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犬はかすがい

せっかく卒業生が職業紹介を見に来るのだからと、学校から呼び出された二人の王太子は校長室にいた。


「僕達も話すのはいいけど、ニーズありますかね?」

「進路希望が王様の生徒でもいたのか?」


タリスのプリンスジョークに笑顔を返しながら、テルモット校長はソファから身を乗り出した。


「王太子が二人も同時期に魔法学校で学んだっていうのは前代未聞なんですよ。しかも、両国は列車が目玉の開発プロジェクトを発足しましたよね?」

「よく知ってるな…」


まだ計画段階なのに、王都から離れた学校にもその事実が伝わっていたのは、タリスにとって意外だった。


「王の耳ってほどじゃないですが、素敵なニュースはいつでも集めてますよ!特に魔法に関することは」


校長は嬉しそうに答えると、その勢いのまま立ち上がった。


「今まで、魔法は限られたごくわずかの者に開かれた特権でした」


隣で静かに座っていた副校長は、演説が始まる予感がした。


「それは魔法の研究が不十分であり、魔法を使える者の数が少ないことが大きな理由でした」


うんうんと頷きながらも、二人は特権側の人間のため魔法が無い生活を想像する方が難しかった。


「ですが、これからは違います。魔法の体系化が進み、魔法学校の卒業生は続々と社会へ進出しています。そして今年はなんと、二人の王太子が卒業されました」


そこで校長は、二人の王太子に向かって両手を大きく広げた。校長のスポットライトを浴びた二人は反応に困った。


「これはすごいことで、王族の方に魔法の素養があれば、両国に列車が通るように魔法がより多くの人に貢献できるようになります。魔法の理論はよくわからんけど、強い魔法使いを各国で囲ってドンパチやる時代は終わったのです!」


そこまで言って息を切らした校長に、副校長が水を渡した。校長は額の汗を拭きながら座って水を受け取った。


「どうも。すみません、とにかく、せっかくロイヤルな二人が来てくれるので、新入生達にお披露目しつつ、各国で取り上げてもらいたいな、という魂胆で呼びました」



本番前日に二人が呼ばれた理由も分かったところで、せっかくだから二人とも寮に泊まることにした。


-----


ロウとタリスは食堂で早めの夕食をとっていた。


「卒業してまだ2カ月だから、懐かしー!って感じじゃないね」

「だな」

「だね」


ふらりと会話に加わったテラシアに、二人は思い思いの反応を見せた。


「あ!久しぶり。明日、出るんだよね?前乗りってやつ?」

「そうそう。二人も明日なんか話すの?」

「うーん。卒業生って紹介されて、ニコッてするだけ…かな」

「おぉ。まぁ存在に説得力があるもんね、二人とも」


テラシアはひとしきりロウと談笑したところで、未だ喋らないタリスの方を見た。


「タリスは春休みぶりだね」

「あぁ、そう、だな」

「ありがとうね、薔薇の香油、今日も髪に使ってるよ」


食事中のためテラシアが束ねた髪を解くことは無かったが、タリスは良い香りがするような気がしてきた。


「なるほど、髪にも使えるのか。案外、使い道があるんだな」

「そうだねー、薬草の浸出液や精油で石鹸を作ったり、いい香りのものは人気だよ」

「そうか? まぁ、使い道があったなら良かった」


二人の話が弾んできたので、ロウは早々に夕食を食べ終えて席を立った。


-----


タリスの良い友達は食堂から退散した足で、寮へ向かうことにした。


(寮長が犬を飼うことにしたって言ってたな)


ロウが寮の裏にある小さな庭に着くと、夕暮れの中で小さな犬が走り回っていた。


「あ」

「あ」


その犬と戯れる兄弟を見つけ、お互い思わず声が出た。


引き返そうかと思ったロウの足に、犬が駆け寄って周りをうろうろし始めた。


「あぁ、踏んじゃう、待って、元気だな君」

「可愛いでしょ。ハリス君です」


リックがハリスを抱き上げた。


「ハリス…ロウがつけたの?」

「えぇ。ちなみに私の名前、リックって言うんです」

「リック…?」

「母さんがつけたんですって。最近、知りました」


最初は気まずかった二人だが、庭に置かれた簡素なベンチに座って話をすることにした。


-----


「へぇー、ジュラ先生がねぇ」

「カシマと関係あるみたいですよ。名前もジュラから聞きました」

「何歳なんだろうねあの人。でも懐かしいな」


ロウは小さい頃にカシマと過ごした淡い記憶を呼び起こした。


「よく一緒に遊んだよね。温室とか、母さんが好きだったから」

「そうなんですね…」

(…?)


リックの曖昧な返事がロウには引っかかった。

それが表情に出ていたのか、リックが苦笑しながら釈明した。


「母さんとは、あまり一緒にいなかったから、新鮮に感じて」

「そう、だっけ…?」


ロウにとっては意外な事実だった。


リックはハリスがくわえてきた木の枝を軽く放った。

小枝を追いかけるハリスを見ながら、リックは伝えるか迷っていたことを口にした。


「母さんから、間引くのは私の方だってずっと聞かされてたんですよ」

「…えっ。母さんが…?」

「ええ。話せるようになった頃には、もう言われてたと思います」


衝撃を受けたロウの顔を見て、リックは俯いた。


「母さんも私を見ると泣くから、どこかに行った記憶とかも無くて、本当に話した記憶くらいですね」


自分がどれだけ何も知らずに生きてきたのか、一番近くにいた兄弟がどんな人生を歩んできたのか、ロウは今になって知った。


「だから、そういうもんだと思ってたというか… ロウがどう感じるか分かってなかったんです」


リックは隣に座るロウの方を向いた。その表情を見て、全てを伝えることが本当に正しかったのか不安になった。


「ごめんね。ロウの幸せを、私が勝手に決められる訳なかったのに」


「ちが… 謝んないで。悪くないじゃん。謝るのは僕の方なのに」

ロウは鼻声になりながらリックの肩に手を置いた。


すっかり構ってくれなくなった人間を、ハリスが高い声で小さく鳴きながら見上げた。


「いえ、私がロウに言わなかったのは、ロウが理由なんじゃなくて」


自分も涙が出そうになるのをこらえるため、リックはひと呼吸おいてから続けた。


「話したら本当になってしまう気がして。ただ、のらりくらり生きていたかったんですよ」


リックは腰を屈め、足元のハリスを抱き上げると、ひどい顔をしているロウに近付けた。


「だから、ロウだって悪くないんです。私、生きてるし、犠牲にもなってないでしょ?」


ハリスは目の前にいるロウの顔をじっと見つめると、鼻を近付けて匂いを確かめた。

安全確認が済んだのか、ハリスはリックの手を離れてロウに飛びつき、元気に鳴き声を上げた。


「はいはいはい、あはっ、懐っこいな、ハリス君」

「この子がいると元気が出るでしょ。仲良くなったし、もう暗いんで中に入りますか」



本当にハリスは野良だったの?など他愛ない話をしながら、二人は寮の玄関へ歩いた。

リックはロウと寮の前で別れる際、そうだ、と切り出した。


「今のところは楽しくやってますけど、ロウと一緒にいた時だって私は幸せでしたよ」


珍しい発言にロウは恥ずかしさを感じつつ、まんざらでもなかった。


「ほんと?」

「当たり前じゃないですか。家族なんですから」


自分でも恥ずかしかったのか、言い終えたリックは手で口を隠すように覆い、しばし黙って視線を巡らせた。


「じゃ、明日の出番も頑張ってくださいね」

「うん。愛想よくしてくるよ」


手を振って食堂へ向かうリックの背中に、ロウは声をかけた。


「おやすみ! リック」

「!」


リックが振り返った時、ロウはもう寮の中だった。

彼は思わず笑いが漏れた。


(みんなスッと名前を呼んでくれませんね)

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