第60話 星を駆ける
「五本目!」
ハチマキを取る度に根津星君の調子は上がっていく。
「現在撃破数トップの白組1年A組! 小さな孤島からやってきたカントリーボーイ! 卓球部所属の根津星君! 情報によりますと絶賛彼女募集中だそうです!」
実況の放送部の人は活躍すればするだけフォーカスを当てて盛り上げてくれるタイプだ。しかも情報収集力が高い。
「根津星君。今、学園で、一番、注目されてるよ」
これを利用……じゃなくて、有効活用しない手はない。
「一番だって!? つまり彼女ができるってことか!?」
「え? ……た、多分?」
やっぱり罪悪感が。
「兎野! そこは嘘でもいいから超モテまくって彼女できると言っとけ!」
「現実は非情で残酷でも夢を見る権利は誰にでもある」
「後ろの騎馬二人! 聞こえてんぞ!」
いつものノリで言い合いをしてるけど、みんなのパフォーマンスは最高状態だ。
上級生相手にも十分戦える……あれ? あそこの動き、変だな。
視界の右端。
青組と黄組が競ってるけど、熱さを感じない。攻防もなく、ただ組み合ってる感じで――急に騎馬同士が離れた。
「右!」
その間を割って、巨漢の騎馬が突進してきた。
急な方向転換からの衝撃。
さすがに、重い。
俺が正面から受け止めることできたけど、勢いを殺しきれない。押し込まれる。
「散っていった多くの同胞の無念! ここで晴らしてもらう! 堕ちろ一年坊!」
「これは青組3年D組! ラグビー部の4G! 重戦車の如き突進に騎手の根津星君の態勢が崩れる! 1年A組の快進撃もここまでか――え?」
「よっ、と」
騎馬同士の緊迫感とは裏腹に根津星君の軽い声が聞こえた。
「悪いな先輩! 勝つのは俺たちだぜ! ヒャッハー!」
根津星君が青いハチマキを掲げてドヤ顔してるけど、安心している暇はない。
「みんな、後ろ!」
この展開はまだ続くはずだ。
俺なら徹底的に潰すと思うから。
「勘はいいが、遅いぜ!」
予想どおり死角の後ろから騎馬の迫る気配がする。
「悪い。俺たちはここまでみたいだ。後は頼んだぜ、相棒」
「お前らー!」
後ろを守ってくれていたもう一組の騎馬チームが敗れ、突破されてしまう。
足止めをしてくれたおかげで、ぶつかるタイミングはずれた。
みんな、ごめん。
それでも方向転換が間に合わない。
「さらに黄組3年C組! 柔道部の4G! 重戦車の如き突進に今度こそ万事休すか――!」
俺でも、体格のいい安昼君でもない。一番華奢な体型の瑠璃羽君を狙ってぶつかってくる。
「顔が良くて、女子にモテても戦場じゃ意味がないぜ! イケメン君よ!」
「ちょっと3年! 瑠璃羽君の綺麗な顔に傷がついたらどうすんのー!」
外野の女子から悲鳴が上がる。
……でも、俺は知れた。
「は? 何寝ぼけたこと言ってるんですか、先輩?」
「ぬう!? 押し切れんだと!?」
瑠璃羽君が簡単に折れる柔な人じゃないって俺は知っている。
「瑠璃羽無理すんな! 俺に体重預けていいから踏ん張れよっと!」
安昼君も全体を見て合わせてくれて、気遣いのできる人だって俺は知っている。
「どれ! 柔道部主将の組み手を捌けるかみてやろう!」
「このおっさんやるな!」
「おっさんじゃないし! 二歳年上なだけ!」
根津星君もどんな場面だろうと日和らない熱血漢だって俺は知っている。
「おっと! ここでさらに黄組3年G組! レスリング部の4G! 重戦車の如き突進が容赦なく襲いかかる!」
「これぞ青黄同盟によるトリプルトライアタック12G! 受けてみな!」
反対方向から安昼君めがけてさらに騎馬が迫る。
さすがにこれは苦しい、展開だ。
俺がもっとちゃんと作戦を考えて、初動は慎重に動べきだったかもしれない――。
「はしゃぎすぎたな、ルーキー!」
そんな黄組3年G組と俺たちの間に、別の白組の騎馬が割り込んできた。
「だが、功を焦る無鉄砲さ! 嫌いじゃないぜ! 昔を思い出すからな! ここは先輩に任せて――!」
「邪魔だよ、映研!」
「無念――だが、ただでは死なんよ!」
白組の先輩たちはあっさり粉砕されてしまったが、地面に寝転んで時間を稼いでくれる。
「お前ら……! 先輩……! 珍獣の魂、受け取ったぜ! 割れちまったよぉ! 俺のヒマワリの種がなー! ヒャッハー!」
そんな尊い犠牲に根津星君が覚醒した。
一瞬で黄組3年C組のハチマキを奪い取り、方向転換。
「押し負けんなよ、お前らあッ!」
そしてなによりも。
みんな凄い負けず嫌いだってことを知っている。
だから、俺もここで気合を入れないと!
なにか言いやすい言葉で、さっきみたいな――あれなら!
「ヂェズドッ!」
また声がどもってしまった挙げ句、勢い余って相手の騎馬の人に頭突きしてしまった。
おかげで相手の態勢が崩せて、隙ができたけど……ごめんなさい。
「なん――とぉ!?」
「悪いな、先輩! 今日の俺は人生で一番目立ってるから負けねえんだよ! ヒャッハー!」
黄組3年G組のハチマキを奪い取り、撃破する。
「凄いぞ! 白組1年A組! 百戦錬磨の3年強豪たちもなんのその! 同胞の犠牲を払いながらも三タテ!」
「もう負ける気がしねえな! 一気に押してこうぜ!」
次は流れを見誤らないように注意を払いつつ、最後まで駆け抜けていく。
「さあ! ついに男子騎馬戦も最終幕! 誉れ高き二騎が残りました! 勝ち鬨を上げるのはどちらかー!」
無事に生き残った俺たちの相手は、
「はーっはっはっ! やはり君たちが残ったか! さあ! どっちがビクトリーを手にするか勝負しようじゃないか!」
1年B組の天馬君チームだった。
「まず宣言しよう! 俺たちはもうここから一歩も動けない! 限界だ!」
なんか俺たちよりめっちゃボロボロで、汗だくで、満身創痍だった。
主に騎馬の前方担当の天馬君だけど。
「だから、騎手は天馬にしようって言ったんだぜ……」
「明らかに人選ミスだったな……」
「鷲尾重いんだよぉ……」
「そう! これこそが俺たちの勝利の方程式! ビクトリービッグタワー!」
後方担当の騎馬と騎手の人の嘆きをスルーして、一番背が低い天馬君が叫ぶ。
あっちはあっちで色々なドラマがあったんだろうなあ……。
「だとよ。一発ぶちかませば勝てそうじゃね?」
根津星君が呆れた声で言った。
「それは最終手段だと思うけど、多分、天馬君たちは耐えきると思う。崩すだけだとハチマキのポイントは獲得できないから。
多分、あっちも獲得したハチマキは多いはず。なら、ハチマキを奪ってこっちのポイントを積み重ねた方がいい、と思う、多分」
さっきは俺の甘い見通しでみんなを危険にさらしてしまった。
断言できない不安を見抜いてか、根津星君が俺の頭を軽く叩いた。
「だな。最後まで攻め抜く。当然だよな。カットマン相手に大事なのは根負けしねえ根性だ。んーでもなあ」
根津星君が珍しく困惑気味に続ける。
「あっちの騎手。バスケ部のセンターの鷲尾か。兎野より……たっぱ、あるよな?」
「そう、だね。二メートルはありそう。手、届く?」
「立って伸ばしても届きそうにねえな、あの高さ。難攻不落だぜ……ビクトリービッグタワー」
根津星君の反射神経や体幹がいくら凄くても、単純に手が届かなければ打つ手がない。
その分、騎馬の疲労度が凄まじかったのは見ただけで分かる。
だから、もう動けないんだろうし。
「さあ! 両者睨み合ったまま動かない! 二騎になった時点で制限時間三分のサドンデスになります! 赤と白! 時間切れで両組が残った場合、赤白全員の獲得ハチマキ数で順位が決まります!」
このまま時間切れになって同数で引き分けになる可能性は低い。
天馬君たちは完全に専守防衛。受けの構えだ。
アクションを起こすのは俺たちの方。
こっちが圧倒的に不利だ。
さすがに打つ手なし――と諦めず、思考を巡らせる。
リアルにネット。
今までの経験をさらって、何か打開策を。
「……こ、これから根津星君の轟流電シューティングスターをお見せします」
「え?」
 




