リック&ユーリア初めての入学式
入学式の朝、ジブレーが森を散歩していると、リックが寮の方向から歩いて来る姿を見つけた。
「おはよう。早起きね」
「どうも! ハリスです」
(ん?)
ミドルネームで呼んで欲しいのだろうか。ジブレーはどう反応するか迷った結果、無難に返すことにした。
「…リックじゃないの?」
「この子です、私の名前が余ってたから付けました」
リックは紐につながれて散歩中の犬を抱き上げると、彼の前足を借りて挙手のような仕草をさせた。
「(裏声)はい、ぼくハリスです! リック君だと思って、たくさん可愛がってくださいね!」
犬に罪はないので、ジブレーは屈んで挨拶をした。
「ハリス君、お名前もらって良かったわね」
「リック君もお名前呼んで欲しいです」
「…リック君も初仕事だけど緊張してるのかな」
ジブレーの棒読みに、リックが嬉しそうに答えた。
「裏方の手伝いなので、あまり。むしろ先生方に挨拶する方が緊張しますね」
「何度も会ってるのに?」
「だからですよ。恥ずかしいというか、茶番に付き合わせて申し訳ないというか」
分かったような、分からないような話を聞きながら、二人とハリスは朝の散歩を終えた。
ハリス君を連れて寮に戻ると、玄関がざわついていた。
「新入生ですかね」
「きっとそうね。まだ早いから、食堂に行くのかも知れないわ」
ジブレーは食堂へ手伝いに行くか迷ったが、自分が新入生を怖がらせる可能性を考えて自室に戻ることにした。
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ジブレーが部屋に入ると、自室の窓枠に腰掛けているサイティと目が合った。
サイティを見たのは久々だった。
「おはよう。どうしたの?」
珍しく静かなサイティは口を開いたが、言葉を発することなく首を横に振った。
「まぁね。アンニュイなときもあるのよ」
「アンニュイ…」
元気の無い様子が気になったものの、サイティから話すまで聞くつもりは無かった。
サイティは、全てを見ておかなかったことを悔いていた。
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時は遡って卒業式の前日。
ジュラはシャロットを襲った二人の女生徒を連れ、校舎の地下にある準備室に来ていた。
ひとまず、それぞれを檻に入れる所までは終わったが、仕事はまだ終わっていなかった。
(どうしたもんか)
まず、明日の卒業式に彼女達を出すことはできない。
それを保護者に何と説明するか。まだ何が起こったのかもよく分かっていない状況だった。
(特にユーリアの方がなぁ)
魔法に対して敏感な反応を見せ、武力による威嚇を行いがちな国の対応に苦慮することは目に見えていた。
次に、ユーリアが魔法を使えた理由と、天網システムが正しく作動しなかった理由が分からない。
考えているといよいよ面倒になってきた。
「…まぁ、おいおいだな。じゃあガラガー、校長室にいるから」
「おう、何かあったら任せとけ」
ジュラは二人の収監を手伝ってくれたマッチョのガラガーにこの場を任せることにした。
ガラガーは上腕二頭筋に力をこめて頼もしさを表現した。
「これ鍵ね。二人が目を覚ましたら教えて」
「ああ。しかしこんなオリ、何であったんだ?」
「こんなことに使う予定じゃなかったんだけど…まぁ、おいおい」
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ジュラが校長室に入ると、生徒への聞き取りを終えたイトーがソファに掛けていた。
「あぁ、ジュラ。お疲れ様です」
「そっちもお疲れ。いったん地下に余ってた檻に入れてきたよ。今ガラガーが見てる」
イトーの隣に腰掛けたジュラは、背もたれに首を預けた。
「何で檻が余ってたんですか?」
「ちょっと安全な用途があって…そうだ、トイレとか、誰か付き添える女性いない?」
「その配置も含めて話し合いましょうか」
副校長がソファ前のローテーブルにコーヒーを置き、ジュラの正面に座った。
その時、寝間着にローブを羽織った校長が、部屋の奥に飾られた掛け軸の裏から現れた。
「みんな、お疲れ様だったね」
校長は、副校長の隣に空いた席によっこいしょと腰を下ろし、目の前にあるコーヒーを一口飲んだ。
「映像はひと通り見たから、それ踏まえて教えてくれる?」
「天網システムの履歴も見ました?」
「見た。ユーリアが魔法を使ってたね。何で使えたんだろう」
ジュラは聞くだけ聞いて答える気が無かったので、イトーが答えた。
「ええ。生徒達によると、彼女には校内で魔法が使えないという認識も無かったようで、精神魔法が効いていない可能性があります」
「訳わからんことだらけだな」
「本当に」
副校長がテーブルの下から、ローストしたアーモンドのカラメルがけを取り出して四人の真ん中に置いた。
「証言はどんな感じでした? イトー」
「はい。ユーリア・シュガールが複数の生徒を脅迫もしくは教唆し、シャロット・クライヌを早朝に呼び出して気絶させ、講堂地下に閉じ込めました」
イトーは先ほど生徒から聞き取った内容を、三人に伝えた。
「実行犯の一人とクライヌ、レースには雷撃が原因と思われる傷があり、クライヌを気絶させたのはその実行犯のようです」
糖分を摂取して少し元気になったジュラが、その言葉に続けた。
「雷撃を発生させる棒、自分が保管してますが原理は不明です。下の二人が目覚めたら聞くしかないですね。あと…」
ジュラは言葉を切り、これは推測だと前置きした上で口を開いた。
「ユーリアは東の帝国にある…収容所出身だけど、ルーツは国境付近の山脈に住む、魔女の一族と呼ばれた少数民族です。もし彼女が未解明の魔法を使えると仮定したら、この道具も天網システムが作動しなかった理由も説明がつきます」
三人はその話を聞き、しばし黙ったままだった。その後でイトーがジュラに問いかけた。
「そんな別名の民族が、帝国の侵攻を生き延びたんですか」
「女性ばかりの一族だから殺されはしなかったんだろうね。反乱や移民の対応に忙しくて、いちいちルーツまで調べてないんだと思う」
(それを何故ジュラが知ってるんだろう)と思いながら、イトーは話の腰を折らないよう「なるほど」とだけ答えた。
「向こうの国じゃ魔法はまだ眉唾だけど、隣のサガルドでは伝承が残ってる。雷を操り大地を焼き、その目は人に恐怖を抱かせ命を奪うそうな」
そこに、赤いトサカの小さな鳥が、ジタバタしながらジュラの膝に飛び乗った。
「あ、ジュラ、トリ来てるよ」
「ん? あ、ガラガーからだ。ちょっと二人の様子を見て来ます」
残った三人は関係生徒の対応について話し合った。
サイティは少し迷ったが、ジュラを追って地下へ向かった。
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結果、平民であるシャロットに危害を加えた者は各国の貴族だったこと、卒業間近の生徒達に学校として下せる罰の選択肢が少ないこと、そしてシャロットが彼女達に何も望まなかったことから、生徒達は保護者への連絡と厳重注意に留まった。
ただしカルヴァドス・ヒーラック・そして王国の後継者は彼女達を許しておらず、三人に何か言われたのか、卒業式当日には泣きながらシャロットに謝る姿が見られた。
そして、サイティはその事実を、入学式の朝にたまたま知った。
(見たかったのに…見たかったのに!)
今さら悔やんでも仕方なかったが、サイティは令嬢達の泣き土下座を想像し、自分を慰めた。
(それより、ジブレーが出くわす前に話すべきかしら)
サイティは自室の机で新学期のテキストを読むジブレーを眺めた。
集中している横顔を見ていると、もう自分が邪魔してはいけないような気がした。
(…うん。聞かれるまではやめとこう)
サイティはそっとジブレーの寮室を出た。
そして、食堂の屋根から大講堂の方を見つめ、中にいるであろうユーリアのことを考えながら、入学ガイダンスが終わるのを待った。




