14 君と私が出会うとき
ルナに飛びついていた少年は、リリスの一言で正気を取り戻したように立ち上がった。
カレンが瞬時にルナを回収する。完全に気を失っているようで、ルナはピクリとも動かない。首筋は紫に変色し、皮膚は爛れている。
地壊龍の体液には破壊の要素が含まれており、触れるだけでも激痛が走る。それをルナは体内に取り込んだのだから、その苦しみは図り知れない。
そして、リリスと少年が対峙する―――――。
リリスは顔こそ凛々しいが、そのひたいには汗が滲んでいる。
(どうしよう、こんなの想定外。)
リリスはやはり、内心焦っていた。
リリスはだいたいの知識を駆使し、すべての計画を念入りに進めていた。だが、それは全て壊れてしまった今、焦るなということの方が難しいというものだ。
だが、リリスは平静を演じる。
本当は優しい、彼女のために。
儚く、美しい、推しのために。
「お待ちくだ―――――――」
唖然としていたアルムフェルザが、慌てて待ったをかける。だか、その時すでにリリスは動いていた。
「……儚い森の精よ、蝶よ、風よ。我に自然を与えよ。
――――――――森林召喚。」
リリスは魔術の存在を当然のように扱い、行使する。
それに、呆然としていたアルバートが反応した。
(あれは、ルナが使っていた特殊能力と同じ原理のものか・・・?)
アルバートは、一応王子であるため、ある程度の知識はある。だが、魔術についての知識はゼロに近い。
そんな中でも、頭を回転させて考える。
あれはなんなのか?
どうして、二人は無能力者のはずなのに、能力が使えるのか?
疑問は無限にでてくる。
それは、他の者らも同じだろう。
リリスが詠唱を終えると、効果はすぐに分かった。
タイルで固められた地面が、レンガ造りの商店街も、徐々に緑に染まったていく。数十秒もすると、そこにはヒガンバナが咲き乱れ、大樹が地を覆った。ヒガンバナは、本来この世界には存在しない花である。故に、この場にいるすべての者が、真っ赤に染まった地に見とれている。
少年は、群青の目を見開き、その瞳に赤い花を映している。
その目に明らかに浮かぶのは、動揺。
魔術も、花も、地壊龍である少年にとって初めてふれるものだ。
だが、葉を揺らす大樹だけは、少年にとってなじみ深く、憎しみの象徴としても脳に刻まれている存在だった。
「なんで・・・どうやって・・・!!」
あふれる疑問は、無意識に少年の口から漏れ出る。
リリスは、その疑問に答えるような優しいことはしない。
今のリリスは、慈悲も手加減も忘れている。
「ヒガンバナの花言葉。知っていますか?」
「……はっ?そんな花自体知らねえよ」
森林召喚は、ただ自然を生み出すだけの技ではない。
そこの現れる自然は、発動者の指定した者の感情、記憶と様子に比例する。
つまり、この技が表しているのは、少年の心なのだ。
「――――――悲しい思い出、独立。」
そこで一瞬目を伏せ、リリスが続ける。
「今の貴方にピッタリな言葉です。」
その一言に、どれほどの意味がつまっているのだろう。
優しく無慈悲に告げられた告白に、少年はたじろぐ。
「お前は、俺の何を知っている?俺の家族を知っているのか?俺の心の中を知っているのか?俺の過去を知っているのか?」
怒りの混じった、自棄になった人の声だった。だが、これは勝手なことを言われてのことではない。そう、リリスは考えた。
(この子、認めたくないんだ。過去が、嫌いなんだ。)
今も目の前で過去にもがく少年は、何より意地っ張りな少年は・・・
「馬鹿。」
それは、ただリリスが漏らした呟き。
だが、その言葉は、この場にいる誰もが聞き逃さなかった。いや、聞き逃せなかった。
しんと静まり返った戦場に、短く、重い詠唱が響いた気がした。
「・・・・・思い出。」