悪役令嬢デビュー前夜
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ここは魔法の国。
といっても、魔法を知らない人だって普通にいる世界。
魔法が使える人とそうでない人の差は大きくて、歴史の授業ではたくさんの悲しい過去を習ったの。
でもそれだって何百年も昔の話。
今は魔法がある世界とそうでない世界は遠く離れていて、
向こうでは魔法なんて言ったら子どもの妄想だ、なんて笑われちゃうみたい。
あっ、わたしの名前はシャロット。今日がわたしの誕生日で、11になったの。
11歳から16歳までの子は、将来のために学校に通うことになってるんだ。
わたしが暮らしていたのは田舎の小さな村で、同い年くらいの子も少なかったから、
入学したら学校の寮で過ごすことになるのが、ちょっと不安…
だけど、今まで神父様に教えてもらったことを、もっと深く学べるのが楽しみ!
素敵なお友だちもできるといいな♪
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「11歳か…早いものだわ」
「そうかしらー、もう、早く学園生活に魔法にブイブイ言わせたかったんでしょ?わかってるわよ?」
「サイティは相変わらず元気で何よりね」
「まあね!」
ジブレーは11歳にしては大人びた口調で、妖精と軽口を交わしつつ旅行カバンに荷物を詰めていった。
そこへ、コンコンと控えめなノックが聞こえた。
「ジブレー? パパだよ、入っていいかい?」
「もちろん。どうしたの?お父様」
カルヴァドス大公は目を潤ませながら、愛娘に駆け寄った。
「ジブレェェーーー!相変わらずクールなところも最高にキュートだけど、今日くらいは甘えていいんだよお!」
「明日から新学期ですものね。長期休暇には帰ってくるからすぐ会えますよ」
必要な荷物を詰めても依然として隙間が目立つカバンを閉じ、ジブレーはカルヴァドス大公をなだめた。
縦にも横にも大きく、初対面の人はまず震えあがるような彼も、娘の前では形無しだった。
「全然すぐじゃないよー!まだ目の前にいるのにもう寂しい…つらい… どうして初等学校の頃みたく家から通わないの?」
「通学で毎日6時間かかるのはちょっと…勉学に集中できますし、王立学校ですから警備面でも安心ですし」
お父様が私を甘やかすばかりで全然仕事しませんし、というのは心の中だけで言った。
「ほんとそれ。大公様なのにあまりにも仕事しなくて没落まったなし。そういう役どころだから仕方ないけどねー」
(サイティって心の声も読めてるんだったわね。便利だわ)
「パパの心も読めるわよ!言ってることそのままで意味ないけど!」
カルヴァドス大公は通学時間については聞き流したが、学校に関する部分については反応した。
「確かにね、あそこはパパも通ってたから、そういう意味では心配ナッシングだけどさ、ジブレーは寂しくないの?」
「寂しい」という回答を期待されつつ、それに乗ってやる訳にいかないジブレーは答えた。
「お父様… 私は栄光あるカルヴァドス家の一人娘として、ふさわしい人間になりたいのです。偉大なるお父様が近くにいらっしゃれば、私はきっと甘えてしまいます。将来、私がお父様の娘として胸を張って、末永くお父様と暮らしていけるように学業に励んでまいる所存です」
11歳にしてボディタッチの有効性を知るジブレーは、小さな手でカルヴァドス大公の手を取り、澄んだ瞳で見つめた。
「言わばお父様と過ごすための試練、どうか応援してくださいますね?」
「ジブレー…そんな健気なことを… あえて苦難の道を選んでまで… パパの、ために…?」
「パパの目がうるうるしてる! これはもうダメなんて言えなそう! すごいわジブレー!」
それから、カルヴァドス大公は大きな体で力一杯にジブレーを抱きしめ、おいおい泣いた後、
「まぁどうしても寂しくなったら会いに行けばいいか!」
と思いついた後はすっきりした様子で、おやすみのキスをして部屋を去っていった。
「さて。まだ早いけど寝ましょうか」
「はいよ!しかし寮生活の許可が出て良かったわね、ジブレー!」
ジブレーの希望により侍女は入室厳禁のため、ジブレーは人目を気にせずサイティと会話しながら寝間着に着替えた。
「そうね。本当は初等部の時点から寮が良かったけど、さすがに無理だったものね」
「あの溺愛っぷりじゃあねー。それでも高等部まで自宅通学だったことを考えるとすごい変化よね!」
(そうよね。私が無茶を言わなければ高等部を卒業するまであの調子で、
果ては勉強も運動も苦手で身分だけが自慢の、他者を蔑む性悪女が出来上がると…)
ジブレーは部屋の明かりを落としてベッドに入り、ベッド横の小さな明かりを頼りに本を開いた。
「私にとってお父様は優しい人だけど、私を理由にとんでもない悪事にまで手を染めるのよね」
そう言いながら栞を挟んだページに書かれた文字を指でなぞった。
【カルヴァドス大公】
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・娘を溺愛
・選民思想が強く身分が低いものに冷酷
・公国の政治は部下に任せ、王の補佐が仕事
・現王&王妃とは同級生
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「役割としてはそうね。娘が調教上手だから今はだいぶ無害だけど」
「それなら良かったけど、早いうちに離れておきたいわ…」
「あなたが選んだんだから、私は賛成よ。通学がくっそだるいのも本当だし!」
「ありがとう。私も大公家の言葉遣いを忘れないよう、サイティ以外の人とも話さないと」
「真似しちゃだめよ! あっはは!」
ジブレーは本を閉じてベッドサイドに置き、柔らかな枕に頭を沈めた。
「サイティが言うから良いのよ、そういう言葉は」
「そう思う!それでは、消灯しまーす!」
サイティが大げさな身振りで明かりを指さした瞬間、部屋の明かりは消え、サイティの姿も見えなくなった。
「おやすみ、サイティ。明日からもよろしくね」
「あいよ!おやすみねー!」