第107話 迷子が迷子でダブル迷子!?
一通り館内を見て回ったので、イルカショーまでスタジアムの最前席で休憩することにした。
濡れてもいいようにビニールのポンチョを購入済み。
最前席付近の床は濡れているので、水しぶきが凄いのが分かる。念のため、スマホとタオル以外の荷物はロッカーに置いてきた。
売店でポテナゲコンボ、ノコギリエイのパッケージに入った長いソーセージのホットドッグを1セット買い、シェアして食べる。
プールサイドに設置された噴水から水流が弧を描き、イルカたちがじゃれつく姿を見ながら食べていると、すぐに食べきってしまった。
「満腹ゲージ……30パーセントまで回復ー。ごちになりましたー」
「ごちそうさま。美味しかったね」
お互いによく食べるので、本当に軽食感覚だ。
まだまだ食べられるけど、夕食にとっておく。
ペットボトルのお茶を飲み、ほっと一息。
「やっぱり日曜日は人が多いね」
「まさかここまでとは思っていなかったよ。舐めてたぜ、水族館」
次のイルカショーまで時間があいているので、スタジアムの座席に座っている人は少ない。
その分、他の展示フロアにたくさんの人がいる。
でもなあ、とレオナさんが腕を組んでうなった。
「どうかした?」
「学生主人公のラブコメや恋愛マンガにアニメだと、全然混んでる感じしなかったなーって。基本デートするなら休日じゃん? なら、人もいっぱいでとーぜんじゃね? って思ってさー」
「そこはまあ……リアルに描くと作画カロリーが大変だし、主人公とヒロインが埋もれちゃうからね。特別感が台無しというか」
「背景が魚より人になって、ごちゃごちゃになっちゃうかー。つまり、空白には消された私たちが存在してたってこと?
こ、これが俗に言う消しゴムイリュージョンなのかな? なんだろ、この先キュンキュンシーンがホラーシーンに見えないか心配になってきたよ……」
レオナさんはその画を想像してか、深刻な顔をしている。
「深く考えこまなくていいんじゃないかな? 素直な気持ちで楽しむべきかと」
「考えすぎか。でも、マジで水族館って使われがちだよねー」
「水と魚で幻想的で綺麗な構図を表現できるからね。レオナさん的にはエモいって感じ?」
「分かるー。実際に来て見て癒やされたし、映えるし」
「あとナンパイベントも発生しにくいのもあるかな」
「お祭りデートだとたまにKYなナンパ野郎が出てくるけど、確かに水族館デートは見たことないかも」
創作物のデートイベントあるなしについて語り合う。
休憩にはもってこいの話題だ。
「あとなにかあったかなー……あ! 迷子イベントもたまにあるよね」
「定番ってほどじゃないけど、起こる時は起こるね」
「でしょ。まあ、さすがに私たちは遭遇しないかー――」
「そうだね。さすがに俺たちは遭遇しない――」
盛り上がっていた会話が途切れ、後ろを振り返る。
幼い女の子と男の子が一つ上の段から、じっと俺たちの様子を見ていた。
「迷子が迷子でダブル迷子!?」
「レオナさん、落ち着いて」
あれ? この兄妹……レオナさんがチンアナゴさんに、ニシキアナゴさんで大興奮していた時にいた子たちじゃないかな。
スタジアム内を見回す必要もなかった。
上の階段から下りてくるご両親が見えるから。
「こんにちは」
このままスルーもよくないし、挨拶くらいは平気かな。
「こんにちは!」
「……こんにちは」
挨拶ができるし、小さくてもしっかりしている子たちだ。
「あっくんにわーちゃん! デートの邪魔しちゃ駄目でしょ!」
そしてお母さんに捕まる兄妹たち。
「本当にすみません。デートの邪魔をしてしまって」
「いえ、そんなことはないですから。気にしないでください」
「そーですよ。迷子が迷子でダブル迷子(仮)でよかったです」
頭を下げるお父さんに、レオナさんと一緒に慎ましく答える。
レオナさんの独特な言い回しのおかげか、ご両親の空気も和らいだ。
「ありがとうございます。ほら、あっくんに、わーちゃん。お兄ちゃんとお姉ちゃんにごめんなさいは?」
「チンアナゴさんに、ニシキアナゴさん。ごめんなさい」
「ごめんなさい」
お兄ちゃんのごめんなさいに、妹さんが続いて……ん?
俺とレオナさんだけでなく、ご両親も目を丸くした。
「すみません! 子どもたちが変な呼び方をしてしまって!」
「デートの邪魔だけでなく不快な思いまで! どう詫びればいいか!」
「い、いえ。謝らないでください。俺たちは気にしていませんから」
「はい! むしろ最高の褒め言葉ですから!」
慌てふためく俺とご両親と違って、レオナさんだけは目を輝かせていた。
本当にこういう場面でのレオナさんは心強い。
「ありがとうございます。これ以上邪魔してもいけませんし、失礼しますね。デート、楽しんでくださいね」
「楽しい思い出を作ってくださいね。あっくん、わーちゃん。バイバイは?」
「チンアナゴさんに、ニシキアナゴさんバイバーイ!」
「バイバーイ!」
兄妹は元気に手を振りながら、ご両親に手を引かれて上の座席の方に向かっていった。
俺たちも手を振って見送り、ホッと胸をなで下ろす。
「ダブル迷子(仮)で本当によかったね」
「せっかくの楽しい休日なんだから、悲しい思い出はない方がいいよね」
「とはいえ、あの若さでチンアナゴさん&ニシキアナゴさんの神オーラに感銘を受けるとは将来有望と見える。しかし、なんで私たちのことをそう呼んで……ハッ!? ま、まさか!?」
レオナさんは一つの答えに辿り着いてしまった。
あれだけチンアナゴさん、ニシキアナゴさんを連呼していたので、兄妹視点だと俺たちの名前をそう思ってもおかしくない。
大興奮だった自分の姿を客観視し、今さらながら恥ずかしがってしまうかも――、
「私たちも既に名バイプレイヤーの貫禄がでているのかな!? 消しゴムイリュージョンで消されないポジ!?」
なんて心配はいらなかった。
そもそもレオナさんは兄妹がいたことも気がついていない。動画を見返してようやく気がつくレベルだ。
「俺は背が高い……長くて、真白って名前だから白いチンアナゴさんだと思って。レオナさんは金髪に黄色いのブラウス、鮮やかな姿がニシキアナゴさんに見えたのかも?」
「想像力たくましい兄妹ってわけだね! マジで将来が楽しみじゃん!」
事実を告げる必要はやはりないと思い、我ながら苦しいごまかし方だと思ったけど、レオナさんは一切の疑いもなく信じてくれた。
レオナさんをここまで魅了するとは、チンアナゴさん&ニシキアナゴさんの魅力値はカンスト状態で恐ろしいばかりだ。
「でも、真白君。落ち着いてたね」
興奮気味だったレオナさんが声を抑えて言った。
「私なんて混乱してデバフくらっちゃったのに。さすがお兄ちゃん」
「それは、まあ経験があったからかな。家族で海に行った時に、白雪が迷子になったことがあるんだけど。すぐ見つけられたんだよね、俺の方が。真白お兄は大きいからすぐ分かった、って白雪が言って」
「マジで? 大事にならなくてよかったね。だけど、白雪ちゃんの気持ち分かるわー。私も迷子になっても、真白君のことを見つけられる自信あるぜー」
レオナさんは額の上に片手をやって、遠くを見る真似をしてふざける。
「白雪もだけど、迷子が見つけられる側だよね?」
「いいじゃん。迷子が捜索隊を見つけてもさ」
「それも、そうだね。大事になるより、無事ならなんでもいいよね」
「そーそー。日常イベで鬱イベはなしの方がよくね」
レオナさんの言うとおり悲しく辛い思い出を長引かせる必要はない。
解決仕方はなんだっていいと思う。
「それにあのくらいの小さい子は大きいものに惹かれるのかもね。ほら、ゾウさんやキリンさんとかさ」
「分かるかも。ウルメガマンやゴズラもだよね。あれ? 待って、真白君。国民的ヒーローのアンパソマンさんに、お茶の間のアイドルドゥエモンさんは? 身体は大きくないよね?」
レオナさんの質問の答えは分かりきっている。
「あのお方たちは器が、大きすぎる」
「おー! それな! マジでデカい! 神ってる!」
イルカショーが始まるまで、まだまだ時間は残っている。だけど、退屈な時間なんて一秒たりとも訪れることはなさそうだ。




