「わたくしは身勝手な第一王女なの」〜ざまぁ後王女の見た景色〜
マルケスが帰ってこない。
マルケスはわたくしと一緒に王都を追放された、書類上のわたくしの夫。なぜ書類上かと言うと、ある事情により、結婚後のわたくしとマルケスの間に男女の交わりがないから。
言えないわ。マルケスのあれがあれであれだから役に立たないだなんて。
彼とわたくしは、王都で"やってはいけないこと"をやってしまったらしく、辺境の城に送られた。
美貌で知られた第一王女カタリナ、それがわたくし。
華やかな王都とは違い、ここは辺鄙で貧しいド田舎。
気候は厳しく、空は厚く重い雲で覆われがち。窓からのぞむ景色には、峻険な山々が白い雪を頂きに載せていて気が滅入ることこの上なく、はっきりいって劣悪!!
初めて来たときは、なぜわたくしがこんな場所で暮らさなくてはならないのかと憤慨した。
けれどどれだけ文句を言ってもわたくしの周りにいる下民たちはオタオタと慌てるだけで、わたくしを王都に返す力もすべも持っていない。
彼らに出来るのはせいぜい、"精一杯"とかいうしょぼくれた食事を出してくることくらい。
寝室は気に入らないし、調度品も古めかしい。
何より、かつて砦として使われていた城だけあって、武骨な石壁が剥き出しで冷える!!
わたくしは発狂しそうになったけれど、それ以上に喚いていたのがマルケスだった。
「貧乏くじを引いた」と王女であるわたくしにも乱暴な態度をとり、ひとしきり暴れた彼は「親戚に直談判してくる」と城を出た。
人は、自分より荒れている人間を見ると、冷静になるものなのね。
飛び出した彼をわたくしはあっけにとられたまま見送って……、以来、ずっと帰ってこない。
土地勘も何もないマルケス。
途中の山道で足を踏み外したのではと、人々は言っていた。
けれどそれ以上に、わたくしを震え上がらせたのが。
"人知れず消されたのだろう"という、使用人たちのヒソヒソ話。
なんでも、地位を失って追放された人間は"生きていると邪魔になる"という理由で、病死したり事故死したりするものらしい。
そんな馬鹿な! わたくしは第一王女よ?
わたくしに手を出すなんて、王都の父王が黙っていないわ!!
そのはずなのに、わたくしがこんなに困っていても父王は助けに来てくれない。呼び戻してもくれない。
わたくしをマルケスに嫁がせた後だから?
よその男の妻になったわたくしは、もう父王の娘ではないの?
なら、わたくしもいつか、病死や事故死だと囁かれる存在に……?
ブルルッと身体が震えた。
怖かった。
怖くて、マルケスがいなくなってから眠れずに、ひとり寝台で夜を明かす。
食事も喉を通らず、目に見えて弱っていくわたくしに対し、無礼にも下女が声かけてきた。
「大丈夫ですよ、王女様。マルケス様はきっとお戻りになられます。その時に王女様がやせ細っておられては、マルケス様がご心配されましょう。何か召し上がってくださいませ」
この下女、マリアは何を言っているのかと思ったわ。
わたくしはマルケスを心配しているわけじゃなくて、自分自身が心配なのよ。
マルケスだって、わたくしがどんな様子でも多分心配したりなんかしないわ。
夫婦ってそういうものだって、王都の婦人たちの会話で知ってるのに。
マリアは、使用人の数も必要最低限なこの城で、わたくしの食事をはじめ身の回りの世話をこなす平民の女。
侍女でもなく、下女。王宮で大勢の侍女に傅かれてきたわたくしなのに、ここでは傍仕えがひとりしかいない。
近くの村の出身で、恰幅良く膨らんだ身体に、やや日焼けした肌。
粗末な服を着て、常にエプロンを外さない中年女性のマリアは、今回の雇用で孫娘とともに城に住み込むことになった。
城の隅の小部屋に居を移し、洗濯に掃除にと余念がない。
「わたくしにこんな貧しいものを食べろと言うの?! 馬鹿にするにも程があるわ!!」
初日に出してきた食事をつき返しながら怒鳴ったら、"これが精一杯で、村では食事さえ満足にとれない人間が多い"のだと、思い切り悲しそうな顔をした。
はああ? 嘘でしょう??
ペットもそっぽを向くような、飾り気のないパンと野菜のスープ、申し訳程度の肉に玉子よ?
これすら食べれないなんて、どんな村なの?
それに。王女の前でそんなにはっきりと気持ちを顔に出すなんて、許されると思っているの?
わたくしは彼女にも、彼女の村にも驚いてしまった。
また、別の日。
「わたくしは本来、お前のような下賤なものが近寄って良い存在ではないのだからね!!」
身の程を知らせてやろうと言った時には。
「承知しております。美しい王女殿下をお傍でお見上げすることが出来て、本当に光栄です。村で自慢させていただいております」
ニコニコと満面の笑みで返された。
違うわ。わたくしが言いたいのは、そういうことじゃない。でも。
"美しい"、"光栄"。
王都では当然のように言われ慣れていた言葉なのに、マリアが言うとなんだか、こそばゆい気持ちになった。何かしら、これ。
「……そ、そう? わたくしが美しいこと、村で自慢していいわよ」
「はい、有難うございます」
ニコニコニコとマリア。
ええと。わたくし、確か何に怒ってたんだけど。何に対して怒っていたのかしら。
どうもおかしいわ。
マリアと話すと、思っていたことと違う結果になっている。
風の強い今夜もそうだ。
外では魔獣の呻き声のような轟音が、絶え間なく響いている。
風が力いっぱい走り抜けるとこんな音がするなんて、王宮では経験したことが無かった。
夜に外が真っ暗になることも。
王都ではどこかしら明かりが揺らめいていたから。
部屋で音の凄さに身を竦めていると、マリアがわたくしの様子を見に来た。
彼女はいま、寝台に横になったわたくしの手を、包み込むように握っている。
知らなかった。
こんな小さな部分が触れているだけで、力強く安心出来るなんて不思議で仕方ない。
手から通して伝わる体温が、とてもとても心地良い。
だからかも知れない。
わたくしは傍らのマリアに、ぽつりぽつりといろんなことを話し始めた。
きっと半分以上、眠っていたのね。取り留めなくこぼす言葉に、マリアが丁寧に相槌を打ってくる。
「わたくしには、子どもの頃から世話を焼いてくれる男の子がいたの。困った時にはいつも助けに来てくれていたのに……。今回は、いつまで待っても迎えに来てくれないの……」
「そのお相手とは、マルケス様ではないのですか?」
「マルケスより前に婚約してた相手よ。名前はファビアン。でもわたくしがファビアンとの婚約を破棄したら、急に余所余所しくなってしまって」
「王女様が婚約を破棄なさったのですか?」
「ええ。わたくしから、破棄したわ」
「……王女様。偉い方々のことは私にはわかりませんが、婚約破棄をした以上、お相手の方はお迎えには来られないのではないでしょうか?」
「どうして? わたくしが困っているのに?!」
びっくりして飛び起きたわたくしに、マリアは困ったような笑みを向けた。
せっかく眠りかけていたのに、目が覚めてしまったわ。
「婚約者でもない女性のそばに、男性は勝手に近づけませんよ、王女様」
「でもこれまでわたくしの傍にはいろんな男が寄って来たわよ? 婚約者じゃなかったけど」
「それは……王女様がそれだけ魅力的だったからだとは思いますが……。ですが王女様。婚約者がいる女性に近づくなんて、節度がある行動とは言えません。何かしらの下心も勘繰るべきかと」
「下心?」
「たとえば、自分の欲求を満たして貰うためとか。王女様とお近づきになって名誉を得たいとか、美しい王女様を自分のものにしたいとか……。大丈夫でしたか?」
「!!」
マリアの言葉に、わたくしは驚いた。
確かに男たちは皆一様に「ああして欲しい、こうして欲しい」と希望を述べてきた。身体を重ねながら"叶えて欲しい"と懇願されると、可愛く感じてわたくしも便宜を図ってやったけど。
あれは下心だったの?
わたくしに自分の都合を要求しなかったのは、ファビアンだけ。
公爵家だから困ってないのだと勝手に思っていたけれど、次男だったから不便はあったかも知れない。
だけどファビアンはいつも堅苦しい顔をして、わたくしのやることなすことに苦言を呈してばかりで。
(そうよ。ファビアンが悪いのよ。昔はよく笑ってくれてたのに、いつの間にか口を開けばお節介やお説教ばかりを言うようになって)
ふと気がついた。
そういえば子どもの頃のファビアンは、マリアみたいに笑っていたわ。
飾ることなく、嬉しそうに素直な目で。
(わたくしがマリアの笑顔に不思議な気持ちになるのは、そのせい?)
顔かたちはまるで似てないのに。
心地よい空気にファビアンを思い出す。
ファビアン自身は、いつの間にかわたくしの前で笑わなくなっていた。
ドレスを花で飾るため、一緒に育てた花をすべて切ったせい? 鳥の羽を帽子に飾りたくて、むしるように命じたせい?
庭で飼っていた珍しいあの鳥を、ファビアンは遊びに来るたびとても可愛がっていた、気がする。
躯となった鳥を見て、悲しそうに涙を堪えていたけれど……。
(でも! でもあの時は! そうしたほうが誰よりも目立つドレスになるからと侍女長が!)
そうよ。"美しい"のが大事なのよ。
第一王女は、美しくないと価値がないの。
"誰よりも美しくあれ"と、ずっと言われ続けて来たわ。
他にも何かあるたび、ファビアンが訴えてきた。
辛そうな姿を何度も見た。
婚約破棄を告げたあの日も。
最初にファビアンの目に浮かんだのは──。
「もしかしてわたくしは、ファビアンを傷つけていた?」
呆然と呟くと、マリアが控えめに言葉を差し入れた。
「王女様から婚約を破棄されたら、傷つかれたかもしれません。もう要らないと、お相手に宣言されたも同然ですから」
「!! そんなつもりはなかったのよ!!」
わたくしは心底驚いてしまった。
わたくしはファビアンを要らないと言ったつもりなんて、全くない!!
(結婚しなくても、ファビアンはずっとわたくしの傍にいて、それが当然で──)
違うの??
「まさか……婚約を破棄したら、一緒には居られなくなるの」
恐る恐る尋ねたら、マリアが頷いた。
むしろ居てはいけないのだと。
新しい相手がいる人間に近づくのは、失礼なことなのだと。
それでわたくしが何度呼び出しても断られたのね。
わたくしの隣にはマルケスがいたから、良識のあるファビアンがずかずかとやってくるはずはなかった。
それに……。きっと怒ったわ。
わたくしがファビアンを大事にしなかったから。
「……言ってくれないとわからないわ」
言われても、わからなかったかしれない。
わたくしはいつの間にか、ファビアンの言葉をうるさく聞き流すだけにしていたもの。
「じゃあわたくしが待っていても、ファビアンはずっと来てくれない?」
小さく消え入りそうな自分の声は、取り残された幼子のようだった。
マリアは眉尻を下げて、何も言わないままにわたくしを見た。
それがすべての答えだった。
「う……、うわぁぁぁぁぁぁん!!」
そんなつもりじゃなかったの! そんなつもりじゃなかったのよ、ファビアン!!
(ごめんなさい……)
わたくしの泣き声は、風音にかき消されて、嵐の夜に消えて行った。
◇
一晩中泣いて、真っ赤に腫れあがった目の周りを、マリアが冷やしてくれている。
(夕べも思ったけど)
「マリア。お前の手は硬くて荒れてるわね。どうしてそんなに荒れているのよ。ちゃんとお手入れはしているの?」
傷だらけのマリアの手は、続く水仕事で荒れたらしく、隙間なく赤いし、酷いものだ。
「マリア、そこのクリームを取って。そう、その薔薇の模様のケースよ。それをお使いなさい。王都の高級クリームだから、きっとお前の手にも効くでしょう」
「え? お、王女様? そんなとんでもない。私には過ぎたお品で到底使えません……!」
「わたくしが嫌なの! 荒れた手で触れられたら痛いのよ! 良いこと? これでしっかりと保湿すれば、いくらかマシになるはずだからちゃんと塗るのよ?」
マリアは何度もお礼を言っていたけど、わたくしに仕えるなら最低限の身なりを整えててくれないと、主であるわたくしの品格を問われるのよ。わかっているのかしら。
ある日、王都からお菓子が届いた。以前は毎日のように食べていたものが、ここでは滅多に口に出来ない。
それを有難がって食べるなんて、わたくしの誇りが許さない。
こういうものは盛大に、惜しげなく分けながら食べるものよ。
マリアの孫は六歳の女の子。だけどやせ細っていて、王女の従者の身内としてみすぼらしい。
お菓子を下賜すると、初めて食べたと目を輝かせていた。
甘いものは貴重らしい。
確かに普段の食事があのレベルでは、菓子なんて夢や幻の存在ね。
寒く乾いた土地では、砂糖の元になる植物も育たないだろうし。
でも、確か。
寒い土地で育つ甘味のある植物もあると……。
領地を豊かにするため、以前ファビアンが調べていたことがあったわ。
当時のわたくしは、"関係ない世界の野菜話なんて、つまらない男ね"と呆れていたけど、その植物がこの辺境でも育てば、村の食べ物ももっとマシになるかも知れない。甘味は高値でも売れる。
わたくしは王都の父王に手紙を書いた。
それから、しばらく。
マルケスは相変わらず戻らないままだったけれど、わたくしはマリアを通じて城や村の人間とたまに言葉を交わすようになっていたある日、事件が起こった。
「孫のアニタが、行方不明?」
何気なく呼んだマリアが蒼白な顔をしているので尋ねたら、ずっとアニタを探していたという。
「どうして早くわたくしに言わないの!!」
どうもアニタは、雪山に踏み込んでしまったらしい。
しかも神が住むと言われる、ビダの山。
怪我をした友達のため、薬草を求めて山に入った。
冬山で植物を見つけるのは難しい。きっと奥に奥にと入ってしまったのだろう。
「薬なんて、わたくしに言えばいくらでも持ってきているのに……」
このまま日が落ちれば、気温は急激に下がってしまう。
城に駐屯している兵たちの悠長な様子に激怒する!
「お前たちも捜索に行きなさい!」
けれどわたくしの命令に、彼らは驚くべき言葉を返してきた。
「無理をおっしゃらないでください、王女様。村の子ども一人のために雪山に向かっては、我らが遭難してしまいます」
「なんっ……! それでも行くのが大人じゃないの?」
「まさか。この貧しい村で人間が大人に育つのがどれだけ大変か。価値で申し上げるなら、子どもの命は軽く、我らの命のほうに価値がございます」
信じられない!!
「そう。王女の命令でも行けないと言うの?」
歯ぎしりする思いで、最終通告を出してみれば。
「申し上げますなら王女様。王女様が我らに命じる権限はないのです。王都からそう言いつかっております。王女様をお守りすることだけが、我らの職務でございますれば」
「王女様の無茶にはつき合わなくてよいと、上から言われております」
詰所の兵が、口々に言う。
「──!?」
わたくしに、命じる権限がない??
王族としての権力を取り上げられていることは知っていた。
けれど、こんな者たちにまで軽んじられるなんて許せない。
わたくしを! 第一王女を甘くみるとは生意気な!!
「命の価値だと言うのなら……! この中で、王女であるわたくしの価値が最も高いわ。これまでわたくしにかかっている金額は、お前たちが何千人かかっても賄えない額よ! そしてわたくしに何かあれば、お前たちもただでは済まない」
そこまで言って、わたくしは息を吸った。
「わたくしを守るのが職分であれば、わたくしを探しに来なさい!!」
バタン!!
思い切り扉を開き、外に飛び出す。
扉の外は風が強まり、雪が激しくなっていた。
「何を?!」
「王女様、どこへ」
「わたくしは子どもを探しに行く! お前たちは人手を出して、わたくしを追うのよ!!」
声を限りに叫んだ。
「いけません!」
「自殺行為です!」
止める声を背中に、わたくしは吹雪の中を進んだ。
羽織ったマントは薄く心もとないけど、派手な発色の赤いドレス。
雪の中では目立つでしょう。
わたくしを探して、そしてアニタを見つけると良い。
もちろんわたくしだって全力で小娘を探すわ。王都にはもっと美味しいものがあると、次の菓子でも威張ってやりたいもの。
どのくらい雪の中でいたのか。
まつ毛の雪も凍り、目を開けているのに耐えられなくなってきた頃、わたくしは岩の下に倒れているアニタを見つけた。
慌てて駆け寄って確かめると、息はある。
(すっかり身体が冷え切っている。このままじゃ時間の問題だわ)
運ぼうと抱き上げようにも、重くて無理。
肩の下に手を回し、どうにか担ぎ上げようとして、失敗した。
わたくしの身体も凍り付いたように、まるで力が入らなくなっている。
それなら……。
(あの時。マリアが暖かさを分けてくれたように、今度はわたくしが体温を分けてあげる)
岩影なら、直接あたる吹雪は防げる。
わたくしは冷え切ったアニタを包み込むように抱きしめた。
(ふふっ、このまま死んでしまいそうよ。だけどアニタ、お前はせめて助かって)
わたくしが死んでも泣く人間はいないけど、この子が死んでしまったらマリアが泣くわ。
数年前に娘を失くし、孫を大切に生きている女だもの。
マリアは流行り病で、娘を失くした。
(その娘って、わたくしくらいの年だったのかしらね……?)
わたくしのことも、世間では"人知れず消された"と伝わるのかしら。
どうしたらいいのかわからない。
こんな方法しか浮かばなかった。
わたくしが騒ぎを起こしたせいで、兵たちも巻き込まれて死んじゃうかしら。
やっぱりわたくしは酷い王女ね。
わたくし、知っていたの。
わたくしは頭が良くないって。
だから城の教育係はいつも言ったわ。
王女たるもの美しければ優れている。
一番きれいでいれば良いと。
だからわたくしは、ずっと美しくして……。
ドレスで飾って、宝石で煌めいて、誰よりも。
(王都から出たこともないような教育係の言葉を、どうして鵜呑みにしていたのかしら)
それだけわたくしの世界は狭かった。
わたくしの目は、何も見ていなかった。
見た目の美しさよりも、懸命に生きる輝きのほうがどれほど尊いか。
わたくしには何も出来ない。
小さな子を救うことさえも。
「神よ……、雪山の神よ……。小さな命を助けてやって」
力ない声は空気に散じ、音を結ばなかったはずだけど。
薄れいく意識の中で、わたくしは声を聴いた。
──氷のように硬く純粋で、寂しさを抱えた娘よ──
(誰……)
──助けてやろう。お前の心には嘘がない──
(あなたは、誰……?)
──お前がいま呼んだ、この山でお前たちが"神"と呼ぶものだ──
(……神……)
──以前来た男は、まだ駄目だ。あれは罪深い。贖罪を果すまで、解放は出来ん──
(以前来た男……?)
……!! まさか、マルケス?!
(マルケス、"人知れず消された"わけじゃなくて生きてるのね?)
ほっと吐息した中、わたくしの意識は閉じた。
◇
「まさかあんな無茶をなさるなんて」
この地にも静かに春が来て、雪が大地に溶け消えてからも、マリアは思い出したようにわたくしに言う。
あの後わたくしとアニタは、山に住む狩人とやらに背負われ、城へ届けられた。
わたくしを探すため、雪山で右往左往していた兵たちも皆無事だった。
気絶していたわたくしがベッドで目を覚ますと、マリアからは雪崩のように感謝の言葉を並べられ、兵達からは謝罪された。
いわく、王都からの噂を信じて、わたくしのことを"身勝手なヒドイ王女だと思っていたことを許して欲しい"ということだった。
"幼い子どもを助けようと単身山に走る王族なんてみたことない。貴族にもいやしない"。
"どうか末永い忠誠を尽くしたい"と、村どころか領地をあげて言われた時には驚いた。
わたくしが身勝手で自分本位な王女なのは、間違ってないわ。
だってわたくしは第一王女で、それが許される身ですもの。でも。
(考えてみたら"王女"として命じることを封じられてても、"領主"としては命令出来たのよね)
この地はわたくしに与えられているのだから。
(思い浮かばなかったわ。わたくしらしい)
クスッと、苦笑いがもれる。
わたくしを助けた狩人は称えられるべきだから、礼を述べに山小屋へ行ったら、小屋から熊みたいな大男が出てきた。
頑強で、わたくしの何倍もある大きな体躯。
その男の声が、山で意識を失う前に聞いた声と似ていた気がするのは、触れないでおこうと思うの。
王女のわたくしに事情があるみたいに、きっと山の神にだって理由や都合があるでしょうから。
(ふふん。わたくしだって、"察する"ということを覚えたのよ)
機嫌良くしていると、マリアがいつもの笑顔で言った。
「王女様、春の種まきが楽しみですね」
「そうね。説明書が細かくて詳しかったから、きっとうまく育つと思うわ」
王都からはその後、わたくしが送った手紙の返事として、たくさんの荷が届いていた。
頼んでいた甘みが作れる甜菜という野菜の種だけではなく、寒冷地に強い種イモだとか、なんやかんや育てると良さそうなもの?
父王が詳しい人間に相談したみたい。
荷の宛先がわたくしであることまで、話したかどうかはわからないけれど。
びっしりと解説された栽培方法や精製方法が見覚えのある字だったから、わたくしは手紙に向かってそっと「ありがとう」と呟いた。
何度も「周りを大切にするように」と、わたくしに言い続けていた人。
耳横で言われていた時は、それがどういう意味が分かってなかった。
(心で人と繋がれば、あたたかな気持ちを贈り合えるということだったのね)
この地は寒いけど、マリアやアニタ、それに皆、わたくしの周りはとてもあたたい。
マルケスはいつか帰ってくるだろう。
それまでにこの辺境は、きっとずっと豊かになっているから!!
お読みいただき有難うございました!
嫁いだら王女ではないのでは? カタリナは自分で「王女なの」と言い続けてる子なので、そのへんは曖昧だったりします。が、きっと領主として〇〇爵夫人とかそんなんになってる…ような?
彼女をふわっと救済しようと思ったら8000文字を超えました。これでもまだ抑えたなんて文字感覚がバグってる! 長々とお付き合いくださり有難うございますっっ。
そしてカタリナの猫ルートが読みたいとおっしゃってくださった方、すみませんー。人間ルートで成長させちゃいましたが、IFということで、お読みいただいた方の数だけその後があると思っています(`・ω・´)ゞ
ちなみにカタリナはお菓子作りを覚え、狩人はその後ちょくちょくと菓子を食べに城を訪れるようになります。神は純粋な魂を愛する? 本当はここでラブ展開したかったものの、マルケスの存在があったので留めました。
マルケスは失踪期間が長いと「死別による離婚申請可」と王都から声がかかることも。(離婚不可って言っていたのに、父王甘い) その時カタリナが帰るかどうかは不明ですが、王都と行き来しながら買い付けしたり、いろいろ仕入れて地元を豊かにしていく気がします。
マルケスは…いつか心を入れ替えて戻れるかどうか…神のみぞ知るパターン。
ではでは(*´▽`*)/ありがとうございました!!
良かったらめちゃスクロールして下の☆を★に塗ってやってくださると嬉しいですー!!
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2023.12.16.さらさらしるな様(@unlcky_Lady611)からAIイラストを使用して制作くださった表紙を賜りました! 王女可愛いっ♪
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