第58話 借り物運び屋兎野君
「各組の熱く激しく美しく応援で場が温まりましたねー! それではみなさん午後の部も頑張っていきましょう! 最初の種目は借り物競走! 腹ごなしにレクリエーション性の高い競技が目白押しです!」
借り物競走か。
小中の体育祭や運動会ではない競技だったから、どんなお題があるのか興味がある。
……まあ、俺が借りられることはないと思うけど。
応援は引き続きしっかりしないと。
難易度は易、普、難の三つあり、難しい程得点の倍率が上がるらしい。
他と同じ競技種目ではあるけど、参加者はお題に悪戦苦闘しつつも和やかな雰囲気だ。会場全体が笑い声に包まれながら進行していく。
そして参加していた豹堂院さんの番が来て、お題のカードを選び……あれ? 俺の方にやって、来る?
「このお題に相応しい者はウサノスケ。お主しかおらぬ。いざ、同伴を」
「え? お、れ?」
「説明してる暇はないぞ。いざ参らん」
有無を言わせず招かれ、応援席からロープをまたいでトラックに出る。
緊張はあったけど、緩い雰囲気だし。他にも参加者がいるから注目されずにすみそうだ。
足は動く。
「ぬ、ぬう……。さすがに。演舞後は……疲労、が……ぜぇ」
むしろ豹堂院さんの足がすでに止まりかけていた。
この組で一番早く借りられたけど、どんどん後続に追い抜かれてしまう。
借り物競走と言ってもお題を選ぶ以外は、純粋な走力勝負とあって分が悪い。
思ったよりもゴール地点がお題カードエリアから遠いのだ。
「豹堂院さん、大丈夫?」
かといって、俺に何ができるわけもなく。
おんぶや抱っこなんかは羞恥心や男心やら――色々複雑な事情があって難しい。
「ウサノ、スケ。ここは最終手段。ファイナルラストキャリアーを……使わざるおえない」
「ファイナルラストキャリアーって――」
「今は、プロフェッサー、シズコ、と呼ぶべ、し……ぜぇ」
「は、はい。プロフェッサーシズコ」
豹堂院さんは片隅に設置された中継ポイントに向かった。
「お? おお!? おっとここで! 初のお助けカート利用者の登場かー! こんなの誰が使うのかと思っていましたが! 使う人はやはりいるものです! 需要は開拓するものです!」
お助けカートと言う名の魔改造された台車が並んでいた。
動力はもちろん人力。
普通に走った方が速いと思っている間にも、豹堂院さんはヘルメットに肘当てなど安全対策にガッチガチに防具を装着し、お助けカートに乗ってシートベルトを締めた。
借り物競走でもこんな物が用意されてるなんて恐るべし郷明学園……。
もしかしてとんでもない学校に入学してしまったのかも――。
「さあ、ウサノスケ。参ろうぞ。ひと思いにフルパワーで……!」
「あっ、はい」
こうなったらクラッシュしないよう細心の注意を払いつつ、豹堂院さんを全速力で運搬し、ゴール地点に送り届ける!
「メガネの人……っ、ご、合格です!」
係員の生徒が俺を見て一瞬驚いた……のはさておき、お題は無事に達成。
易のシンプル内容だったから倍率は1倍だったけど、最下位かから順位を二つ繰り上げられた。
「ウサノスケのおかげでシズコではなしえない偉業を果たせた。感謝」
「うん。こっちこそ。俺も初めて借り物競走に参加できたし、いい思い出になったよ」
「うむ。素晴らしい仕事ぶりであった、ウサノスケ」
豹堂院さんの労いの言葉を受け、応援席に戻る。
さすがに二度目はないだろうし、後は応援を頑張ろう。
「瑠璃羽君頑張ってー! 君の借り物ならいつでも大歓迎よー!」
同じく参加していた瑠璃羽君の番らしく、一部の女子が黄色い声援を送っていた。
やっぱり女子からの人気が凄いや。
号砲がなった瞬間、一足先に抜き出て、迷いなくお題カードを選び取り、一直線に走り出す瑠璃羽君。
さすが瑠璃羽君、足が速い。借り物のお題はなんだろうって、あれ? また俺の方に……。
「兎野、一緒に来て」
「俺?」
「そう。急いで」
「そ、そうだね」
また有無を言わせず急かされ、慌ててトラックに出る。
今回は難なく一位でゴールできそうだ。
瑠璃羽君の足の速さは知ってるし、お助けカートを使わなくても……使わ、なくても……あれ?
「る、瑠璃羽君!?」
なぜか瑠璃羽君はお助けカートに一直線で、慣れた手つきで防具をつけ始める。
「さあ、兎野。行こう」
迅速に準備を済ませ、お助けカートに搭乗してしまった。
何か問題でも? と澄まし顔で質問は受けてくれなそうだ。
よく分からないままお助けカートを運搬し、瑠璃羽君のファンから熱い声援を受けて一位でゴール。
「自分より背が高い人。……合格です」
難易度は普だったらしい。倍率1.1倍とはいえ、これが後に重要な点差になることだってある。
「どうにか一位でよかったね――瑠璃羽君!? どうかした!?」
「僕はなんて汚い……」
瑠璃羽君はなぜか両手両膝をついて、がっくりとうなだれていた。
「ごめん。兎野が悪いわけじゃないから。本当に気にしないで。運んでくれて……ありがとう」
瑠璃羽君はそう言って立ち上がり、フラフラとした足取りで一位のフラッグに向かって行った。
「き、気をつけてね……」
色々あった二回目の借り物だったけど、これもまたいい思い出になる……うん。なるよ。
応援席に戻り、さすがに三回目はないだろうと思っていたけど。
「獅子王さんの借り物ならなんだって貢いじゃうよー!」
1年A組の最後の参加者の獅子王さんの番だった。
……こればっかりは三回目があってほしいと思ってしまった。
そんな願いが通じたのか、獅子王さんが俺の方にやって来る。
「兎野君、お願――」
「うん」
獅子王さんが言い切る前に、俺はロープを飛び越えていた。
自分でも分かってしまうくらいに気がはやっている。
「よっしゃ! じゃあ、行こーぜ!」
獅子王さんと並んで走り、当然の如く助けカートに乗ることも予想できた。
〈GoF〉で培った阿吽の呼吸だ。
「よーし! 兎野君! ゴールに向かって全速前進だー!」
「了解ッ」
獅子王さんの号令の下、今回もクラッシュして怪我をさせないようにしつつ全速前進。
「さすがに三回目とあって慣れたものです! 借り物役なのに運び屋兎野君!」
確かにお助けカート捌きが上達している。
なんで借り物役の俺が運び役になっているのかは……まあ、これはこれで楽しいからいっか。
みんなも楽しそうに笑っているし。
「おらおらー! 爆走毛――ごほん! 兎野君のお通りだー!」
獅子王さんもノリノリで楽しそうだし。
普段あまり見られない貴重な後ろ姿も見られる……いや、よそ見運転は厳禁だ。
「他の追随を許さずゴールイン!」
無事に今回も一位でゴールできた。
三回目の運搬となると多少の疲れもあるけど。
「兎野君! ナイスキャリーだったよ!」
獅子王さんの笑顔を見たらそんなのすぐ吹き飛んだ。
「ありがとう。それで、獅子王さん。お題ってなんだったの?」
「あー、それはね。お願いしまーす」
「特別問題ですね。では、特別審査員の審査を受けてくださーい」
また君かー、って感じで係員の人が案内してくれる。
借り物役兼運び役を三回もやったらさすがに慣れてくれたようでよかった……って、特別問題って……なに?
お題カードの内容をみせてもらう。
『あ――ア行の人で。
い――一番。
う――打たれ強く。
え――えぐい。
お――お腹の持ち主』
急に具体的になってません? というかどういうお題?
「FUuuuM! お主が挑戦者か!」
ズシンとした重い足取りやって来たのは、大團園学園長だった。
俺より高く大きく、横にも分厚い。たまに聞く山と対峙してるって表現を自分が体験できるとは思わなかった。
って、冷静に分析してる場合じゃない。
もしかして大團園学園長が特別審査員?
「丹田に力を入れ、備えるがよい」
「え?」
「兎野君頑張って! 白組に学年優勝は君の双肩にかかっている!」
「え?」
状況が飲み込めないまま直立不動でいる間に、大團園学園長腰が落とし、構えをとる。
「破ァッ!」
掌底が俺のお腹に触れる――寸前で止まった。
衝撃破が身体を突き抜け、全身にビリビリとしたものが走り回る。髪の毛が逆立ち、だてメガネにヒビが入ったんじゃないかと思える衝撃だった。
「……えっと」
「UuuuuMッ! 見事なり! 合、格!」
「学園長特別問題クリアー! 特別倍率1.5倍でーす!」
「これからも励むがよい。若人よ」
大團園学園長が大きな背を向けて、特別審査員席に戻っていく。
「凄い凄い! 兎野君凄ーい! あの学園長の破ァッ! に耐えるなんて!」
「そ、そうなんだ?」
「マジマジ! あの大團園学園長の破ァッ! だよ! 破ァッ! 破ァッ! に挑んだ生徒が何人も保健室送りになってるんだから! だからガチのマジで凄いんだってー! 破ァッーい!」
「ありが、とう」
獅子王さんの変なかけ声でハイタッチ。
最後までよく分からなかったけど、高得点だったし、獅子王さんのはしゃぎっぷりが見れたし。
じんと熱い手が結果オーライって思わせてくれる。
これが借り物競走……いや、普通じゃなかった気がする。




