第46話 君だけの期間限定コス特別公開
今日のトレーニングを切り上げ、自転車をこいで武琉姫璃威に到着した。
水曜日は定休日だけど、店内に明かりが灯っている。
入り口のドアをノックし、中を覗く。
「こんばんは。鷹城さんいますか?」
「やあ、真白君。こんばんは。待ってたよ。グッドタイミングだ」
私服姿の鷹城さんがバックルームから顔を出し、出迎えてくれた。
「獅子王さんはもう帰りました?」
「いや、ちょうど試着中だよ。待っててくれたまえ」
そう言ってまたバックルームに戻ってしまう。
獅子王さんに応援団の衣装について相談を受け、鷹城さんに連絡すると快諾してくれた。
そして本日定休日とあって、ここで相談をしていたらしいんだけど。
なぜか俺もお呼ばれされてしまったので店内に入る。
「よく似合っているね、レオナちゃん。次回は一日たっぷり使って特服含めて色々用意しよう。希望があれば遠慮なく言ってくれたまえ」
「マジですか!? ありがとうございます! リストアップしておきますね! ところでトップクってなんのアニメやゲームのコスなんですか?」
「……古より伝わる戦乙女の戦装束さ。それよりも真白君をじらしプレイ&放置プレイはかわいそうだ。まずはお披露目会といこうか」
「そ、そですね。兎野君来てるんですもんねっ」
バックルームのドアを鷹城さんが抑え、俺に微笑みかける。
続いて金色の髪の毛、白いハチマキ、碧い瞳……獅子王さんが顔を覗かせ、
「兎野君、こんばんは」
と言って、止まってしまった。
「獅子王さん、こんばんは。えっと……?」
聞こえてきた二人の話し声から想像すると、応援団の学ランを着ているんだと思う。
どうして出てこないんだろう……?
「お、おおー。スカジャンジャージ兎野君。新鮮ー」
「トレーニング後だったからね」
俺も普段とは違う格好だ。
日曜日のビデオ通話で素顔で話したのをきっかけに、慣れない姿でも獅子王さんなら動揺や気恥ずかしさがなくなりつつある。
「むむ。……堂々たる振る舞い。これは負けてられないっ」
獅子王さんがようやくフロアに出てきた。
「お、押忍!」
元気いっぱいに声を上げ、腰元で肘を引き、拳を握る。
「なんちゃってー? どう? 似合ってる?」
照れ笑いを浮かべる獅子王さんの顔から視線を落とす。
獅子王さんの……胸がサラシにギュッと包まれていながらも、バインバインのプルンプルンだった。
天井を見上げ、伊達メガネをずらして眉間のしわをほぐす。
……なんだろ、トレーニング後で疲れてるのかな。言語能力が著しく低下し、おかしかった気がする。
さっき動揺や気恥ずかしさ云々《うんぬん》なんて偉そうにぬかしたけど、まだまだだった。
「やっぱり学ランならサラシもいいかなって、鷹城さんにやってもらったんだけどさ。赤組とかはチアっぽいしー……」
伊達メガネをパッと装着し、ちょっとだけ視線を落とす。
確かに学ランでサラシ姿の獅子王さんは凄いかっこよくて魅力的だ。
だけど……動く度に抑えきれないものが、獅子王さんらしく暴れている。
加えて当日は激しく動くし、汗をかいて透けるかもしれないし。いや、下着はちゃんとつけるだろうけど。
……サラシは胸付近だけで、お腹は大胆に素肌を晒している。万が一ほどけたりしたら一大事だ。
「あ、あのー? 兎野君? 感想はどしたのかなー? もしかして似合ってない?」
「……似合ってる。とても似合って格好いいよ。ただ、その」
「ただ?」
どう言っていいのか悩み、伝える言葉を考える。
「その、さすがに。サラシオンリーは刺激的すぎるというか」
「お、おおー? ……そんなに刺激的?」
獅子王さんがわざわざ自分の胸を手でポヨンポヨンと揺すり、一歩前に出て上目使いで見てきた。
「……とても刺激的すぎるね」
だから耐えきれず口元を手で隠し、
「みんなだって絶対にそう思うだろうし」
卑怯な言い方だ。
今の獅子王さんの姿をみんなに見せるのは嫌だと思ってしまったから。
確証もなしに言った自分に驚きつつも、間違いなくそうなると確信している自分もいる。
独占欲じみた感情まで口に出して、獅子王さんを幻滅させたくないと口を閉ざす。
「う、うん。そっか。兎野君がそう言うならインナーは体操服のままにしておこうかな。体育祭だしね。着替え時間もあるし」
「学ランだけでも十分雰囲気出てるしね。みんなの参加競技も違うわけだし」
獅子王さんが賛同してくれてついホッとしてしまう。
いつものホッとするとは少し違う感覚だ。
じゃあ、と獅子王さんが今度は学ランを広げ、
「これは期間限定コスの特別公開ってことで。兎野君だけ思う存分鑑賞してもいいんだ……ぞ?」
上半身を強調してきた。
存分に鑑賞と言われたら鑑賞しないのは失礼千万、男の恥……あ、昔の俺様な激情が心の封印を蹴破りそうになっている。耐えろ、今の俺。
でも、本能は正直で。ちゃっかり鑑賞してしまっている。仕方がない、俺だって男子で少年のはしくれだから。
「――一応さ。私がいることを忘れないでくれると嬉しいかな。ここでおっぱじめられたら困るよ? 私帰れなくなるし」
鷹城さんがバックルームから顔だけひょっこりだし、ジトーっとした目つきで呟いた。
二人で我に返る。
すっかり鷹城さんの存在を忘れてた。
お互いに見慣れない格好だったから、変に意識しまっていたのかもしれない。
「な、なにも始めませんよ」
「そ、そーですよ! なにもおっぱじめませんって!」
俺も獅子王さんも何をおっぱじめるのか分かってないけど、強く否定した。
「え、おっぱじめないの? 困るだけでやめろとは言っていないよ? マスターである私の許可をとってからなら――」
許可とってもおっぱじめません! と二人揃った声が響いた。
「そうか。すまなかった。二人の反応がつい初々《ういうい》しくてからかってしまったよ」
でも、と鷹城さんもフロアに出てきて楽しそうに続ける。
「真白君が休み明けに髪をバッサリ切った理由が分かったよ」
鷹城さんにはバイトの時にEdenで猪原さんに髪を切ってもらったことは話した。
その時に色々な話をしたから、もう知っているはずだ。
「レオナちゃんが真白君の心を解きほぐしたわけだ」
「え!? いやいや! 私はなにもしてませんって! 全部兎野君が頑張って前に進もうとした結果ですし! ずっと色々やってきたからこそで!」
獅子王さんが真っ先に答え、首も手もぶんぶんと振った。
「最後の一押しは間違いなくレオナちゃんのおかげだよ。私やキララたちでも押し切れなかったことをした。これは凄いことだよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうだよね?」
獅子王さんから鷹城さん経由で、最終的に俺に回ってきた。
答えは素直に口から出せた。
「そう、ですね。……もちろん家族や鷹城さんに〈GoF〉のみんな。色んな人が支えてくれたから踏ん張れて。獅子王さんが隣にいて、引っ張ってくれたから前に進めるようになったんだと思います」
やっぱり言葉だけで全部が伝わるわけではないんだろう。
今この瞬間だからこそ、鷹城さんは見て感じたことがあるんだ。
俺だって鷹城さんの言葉を聞いて、ふわっとした感情を言葉にできたのだから。
「だそうだよ。レオナちゃん。実際、真白君がスカジャンジャージを着るなんて小学生以来だしね」
「ははは……本当に久々で。ようやく慣れ始めたくらいですし」
我ながら小学生の時の俺はオラオラすぎるファッションだったな……。
「バイトのみんなは髪を切った真白君を見て、心配したり驚いたりの大騒ぎだったからね。当然、私もね」
だから、と鷹城さんが微笑む。
「ありがとうね、レオナちゃん」
獅子王さんも同じように微笑み、俺を見る。
「はい。でもやっぱり一番は。兎野君自身が進もうと思ったからだと私は思います」
「俺は獅子王さんがいてくれたから……進もうと思ったよ」
「そ、そこは胸を張っていいのに! 俺が一番だぜ! ってこんな感じでさっ」
獅子王さんがドンと胸を張った。
またサラシが衝撃を抑えきれず柔らかそうに暴れてらっしゃる。
「……そう、だね。一番だ」
俺の完敗だったので受け入れる。色んな意味で。
「うん! 分かればいいんだよ!」
獅子王さんがさらに身体を反らした。
圧倒的だ。
「……兎野君に、獅子王さん。いや、これ以上怒られたくないしね。二人には二人のペースがあるわけだから」
鷹城さんが俺と獅子王さんを交互に見て、意味深に呟いた。
「そうだ。二人ともまだ時間は平気かな? 応援団と聞いたのでもう一着用意しておいたんだ。他の組はチアリーダーの衣装なんだろ? 敵を知り己を知れば百戦殆からずだからね」
「なるほど! 分かりました! 兎野君! ちょっと待っててね!」
二人は楽しそうにバックルームに引き上げてしまった。
……今のでだいぶ俺のHPとMPが削られたてしまったけど、俺の身体と心は持つんだろうか。




