第105話 私たちこそ水族館に捕らわれようとしている魚だったのか!?
「ゲートウェーイ! を越えてとうちゃーく!」
晴れ晴れとしたレオナさんの声とは裏腹に、降りた駅の外は今にも雨が降り出しそうなほどの曇り空。
レオナさんの服装は明るい色合いの動きやすい格好だ。黄色いブラウスに白いシャツ、スカートではなくデニムパンツ。
晴れの日ならもっと映えた姿だったのは残念ではある。
「さすがに人が多いね」
「だねー。迷子にならないようにしよう」
日曜日とあって人混みではぐれないよう手をつなぐ。
「雨が降る前に水族館に行こうか」
「必殺フォーディングアンブレラのスタンバイはオッケーだけど、使わないですむのがマシだしね。いいか、絶対に使うなよ的な」
「それだと絶対に使っちゃうよね?」
水族館を目指して歩きだす。
今日は行き当たりばったりの水族館初デート。
昼食は出発前にすませたのでお昼過ぎからのスタートだ。
「あれ……めっちゃ並んでね?」
水族館に続く坂道には行列が並んでいる。
今日は水族館で特別なイベントの開催は記載されていなかったはず、と思い行列の出所を追う。
「なるほど。レオナさん。この行列は水族館じゃなくて隣の映画館のだよ」
「マ? おー……本当だ! ブライドオブハンドレッドじゃん! みんなかわよー!」
映画館入り口の横のディスプレイウィンドウには、花嫁衣装のキャラクターのポスターが張られている。
「だがしかし! 今日は映画の限定特典を求め、スタンディングオベーションをしに来たわけではない! 我慢だよ、真白君! 行こう!」
レオナさんは目を瞑り、断腸の思いで我慢した。
「映画はまた今度だね」
一緒に隣の水族館に入る。
曇り空よりも明るい光を浴びながら、入場ゲートへ向かう。
行列は映画館のとは違って、すぐに自分達の番になった。
券売機で入場券を購入して、水族館の入場ゲートを通り、
「真白君! 海賊船だよ、海賊船! 乗らない!?」
レオナさんはすぐ側にあった海賊船に目を奪われた。
船に乗って前後に揺れるのを楽しむアトラクションだ。
「乗ろうか」
「うん。海上戦の開始じゃー」
魚を見る前に海賊船に乗船し、出発のベルが鳴る。
「イヤッッホオオオオオオウッ!」
海賊船が揺れる度にレオナさんが楽しげに叫ぶ。
「URYYYYYYYYYY!」
どさくさに紛れて言いたい放題だ。
絶叫マシン……と言っても、軽い方だから怖さよりも雰囲気を楽しむアトラクションなのだろう。
俺もジェットコースターや落下系の絶叫マシンは平気なので、レオナさんの横顔も見ながら楽しめている。
「ふぃーいい潮風だったぜー。あ、ウェルカムフィッシュ!」
海賊船から降りると、ようやくプロジェクションマッピングで彩られた水槽を泳ぐカラフルな熱帯魚に足を向ける。
「真白君、一緒に撮ろ! 今日の一枚目!」
レオナさんと並び、預かったスマホを掲げる。
「撮るよ。準備はいい?」
「いつでもオッケー! せーの! ピース!」
一緒にピースをし、スマホのシャッターボタンを押す。
俺のスマホでも撮影し終え、やっと入り口から進み、
「真白君! ガチの記念写真だよ、記念写真! とろーよ!」
またレオナさんが目を輝かせた。
武流姫璃威よりも本格的な珊瑚礁のセットで親子が撮影している。
「そうだね。撮ってもらおうか」
「よし! 今日一番の映えを目指そう!」
待つこと数分、係のお姉さんに写真を撮ってもらった後、受付スペースで専用のフォトフレームを選ぶ。
撮影して貰った写真に加工を加え、オリジナルのフォトフレームができあがった。
「二人ともいい笑顔。プロのお姉さんも真白君に負けてないね。エモいっすなー」
「うん。俺なんかより上手だよね」
できあがったフォトフレームを大事にバッグにしまう。
いよいよ本格的に水族館を楽しむと思いきや、
「真白君! オーシャンメリーゴーランドだよ! 海! 回ろーぜ!」
すぐにレオナさんが目を輝かせた。
「回ろっか」
イルカやラッコ、タツノオトシゴに貝などの海の生物をモチーフにしたメリーゴーランド。二人乗りができる貝に座ってぐるぐる回る。
存分に回遊し、一息つく。
「お、恐ろしい……! 既にデート資金が削られた……だと!?」
レオナさんはスマホを見て呟いた。
「全部入場料とは別途支払いだからね。しょうがないね」
「くうぅ……。分かっていても釣られてしまう。私たちこそ水族館に捕らわれようとしている魚だったのか!?」
「レオナさん。それは……そうかもね?」
「でしょー! 真白君もそう思うよね!」
というわけで、俺たち新米彼氏彼女初心者は水族館さんの思惑にまんまんと釣られてしまった。
気を取り直して、今度こそ入り口から進む。
最初の展示フロアもプロジェクションマッピングが投影され、海を思わせる深い青色で彩られている。
「うわー、中は人多いねー」
「確かに想像以上かも」
俺たちは入念な下調べはせずにここの水族館を選んだので、混み具合などは考慮していなかった。
どの水槽にも鑑賞している人たちがいる。
俺は背が高いので、水槽前の人混みも上からのぞき込めばどうにか見られる。
レオナさんは女子にしては背が高いにしても、170センチに届かないくらいで中々見られない。
先に見ている人が移動するのを待ってから鑑賞する。
ここの展示フロアは海の小さな魚介類がメインだ。
「めっちゃ長い名前なのに身体はちっちゃくて、巣穴からひょこひょこしてかわよー」
「ちょうど名前分の長さみたいだね」
「お、蟹だ。砂に隠れてハイド中かな」
「習性だったっけ。まあ、砂に埋もれたい気持ちは分かるかも」
「……? ヒトデいなくね?」
「えっと、ああ。上に張り付いてるよ」
「え、嘘? どこどこー……ホントだ。なぜ上に。上昇志向が強いヒトデたちなのか」
一つ一つ展示を見ては感想を言い合いながら、次のフロアに向かう。
「ウケる。ここもハロウィンフェスじゃん。もうバレンタイン、クリスマスに続く一大イベントだね」
「俺は恩恵を受けて、ちょっとダメージを負った側なのでノーコメントで」
天井にはカボチャ頭の風船やランタンが吊り下げられ、幻想的な輝きを発している。
水槽内にもハロウィンをモチーフにしたカボチャやキャンディ、ロウソクの置物が設置されている。
「おっ! フグじゃん! ハリセンボン! 思ったよりフルアーマーハリフォームじゃないんだねー」
「外敵もいないだろうしね。安全な環境だからかな」
ここも前の展示フロアと同じノリで鑑賞していき、
「タコもいるんだね。小さい方だと思うけど、可愛い――レオナさん?」
さっきまでノリノリで楽しそうに話していたレオナさんが、一言も喋らず黙って目を背けていた。
握る手は震えている。
「レオナさん。もしかして……タコ、苦手?」
こくり、とレオナさんは頷いた。
レオナさんの手を引いて、ひとまず人の少ないスペースに移動する。
「ふぃービビったー。ごめんね、真白君。タコも見たかったよね」
「気にしないでいいよ。それよりちょっと……意外だったかも。タコ、本当に苦手なんだね」
「そーなんだよねー。あのヌメヌメでウネウネした感じがどーにもダメでさ」
レオナさんは青ざめ顔で、手をなめらかに動かし始める。
「特にあの足! あの吸盤! アニメで触手プレイを受けている子たちはマジで尊敬するよ!」
尊敬の方向性を指摘よりも先に、もう一つ気になる質問を優先しよう。
「それじゃあ、イカも苦手だったりする?」
「うん。イカの躍り食いってあるじゃん? ゲソも食べるんでしょ? なぜ自ら触手プレイをするのか理解できないよ。喉に張り付いて無限拷問編を始めたいの!?」
語る言葉にさらに熱が入る。
本当にタコやイカが苦手なんだな。
「……あれ? でも、〈GoF〉でもイカやタコをモチーフにした敵はいるよね。前にイカのボス――アクアマリン・クラーケンスターは普通に焼き殺したよね」
「真白君やだなー。あれはネトゲじゃん? 触手プレイしてくるわけじゃないし、ヌメヌメしてないし。まだいけるよ」
「そう、なんだ。じゃあ、たこ焼きもダメ?」
「真白君やだなー。たこ焼きは中身見えないし、ヌメヌメでウネウネしてないから平気だよ。美味しいよね。熱いから冷ましてたからだけどね。イカ焼きにイカめしもイケる口だよ」
「そ、そうなんだ……。じゃあ、生きているのと生の刺身がダメって認識であってる?」
「うん! さすが真白君、察し早い! ヌメヌメでウネウネで噛みきれないから無理なんだよねー」
レオナさんは満足そうに頷く。
……レオナさんの苦手意識や好き嫌いはヌメヌメでウネウネだけでなく。
噛みきれるか、噛みきれないか。つまり、噛みきって美味しく食べられるかで判別しているのかもしれない。




