第108話 いつだって、一緒に笑っていける
「皆さんこんにちはー! それではスプラッシュフェススタート!」
スタジアムの奥の台に立つ司会のお姉さんの合図で、イルカショーが始まった。
照明がカラフルな色に輝き、中央の天窓付近から水のカーテンが流れ落ち、イルカたちがノリノリな音楽に合わせて飛びはね、泳いでいく。
レオナさんはイルカたちに負けじと手を叩いて盛り上がっている。
「ウェイウェーイ!」
さらに両手を挙げて、前後に振ったりと全身で楽しんでいる。
こういったお祭りイベントではレオナさんには敵わない。
「マジでイルカさんの身体能力ヤバいねー」
天井から吊り下げられたボールを跳びはねて叩いたり、立ち泳ぎしたりするイルカの姿を見て言った。
「俺は泳ぐのが苦手だから羨ましいよ」
「あれ? 真白君って泳ぐの苦手?」
「なぜか沈んじゃうんだよね」
「あーなんか分かる、真白君。重そうだもんねー」
「やっぱりそう見える?」
思ったことをそのまま口に出しながら、イルカショーを楽しむ。
二人とも会話よりも目の前の楽しい光景に心を奪われているからだ。
「うひゃー! 冷たーい!」
イルカが水中から跳びはね、体重を生かした着水で水しぶきが立ち上る。
思ったよりもびしょびしょに濡れることはなかった。
ポンチョのおかげで服も無事だ。
それに服とか顔が濡れるよりも、楽しい方が勝っている。
冷たーい、気分ですむレベルだ。
「さあー最後の曲もノリノリで盛り上がっていきましょー!」
司会のお姉さんの声に合わせ、噴水が高く噴き上がる。
「うひょー! 今のはウルトラハイパーきりもみドルフィンスピントルネードじゃん!」
レオナさんはついにイルカのパフォーマンスに必殺技までつけはじめてしまった。
俺はそんな姿を見るだけでさらに楽しくなってしまう。
「ここまでイルカたちへのご声援ありがとーございます! 水しぶきのお返しでーす!」
俺たちの目の前には一番大きな黒いイルカがスタンバイしている。
さっきみたいな水しぶきなら心配はいらない、はず。
今、イルカが俺を見てキュイと笑ったような?
疑問を抱いた瞬間、イルカが潜って尾ひれを激しく動かし、これでもかと水を俺たちにぶっかけてくる。
プールの水は海水なので、しょっぱい。
さすがにポンチョで防げるレベルではなかった。
「リナちゃんパねえー!」
しかし、レオナさんは服が濡れるのもおそれず、むしろ両手を挙げて全身で浴びていた。
スタジアムの人たちはそんな俺たちを見て、大笑いしている。
でも、怖がられるよいずっと心地いい。
きっと俺たちの姿を見て、今日の思い出がまた楽しいものになるのなら十分だ。
だけど、本当に凄い。びしょびしょのずぶ濡れだ。
そうして大盛り上がりのイルカショーは立役者であるイルカたちの紹介で幕を閉じ、
「ここまでご声援を本当にありがとうございましたー! スプラッシュフェス終了でーす!」
「ラストスプラッシュアタックも強烈ー!」
最後にまたイルカが俺たちの目の前で跳びはね、ラストスプラッシュアタックたる水しぶきを浴びせてきた。
◆
「真白君、お疲れ様ー。拭いてあげるね」
「ありがとう。俺も拭いてあげるよ」
自分達で用意したタオルでは足りず、スタッフさんからタオルを借りて身体を拭きあう。
ポンチョを着ていたとはいえ、完璧に防げるレベルではなかった。
服も濡れて湿っている。
「レオナさん、大丈夫? 海水だし、髪とか服はゴワゴワしない?」
「へーきだよ。濡れてもいい覚悟コーデで来たしね」
拭き終わる頃にはタオルはたっぷりと海水を吸っていた。
「イルカショー楽しかったねー。みんなかわよで、めっちゃテンアゲだった」
プールサイドにいるスタッフさんと遊ぶイルカに、レオナさんは手を振る。
「うん。想像以上に水しぶきが凄かったね。荷物を置いてきてよかったね」
「マジでヤバかったよね。これは最後にして正解だった。結果オーライってやつ」
イルカショーを終え、スタジアムからまた人が減り始めている。
天窓から見える空は暗くなり始めている。
「レオナさん、ナイトバージョンもあるみたいだけど、見ていく?」
「んー……私はまた今度でもいいかな。真白君は見たい?」
「夕食も食べるとなると、時間の確保が難しいかも」
ナイトバージョンは一回のみなので、混雑するのは予想できる。早めに座席を確保しないと駄目だろう。
急いで夕食を食べるのも、もったいない感がある。
「でしょ。それにさ。一度に全部楽しんじゃうのはもったいないかなって。また今度の楽しみにするのもよくない? 屋外でやってたカワウソやオットセイのミニパフォも人が多くて見れなかったし」
「次の楽しみにとっておくのもありだね。また、来ようか」
「またこよーね。周回プレイの私たちならもっとうまく回れるし。よし、そーと決まれば二周目、ナイトバージョン水族館を見てからご飯食べに行こーぜー」
レオナさんの髪はボサボサ気味だ。
今日のために整えてきた髪型は崩れてしまった。
だけど、気にも留めず笑っている。
本当に楽しいって気持ちが伝わってくる。
「レオナさん、二周目の前に髪をとかしてからにする?」
「マ? そんなに爆発しちゃってる?」
「しちゃってる。でも、可愛いからまだセーフ?」
「えへへ、そっか。ってか、真白君もだけどね」
レオナさんはスマホのインカメの映像で俺の顔を見せてくれる。
俺の髪もボサボサだ。
「本当だ。これは中々の爆発っぷり」
「ウサボン並みのモサモサっぷりだよー」
おかしな姿に二人で一緒に吹き出してしまう。
「じゃあ、まずは荷物取りに行こー」
「それがいいね。レオナさん、床が濡れているから気をつけてね」
先に立ち上がり、レオナさんに手を差し伸べる。
「ありがと、真白君。滑ってプール落ちはスタッフさんにイルカさんに大迷惑だしね」
レオナさんが俺の手を取り、立ち上がる。
触れた手は海水に濡れたのもあって冷たかったけど、すぐに温かくなり始める。
「イルカのみんな、またねー」
レオナさんが最後にイルカたちに向かって手を振り、荷物を取りに行く。
また来た時は、今日とは違う楽しい思い出が作れる確信があった。
◆
照明が暗くなった二周目の水族館を散策し、最後にショップでお土産を探す。
「チンアナゴさんか、ニシキアナゴさんか……うーむ」
レオナさんはチンアナゴさん&ニシキアナゴさんのぬいぐるみを見比べてうなる。
「俺がニシキアナゴさんにしようか……?」
「マジで!? ありがとう、真白君! それなら私はチンアナゴさん、君に決めた! あとはお揃いキーホルダーも探そっか!」
「タコやイカ以外?」
「タコやイカ好きの人には申し訳ないけど、以外で!」
特大ダイオウイカのぬいぐるみから目をそらしながら、レオナさんは言った。
「これはいい感じの映えイルカじゃね?」
「可愛らしい感じだね」
キーホルダーはキラキラと輝く青とピンクのイルカにし、家族へのお土産も買う。
存分に水族館デートを楽しんだ後、近くの屋内のフードコートで夕食を食べ、外に出ると。
「うわー……ここにきて雨かー。強くはないけど、本降り後って感じ?」
小雨ではあるけど、まだ雨粒ははっきりと見えている。
舗装された道は濡れ、街灯の光が反射している。
「折りたたみ傘を持ってきておいてよかったね」
カバンから折りたたみ傘を取り出す。
「なん……だと……!?」
レオナさんがなぜか驚いた様子で自分のバッグの中を見ている。
「レオナさん、どうかした?」
「必殺フォーディングアンブレラがない」
「……つまり、折りたたみ傘を忘れた?」
うん、とレオナさんは頷いた。
レオナさんならうっかり忘れても……いや、聞くのは野暮かな。
「俺の折りたたみ傘は大きいから二人分はどうにか入れるよ。一緒に駅まで行こうか」
「ありがと、真白君! 助かるぜー」
雨なんて吹き飛ばすくらいの眩しい笑顔だ。
「イルカショーで濡れちゃったしね。少しくらい濡れても今さらだよね」
「今さら今さらー。リナちゃんにずぶ濡れにされちゃったもんねー。雨で濡れたところでへーき、へーき!」
どうぞ、と折りたたみ傘を広げ、レオナさんの方に傾ける。
「お邪魔しまーす」
折りたたみ傘を持つ手に、レオナさんの手が重ねられた。
ゆっくりとしたペースで雨の中を歩き始める。
「今日はマジで楽しかったー。ぐっすり眠れそー」
「明日寝坊しないように気をつけないとね」
「遅刻遅刻ーでパンを食べながら転校生と曲がり角で衝突しないようにしないとね」
夜に雨模様のせいか、水族館の時とは違って嘘みたいに歩く人は少ない。
賑やかだった音も静かになり、足音も消され、雨音の方が強い。
「……そーいえばさ」
だからなのか、さっきまで元気だったレオナさんはしっとりとした声で言った。
「さっきの水族館調べた時に見たんだけど、さ。結婚式もやってるんだって」
「それは、確かに載っていたね」
イルカのスタジアムや水中トンネルで行われるウエディングプラン。
「初デートしたばかりだし、まだ学生で早すぎだし、ここってわけでもないし……だから、別に。今すぐじゃないし……ただ、〈GoF〉みたいに……その」
レオナさんが言いたいこと。
気持ちはなんとなく、これまた分かる。
「いつか、結婚。リアルでもできたらいいね」
未来の予定くらいは、今なら言葉にしても許されるはずだ。
覚悟は、ある。
レオナさんがいつもの明るさを取り戻し始める。
「うん! 私が真白君のこと! 絶対に幸せにしてあげちゃうぜ!」
「俺もレオナさんのこと、必ず幸せにするよ」
折りたたみ傘を握る手に熱を込める。
それで全部の気持ちが伝わるわけじゃない。
だから、こうして言葉にして伝えるのだろう。
「みんなに祝ってもらえるように頑張らないとね」
「おー! ガチで頑張ろー! ブーケトスの練習しないとね!」
卒業して。
違う道に進んだとしても。
別の夢を追っても。
それでも一緒に暮らして、必ず、絶対に結婚して。
出会ってきたたくさんの人に、新しい存在の命に祝われて。
まだ見ぬ命の結晶と出会い、描ききれないほどの思い出を描いていく。
そして。
「レオナさん。俺は最期まで一緒にいるよ」
「おじいちゃんになっても?」
「レオナさんがおばあちゃんになっても」
おじいちゃんおばあちゃんになっても、こうして支え合っていく。
最期の日まで、一緒に笑っていける。
横断歩道を前にし、足を止め、静かに傘を前に傾ける。
俺を見つめる碧い瞳は星みたいな輝きで彩られている。
「レオナさん、大好きだよ」
「私も真白君が大好きだよ」
レオナさんの唇にキスをした。
最期の日まで一緒にいると誓う。
折りたたみ傘を上げ、前を見る。
「あ。雨、やんだね」
「本当だね」
気がつけば雨がやみ、雲一つない夜空が広がっている。
折りたたみ傘を閉じようとして、レオナさんが止めた。
「もう少しさ。このままでもいいんじゃない? 私たちだけのウイニングロード的な」
「そうだね。俺たちだけのサンシャインウイニングロードを行こうか」
「お! さらに盛るじゃん! よーし、希望のサンシャインウイニングロードをレッツゴー!」
信号が青に変わり、横断歩道を俺たちだけ傘をさして歩く。
渡りきってから、傘を閉じる。
今日の天気は曇りのち雨のち、晴れ。
たとえこの先、暴風雨みたいな困難が待っていたとしても負けたりしない。
立ち止まってでも踏ん張り、また前に走り出せてみせる。
……それにそんな困難でさえ。
「真白君、明日も楽しみだね」
隣に太陽みたいな笑顔の大好きな人がいれば、いつだって楽しいに決まっている。
「レオナさん、明日も楽しみだね」
空模様は夜だけど快晴――いや、レオナさん風に言うのなら超快晴かな。
『ネトゲの嫁と離婚したら、クラスのギャルお嬢がガチギレしていた』、これにて完結です。
また追加エピソードを書くかもしれませんが、ひとまず一区切りとさせていただきます。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました!




