0.8アルバートの苦悩
ルナと別れた後、アルバートはリリスとの待ち合わせ場所である中庭の巨木の麓へ向かった。
リリスは几帳面な性格なため、もう着いているだろうと予想していたのだが、その予想ははずれていた。なんといってもリリスはルナの部屋にいるのだから。
本来、王族であるアルバートを待たせるなど、言語道断なのだが、それもリリスだから、特別だからと許容する。
待つという経験のない新鮮な出来事を、しばらく楽しんでいたアルバートは、ふと、ルナのことを思い出す。
「『大丈夫ですか?泣いている顔では、民になめられてしまいますよ。
貴方がこの国にあふれさせたいのは、そんな涙なのですか?』」
まるで物語のような言い回しだ、そう思っていた。
だが、その姿はなぜか母に重なった。
人前で泣いたのも久しぶりだ。母が「あなたは、この国に溢れさせたいと思えるような、民の見本になるのですよ。」と言ったからだ。
それからは、人前では絶対に泣かなかった。
母の前でも、使用人の前でも、婚約者の前でも…
だが、ついさっきそれを破ってしまった。
よりによってあのわがままなルナに。どうせ言いふらすのだろうとは思っているアルバートだが、最近になってルナの様子がとても変化したと感じていた。
アルバートにまとわりついていたというのに姿を全くと言ってもいいほどに見せなくなり、何かあったのかと心配していたのだ。
リリスも口調が変わったし、それも以前のルナのような、きつい口調だ。
(うーん、二人の間になにかあったのか……?)
そうこう考えている間にも時は過ぎ、10分、20分、30分……ついに一時間ほどが経過したとき、リリスがやってきた。
彼女はひどく焦った様子でアルバートのもとへかけてくる。
アルバートは何事かとリリスのほうへ歩き出す。
「殿下、遅れてしまい、申し訳ないですわ。し、少々、用事が、入って、しま、い、まして。」
息を切らしながら、リリスは必死に謝ってくる。
アルバートは、何かあったのだろうとリリスを許し、目的の場所へ行こうと促す。
目的の場所……それは騎士団本部基地だ。
王族としての務めの一つとして、騎士団の現状を知るためだ。
過去に騎士による寄付金の偽装や報告を怠り、大きな問題につながったこともあるのだ。
リリスを連れて行くのは、アルバートの見落としをなくすためだ。リリスがどうしても付いて行きたいというからというのもあるが、それはまた別の話だ。
騎士団本部に着くと、騎士団長 アルムフェルザと副団長 アルウェンが出迎えた。
「アルバート殿下、ご足労いただき、感謝いたします。」
代表し、アルムフェルザが愛想よく挨拶した。アルウェンは無表情で頭を下げる。
アルバートは頭を上げるよう言うと、二人は頭を上げ、そして驚愕する。
一人で来ると聞いていたというのに、となりには男爵令嬢 リリスがいたからだ。
王族だというのに、婚約者でもない女性を連れるのは、浮気を疑われてもしかたがないのだ。さらに驚いたのは、あの暴君と名高いルナ伯爵令嬢がいないことだ。
ルナ伯爵令嬢といえば、最近入団した少年(?)に似ている、騎士団の中でも噂の人物だ。
「こんにちは、薄汚い騎士団の皆様」
さらっと含まれた毒に、騎士団の二人はもちろん、アルバートも驚愕する。
リリスは、ルナのように悪く、邪悪に嗤う。本物の、悪役令嬢のように。
アルバート
(あれ、マジでリリスがルナに似てきた!?だが、お嬢様的なリリスもいいな。そう考えると、ルナも……)