明日を待つ眠れない二人
最終列車には何とか間に合った。
(もう良いですよね)
同じ車両に人も見当たらなかったので、彼は自分の服に着替えた。
ジブレーの護衛は彼が乗ってきた馬を連れ、足早に去っていった。
「ふぅ」
ようやく人心地ついた気がした。座席に座り直し、外の景色を眺めた。
荷物ではなく人としてこの列車に乗るのは初めてだった。
(登校してるみたいだ)
彼は見慣れない景色が流れていくのをしばらく見つめた。
陽が完全に沈んだ頃、列車は目的の駅に着いた。
ロウとこんなに離れたのもまた、初めてだった。
(このまま学校の幽霊として生きていけたら楽しいかな。なんて、さすがにロウも居ないし無理だろうけど)
ふと、ジブレーは今頃どうしているか気になった。
(ここまで巻き込むことになるとは)
最後になるかもしれないから、多少の無理をしてでも会えたらと思っていただけのはずが、何故こんなことになったのか。
「はぁ」
完全に自分のせいだったことを思い出し、思わずため息が漏れた。
勝手な思い込みで変な質問をしたり、自分語りをしたり、彼女の優しさを結果的に利用した。
だが、思わずそうしてしまうほど、彼女は彼の人生において稀な存在だった。
(一昨日だって)
ちょっとしたイタズラのつもりで海岸警備の兵士に混ざっただけだったのに。
(まさか気付かれるなんて)
彼女だけが自分に気付いてしまうのは何故なのか。
何らかの理由で彼を知っているのでなければありえない。そう思っていたが、予想は外れた。
彼女はただ、彼が分かるだけだと言った。だが、それこそありえないことだった。
「……」
絶望という病にかからないためには期待しなければ良い。
(そう思って、楽しくやってきたつもりだったのにこのザマか)
「さて」
ロウの顔で女装しても仕方ないと思い変装を解いたが、あまりうろうろして誰かに不審がられるのも心配だった。
駅前ロータリーにて、どこへ向かうべきか考えていたところ、後ろから右足のズボンを引っ張られる感覚があった。
確認してみると、片手で持ち上げられそうな小さな犬が自分の服をくわえていた。
「あら?お腹でも空いてるのかな」
「おや、坊ちゃんじゃねえか」
「あ、料理長さん。偶然ですね」
料理長は、犬を拾い上げ、彼から引き離した。
「すまんな、珍しく野良犬…にしては小さいんだけどな、最近ウロウロしてたんで探してたんだ」
「いやぁ全然。可愛いですね。飼うんですか?」
「うーん、食堂だからなぁ…寮長に相談だな。そっちはどうした。忘れ物でもしたか?」
「いやぁ、こっそり来てみたんだけど、もう寮の部屋も片しちゃったし、どうしようかと思って」
彼は困ったような笑顔を浮かべた。
「なんだ、ホームシックの逆か?まだ春休みだぞ。そうだな…食堂の上でいいなら使うか?」
「えっ、料理長さん、大好きなんだけど!良いんですか?」
「まぁ空いてるからな。先に窓開けてくるから、ちょっと犬を見ててくれ」
天使のような料理長のおかげで、彼の滞在先が決まった。
-----
「このお召し物で登城なさるのは少々差し障りが…」という侍女によって、ドレスに着替えたジブレーはヒーラック城の広間にいた。
晩餐会と言う程ではないものの、予想外に格式の高い食事会に、ジブレーは着替えを用意してくれた侍女に感謝した。
食事を終え、ジブレーは城ご自慢の温室を訪れた。
「お前は温室とか中庭とかが好きそうだな」
「そうね、落ち着くから好きよ。そういえばテラシアと初めて会ったのも中庭だったし」
「1年生の時でしょ?幼なじみだね、いいなぁ」
三人は南国を思わせる木々に囲まれた通路を歩いた。
「幼なじみ…」
「嫌なのか?」
「少なくとも私は嫌じゃないわ。幼なじみと言って良いか手紙で聞こうと考えていたの。緊張してきたわ…」
「良いって言うでしょ」
「不機嫌なのかと思った。お前の喜怒哀楽は分かりにくい」
「なるほど、あなたはいつも不機嫌なのかと思ったわ、私が絡むと」
「ちょっと間に僕がいるのに始めないでよ、面倒くさい」
すっかり級友の距離感を思い出した三人は、温室内でくつろげるサロンスペースに落ち着き、それぞれの家族と食後のひとときを過ごした。
「お父様。申し訳ないけれど、あす学校に行くから朝には王都へ出発したいの」
「えっ?どしたのジブレー、まだ春休みでしょ?」
やっと娘と語らう時間ができたと喜んでいた大公は、突然の言葉に戸惑った。
新学期に入る前に娘と過ごせる時間が減るのだから、当然の反応だった。
「ええ。でも今回、色々な専門家からお話を聞いて、図書館の蔵書や教授への質問なんかをまとめておきたくて」
「ジブレーは真面目だナ^^; そっかぁ…でもパパ寂しいよぉ、春休みはあんまりお出かけできなかったしT^T」
大公の反応は想定内だったため、ジブレーはいつものように彼をなだめて早朝の出発が決まった。
(パパさん転がしがうまくて結構、なんて、サイティなら言うかしら)
思わず顔がほころんだが、いつもの元気な声が聞こえないことに、寂しさも感じた。
その夜はあまり眠れなかった。
やるべきことをやるしかない、まずは学校で彼と合流する、サイティと話す、ジュラに会う。現段階で悩むべき事柄が無いと頭では分かっていた。
(でも、ジュラ先生は極端に面倒事を嫌うから、王太子の双子を助けるなんてことするかしら…)
結局そこもサイティに聞くしかないのだが、聞くしかない自分が歯痒くて、ジブレーは何度目かの寝返りを打った。
(私、こんなに首を突っ込んで、やっぱりできることが無いわね…)
-----
食堂の上階にて、その夜はあまり眠れなかった。
(明日はお嬢様も学校に来るのかな?食堂にいるって分かるんでしょうか)
「…これから、どうするのか」
見た目に反して内気かと思えば、今回のように急な行動に出ることもある、彼女は未だに予想外の存在だった。
(あんな話したら、責任感じますかね。申し訳ない限りです)
一方で、やはり話して良かったという感情もあった。
彼は開けたままにしていた窓から顔を出した。
「ここは晴れの日が多くていいですねぇ」
こうして何の気なしに窓の外を眺めて眠れる夜は新鮮だった。
もし、自分の運命が変わらなくて、不発弾のように人知れず処理されたとしても、後悔しない気がした。
(私のためにここまでしてくれたのは、あなたが初めてなんですから)




