0.9遭遇
騎士団本部は、アルバートの出迎えのための大掃除が行われていた。
いつもは薄汚く、書類の積み重なった玄関口も、年末のような本来の美しさを取り戻していた。
「ぷはー、疲れたー。アルウェン、水くれ」
だらしなくも、何もしていないアルムフェルザが、最も尽力したアルウェンに強請る。ちなみに、アルウェンは汗一つかいていない。
気の利かないアルウェンはアルムフェルザの願いなど聞かず、一人で珈琲をたしなんでいた。
「ふんっ」
満足げに部屋を見渡すと、アルウェンは鼻息を鳴らして立ち上がる。
視線の先には、掃除を終え、休憩の許しを待つ団員の姿がある。
汗だくでもなを沈黙を厳守する団員たちのことを、副団長ながらも感心する。
この姿を見ると、あの王子も感心するのかもしれないと思いながらも、脳内でその案を否定する。パワハラを疑われると、騎士団に対する信用が揺るぐ。
「お前たちは少々休息をとったら訓練に戻れ。」
はいと答え、顔色一つ変えずに動きをそろえて団員が退場していく。
もうじき、王子が来る。
緊張感を漂わせ、二人は緊張を紛らわせるように体を動かしている。
そして、音を立てて扉が開かれる。
事前に頭を下げておく。
王子が入ってきたことを確認し、アルムフェルザが挨拶し、頭を上げる。
そして驚愕した。
王子が女性を連れていたのだ。
なぜか護衛を断り、一人で来ると聞いていたのだ。驚くのも仕方がないと、アルバートは同情する。
予定道理に案内しよう、そう考えて足を動かそうとしたーーー瞬間。
「こんにちは、薄汚い騎士団の皆様。」
予想外の人物から、予想外の言葉が発せられた。
リリスだ。
だが、ここで乱れる団長ではない。
「ご丁寧に、ありがとうございます。
我々、薄汚い程度でへこたれはしませんので、以後よろしくお願いします。」
はにかみながら告げるアルムフェルザのことを、アルウェンは感心する。
「では、こちらへ」
アルムフェルザがカウンターへ案内しようと足を動かす…瞬間。
ーーパンッ
短く、そして大きく、銃声が響く。
それは、緊急事態を示す合図だ。
それを機に、本部は騒がしくなる。
アルムフェルザとアルウェンも出動する必要があるため、アルバートに一礼し、場を離れる。
だが、急ぐ団員の気も知らず、何が起こっているのか理解できないアルバートは、団員を引き止める。
団員は煩わしさを押し殺し、立ち止まる。
するとーー
「竜だー!地壊竜がいる!全員、急げ!!」
見張り役の男が叫ぶと、アルバートはもっと分からないとでもいうように、長々と説明を求めた。
「お、おい。これは、どうなっている!?」
「緊急事態です。安全なところに避難を」
そこで区切り、今度こそ出動しようとする団員を、アルバートはまた引き止める。
「お前は俺の護衛をしろ!」
そう言われた団員は、副団長に次ぐ実力者…………カルウェルト・ミルヘルウァだ。欠ければ、戦略に大きな支障がで、最悪陣形がクズレテパニックになる。
こんなところで立ち止まっていてはいけない人材だ。
(そもそも、貴男が護衛を断るから…………)
内心苛立ち、仕方がないと諦めたカルウェルトは見た。
地壊竜が、本部へ一直線に進んでいるところを。
そして、もう騎士団は全員出動し、ここには自分しか団員がいないことを。
《ヴゥァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ!!》
雄叫びを上げ、一直線に進んでくることに、絶望。
だが、その絶望を断ち切ろうと、目の前に何者かが立った。
「うぉーし、がんばんでー!!」