆――通称F4。イケメン界でビュンビュン飛び回ってる天上人をまとめて地に落とすチャンスだぜ?
そんくらいの覚悟は必要だろ! クククッ! 奴らが地面に這いつくばる瞬間が今から楽しみだぜ! ヒャッハー!」
覚醒に加え嫉妬の炎を燃やす根津星君はやる気満々だ。
「完全に悪役のセリフだな……」
「しかもあっさりやられる噛ませ役」
確かに、と俺も思ってしまった。
天馬君たちの方が主人公っぽさがある。
「もうすぐ残り時間一分になりますが、いまだ激突はなし! 白組1年A組は何をねらっているのか!」
「分かった。根津星君に任せるよ」
悩んでいる暇はない。
今は根津星君の思いが良い方向に願うしかない。
「そうこなくっちゃな! 跳ぶタイミングは兎野! お前に任せるぜ!」
「え? お、れ? 根津星君自身で決めた方がやりやすいんじゃ」
「ここまで踏ん張ったのは兎野が前を張り続けたからだろ! 今回は兎野に任せた方がいいって俺の勘が言ってんだよ!」
「でも――」
根津星君が今度は俺の髪の毛をクシャクシャと撫でる。
「それでも不安なら安心しろ! 俺はいずれ卓球界の一番星になる男だからな! 多分の分だけ俺の勝ち運を信じろって! 兎野!」
「そーだぞ。失敗しても根津星が痛い目をみるだけだ。今まで取った得点が消えるわけじゃない。気楽にいこうぜ、兎野」
「盛大に外した場合、根津星のファーストキスが地面になるだけ。誰の心も痛まない。むしろ全世界の女性が救われる。楽にいこう、兎野」
「二人はどっちの味方だよ!?」
三人はいつもと変わらないノリで話している。
色んな大会に出て、場数を踏んで、こういう舞台に慣れているんだろう。
俺は騎馬だし、根津星君が目立ってくれるおかげで動けてる部分もある。
本音を言えば今にもプレッシャーに押し潰されそうだ。
俺はそういう経験なんて指で数えるほど……もないから。
今回の騎馬戦だって遊んできたゲームの経験だよりだし。
気がついたら、フィールドの端まで来てしまった。
……それでも。
信じて、頼ってくれるみんなの気持ちに応えたい。
「分かった。行こう」
しゃあ! と運動部らしいみんなのかけ声を合図に、真っ直ぐ走り出す。
今日、花竜皇さんのお兄さん――ペンドラゴンさんに会えたのはよかった。
〈GoF〉のGvGで、ペンドラゴンさんっていう強敵との戦いを鮮明に思い出せたから。
「さあ、白組1年A組! 赤組1年B組めがけて走り出しました――! 残り時間は数十秒! 泣いても笑っても最後の激突だ!」
あの時だって、俺は一人じゃなかった。
一人では勝てなかった。
「さあ! 見せてもらおうか! 轟流電シューティングスターとやらを!」
大佐さんに言われて勇気づけられた言葉。
今度はどもらない。
タイミングは間違えない。
相手の動きの全てを見抜く。
根津星君の動きの全てを見落とさない。
大きく息を吸い、口を開き、叫ぶ。
「跳べ!」
「轟流電シューティングスター!」
根津星君が天高く跳びはね、相手の騎手である鷲尾君に飛びかかる。
高さが足りない!?
ほぼ同じ目線だ。
これじゃあ鷲尾君のハチマキには届かない。
相手の鷲尾君はバスケで数え切れないほど空中戦を経験してきたはずだ。
待ちに徹したこともあり、すぐに対応して手を伸ばして――え?
根津星君が鷲尾君の手首を掴んで、空中ブランコみたいに脇の下をすり抜ける。背中に回り込み、そのまま落下して――。
急いで予想落下地点に滑り込む。
ドン! と衝撃と重みが両肩にのしかかった。
「へっ。ナイスキャッチ、兎野」
耳元で根津星君の声が聞こえる。
「俺もナイスキャッチしたけどな」
肩に乗っている根津星君の手には赤いハチマキが握られている。
「な、何が起こったんでしょうか? 一瞬すぎて状況をお伝えできませんでした……。と、とにかく。白組の根津星君が、赤組の鷲尾君のハチマキを奪ったことは確かです。ただ――」
実況の人も困惑気味だ。
俺も自分達の状況を見たせいで、興奮するどころから冷静になってしまった。
安昼君や瑠璃羽君も同じ気持ちになっているみたいだ。
多分、会場の人たちも。
「どーよ! お前ら見たか!? 俺の超ウルトラハイパースーパーファインプレー!」
根津星君だけが状況を飲み込めずに興奮している。
いや、根津星君だけはその権利があるんだけども。
「こ、これはルール的に……落馬扱いにはならないんでしょうか?」
根津星君は俺の両肩に両手を乗せ、安昼君の左肩に左足、瑠璃羽君の右肩に右足だけを乗せた態勢だ。身体は浮遊状態。
言うならば……フライングハムスター状態?
騎馬戦のルールブックに、騎手のポジショニングについて記載ってあるんだろうか。
「騎馬は崩れてませんが、騎手の態勢が――」
「NuunN! 正に人馬一体! あれこそ人という文字が支え合う成り立ちを体現するものにして――友情の結晶! 天晴れ也!」
「大團園学園長の天涙天晴れ!? これは落馬ではありません! セーフ! セーフです! 生存が認められました!
これにより男子騎馬戦は白組が一位決定です! そして! 1年A組根津星君! 見事十人斬りの大台達成です! 正に一騎当千! おめでとうございます!」
一筋の涙で頬を濡らす大團園学園長の一声から、会場にまた歓声と熱気が戻ってきた。
自分自身もようやく興奮が冷静を上回り始め、ホッと息を吐く。
「よかったね、みんな」
「おう! 前哨戦は俺たちTBSGの勝利だぜ!」
「そのチーム名残ってたんだな」
「ダサいからやめろって言ったのに」
「恥ずかしがるなってー。俺たちはもう人馬一体なんだからよー」
人馬一体か。
結束力がさらに強まったのを感じ、
「それより根津星。早く降りてくれないか? 間違ってもそれ以上を足を広げるな。腰を落とすな。近づけるな。眺めだけでもしんどいのに感触までなんて最悪だからな……」
「本当に悪夢だ。とっと降りろ、バカ。貴様のゴールデンが轟流電されないうちにな」
「おいバカやめろ。まじでやめてくださいお願いします」
早くも友情の結晶に亀裂が――!?
さすがに冗談で、根津星君のゴールデンが轟流電されずに降ろせた。
「ってか、兎野って気合入れる時変わった掛け声するんだな。最初聞いた時はビックリしたぞ」
「え?」
安昼君のなにげない感想に、勝利の余韻も吹っ飛んだ。
「僕も。でも、兎野の新しい一面を見られて嬉しかった。新鮮な感動だった」
「俺は気に入ったぜ。特にヒャッハーの方。試合の時にも使わせてもらっていいか?」
「あ。え、えっと。忘れてくれると……嬉しいな」
こういう時の上手なごまかし方を俺は、知らない。
俺の会話レベルはまだまだ低い。
勝利と引き換えに変な勘違いをされてしまった……。
「それより、兎野。メガネ、ヒビ入ってないか? 大丈夫か?」
「……あ。本当だね」
安昼君に指摘されるまで、気づかなかった。
騎馬戦に夢中になりすぎたいせいだ。
レンズの右端に少しだけヒビが入ってる。
すぐに割れるほどじゃない。
だから。
「先輩に頭突きしちゃった時かな。大丈夫。これ、だてメガネだから」
大丈夫なはずだ。




