0.6 帰り道
入団の手続きを済まし、王宮の自室へ帰ろうと歩いていると、後ろからトントンと肩を叩かれ、ルナは恐る恐る振り返った。
このパターンには覚えがあったのだ。
そう、お母さんに怒られるときの、あれだ。
思った通り、そこにいたのはお母さん―――――ではなく、怒り顔のアルバートがいた。
これはこれは、今一番会いたくなかった相手だ。
男装しているため、人通りの少ない知る人ぞ知る隠し通路を通っていた。
だが、不運なことにアルバートもその通路を使っていたようだ。
人通りが少ないせいで、すれ違うものの顔を自然と確認してしまう。
「おい、ルナ!おまえ、何故パーティに来なかった!?
待っていたんだぞ!!」
「待っていてくださったのですか?
私のために?」
「ああ、そうだ!!」
アルバートは会話の主旨が変わっていることに気づかず、『断罪』を理由としていることにまったく触れなかった。
ルナもルナで、アルバートを弄んでいるようだった。
(ふふーん、このうちがこんなイキリ男に負けるわけないわ‼)
余裕こいていたルナは、アルバートの反応に面食らうことになる。
「.....ぐすっ、うぇ、んう、ほ、ほんとに、えぅ、じ、じんばいしたんだから、なぁ、ぐず、ふぇ」
なんと、あの意思の固いアルバートが、子供のように泣き出したのだ。
これにはルナも驚いた。
先ほどまでの真面目そうな表情も、偽りからできたものかと思っていたのに。
前回も言ったが、ルナは涙に弱い。主に少女の涙に弱いと思っていたというのに、これでは老若男女同じなのではないかと思ってしまう。
そこで、ルナは思い出した。確か、リリスが泣いている少年を慰めるシーンがあったはずだ。
「『大丈夫ですか?泣いている顔では、民になめられてしまいますよ。
貴方がこの国にあふれさせたいのは、そんな涙なのですか?』」
こんな中二病なセリフ、現代で使うと笑われるだろう。
だが、ここは異世界。
どんな中二病セリフを連発したとしても、笑われるどころか、場面を彩る華になる。
ルナ.....現代っ子 赤橋 カナノは、そんな世界を、少しだけ好ましく思った。
「ほら、私はこのとおり何にも問題ありません。
男装、見破ってくれちゃいましたね。」
そうはにかむと、アルバートは心底ホッとしたように頬を緩ませた。
それを上から目線でかわいいと感じつつ、ルナは何故王族もめったに使わないはずのぼろぼろの通路のいたのか、少し不思議にはなったものの、まあ用事でもまあ用事でもあったのだろうと割り切った。
「.....って、お前‼なぜパーティに来なかったんだ⁉
さっきも言ったが、待っていたんだぞ。」
「あ、ええっと.....」
実は、後かられいの手紙をチラッと確認したところ、端に小さな文字で『絶対に口外しないでくださいね?もし口外された場合、エステ代 ¥¥¥¥を請求いたしますから』と書かれていたのだ。
これはもう脅しである。
ルナは自分の有り金がどのくらいなのかも分からない。
だから、容易に口外しようとは絶対に思わない。
「そ、そう、実は従者の少女が体調不良でして、看病を!!」
実際看病というより慰めで、それもほんの少しだけ。
大部分はエステでのんびり過ごしていたのである。
アルバートは一瞬怪訝な顔をした。ルナは傲慢な性格という印象なのだろう。
例えば、わがまま放題イジメ放題の少女が他人を気遣ったとしたら、それは奇跡だ。
ルナは、まさにその現象を無意識に起こしてしまっていたのだ。
「そ、それは本当なのか?
お前が他人を気遣かえたとなると、洗脳でもされたのか?」
そこまで疑われると少し傷つくというものだ。
どうしてそこまで信用が無いのか、それは前までのルナの行動が原因であるが、それをルナはすっかり忘れてしまっていた。
「………」
どう反応すればよいのかが分からなくなったところで、そろそろこのボロボロな場所から離れたいという気持ちが出てきた。
しかも、男装中である。
「あの、そろそろここを出ませんか?
私、寒くなってきましたわ。」
「ああ、分かった。
俺はリリスを待たせているし、これで失礼する。」
そう言って歩いていくアルバートは、ロマンティックにも足を止め、「見苦しいところを見せて、悪かったな」とぶつぶつ言い残し、さっていった。