卒業式当日、地下準備室にて。
生徒の目が覚めると、何とか立ち上がれる程の高さしかない、横になるのもやっとの狭い檻に閉じ込められていた。
「えっ?」
「おっ、目が覚めたか」
地下準備室の薄暗い明かりに際立った、筋骨隆々の大男が近付いて来た。その姿は、生徒の恐怖を一気に最高潮まで引き上げた。
「いっ」
「ん?」
「いやああああああああーーー! 来ないで! 嫌ぁぁ!!」
ジュラが到着した時の状態は、ちょうど地獄だった。
「あぁ、人選ミスだったかも。ガラガーも何でタンクトップなの」
「すまん、ヒマだったんで筋トレしてたら暑くなった」
落ち着かせるのに苦労した後で、ジュラはようやく状況を把握した生徒に別室で話を聞くことにした。
「私は…逆らったら何されるか分からなかったから…」
「それはシャロットを気絶させた時のこと?」
「私は悪くない…こんな目に遭うなんて聞いてない…」
彼女の外傷は小さな火傷のみだったが、事件の話を聞こうとすると落ち着きが無くなった。
「ひどい目に遭った訳だ。具体的な状況は話せる?」
「もう帰りたい!何でこんな所に閉じ込めらんなきゃいけないの?」
「実行犯だからだね」
その言葉に、彼女は一瞬動きを止めたが、激しく首を振って言葉を続けた。
「何も知らなかった!あんな風になるなんて…あんな痛いなんて知らなかった!閉じ込めるだけって聞いてたのに…」
「そうか。怖かったね」
(雷撃を受けたのがトラウマになったのかな)
ジュラは彼女からの聞き取りを諦めた。
(それにしても)
ようやく静かになった女生徒を檻に戻し、ジュラはユーリアの方を見た。
近くで女生徒があれだけ騒いだのに、ユーリアは身じろぎもせず横たわったままだった。
(糸が切れた人形って感じ)
拘束された瞬間から、ユーリアはそれまでの勢いが嘘のように大人しくなり、檻に入れられるとすぐ気絶したように眠った。
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ユーリアの耳に、少女の悲鳴が届いた。
(あぁ。戻ってきたのか)
また誰かが罰を受けているか、相手をさせられているんだろう。ユーリアは変わらない日常に、不思議と安堵を覚えた。
(やっぱり夢だったんだ)
彼女は真っ暗な夢の中で納得した。
妖精なんて、やはりいるはずが無いのだと。
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翌朝、女性職員に付き添われて女生徒は救護室へ移された。
ユーリアとジュラだけになった地下準備室は、相変わらず薄暗かった。
ぼんやりと今日の予定を考えているジュラの前で、檻の中にいるユーリアは音もなく起き上がり、毛布を畳み始めた。
ジュラが無言でその様子を見ていると、整頓を終えたユーリアがジュラの方を向いた。
「おはようございます」
「…おはよう」
抑揚のない声に、ジュラが一応返事をした。
「トイレは、どこでしたら良いですか」
「え、連れてくから言って。今行く?」
「はい」
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ユーリアは違和感を覚えた。
(あれ?このトイレ、綺麗…)
施設とあまりに違う清潔な空間に混乱した。
そして、自分がこの使い方を知っていることにも。
手を洗い、清潔な水が出てきた装置を眺めていると、声をかけられた。
「おーい。大丈夫?」
(違う)
あの人が施設の人間ではないことに気付いた。
(だって、大丈夫?なんて言わない)
ユーリアはおぼつかない足取りで廊下に出た。
自分を待っていた少女が、少女ではないことをユーリアは知っていた。
(あの見た目は…魔法で…)
「魔法?」
「ユーリア?」
ジュラは、その場に膝をついたユーリアがそのまま倒れないよう、とっさにその肩を支えた。
「どうした、気分悪い?」
ユーリアは首を振り、両手で頭を抱えてうずくまった。
ガラガーを呼んで彼女を運ばせるかジュラが迷い始めた時、彼女が口を開いた。
「私を…国に…戻してください…」
ジュラは、ユーリアが自分を殺せと言っていることを理解した。




