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見切り発車の旅

彼が着替えている間、ジブレーはサイティと今後について話し合った。


(…今は国際プロジェクトのために各国の要人がいるからってこと?)

「そう。さすがにこんな時に軍は動かせないし人手も足りないわ。警備に忙しくて」

(なるほど。そうね、やっぱり今しか無いと思うの)

「それは賛成。でも、どこに行くの?」

(…そう、ね…)


亡命を望まないと言う彼に、ジブレーが提案できる場所は無かった。

だが、逃げたくても、どこにも行きたい場所が無い気持ちは、ジブレーにも理解できた。


(私、最初からお母様のことを全て知っていたら、サイティについて行かなかったと思うの)

「ジブレー…」


(だから、うん。ここを出てから考えても大丈夫だと思うわ)


ジブレーは話している内に確信に至った。



残る問題は、彼の女装が成立しているのかどうかだった。


「お嬢様ー!着ましたわよっ」

「こりゃあ男ですわ」

「…あぁ、これが現実ね」

「やだ傷付く」


彼は線が細い方ではあったが、膝がどうにか隠れる程度のスカートから覗いた足や、サイズが合わずに上着を着ることができなかった胸元から逞しさが漏れ出ていた。


「胸元はフリルとエプロンで、スカートはもう少し下で縛って、膝を曲げてもらって…そうね」

「あら!案外いいんじゃない?馬車に乗っちゃえばこっちのもんでしょ」


改良の結果、スコーン店主のエプロンを借りて何とか遠目に誤魔化せていると願える程度になった。

「申し訳ないけれど人命には代えられないわ。後で返しに来ましょう…」


着替えが済んだ頃、店の扉にノックの音が響いた。

サイティは扉の向こうを確認し、ジブレーに伝えた。


「ドリュね。馬車が用意できたみたいよ」

「よし。あなたが着ていた服も持ったわね?」

「はいっお嬢様、こちらにございます!」

「…行きましょう」


ジブレーとエプロン姿の侍女は店を出て、迎えの馬車に乗り込んだ。

「一旦、近くの街道までお願い」



緊張のためか、馬車が動き出して間もなくジブレーが酔い始めた。

向かいに座った彼は少し身を屈め、彼女の様子を窺った。


「辛そうですね…」

「えぇ…あ、あなたがくれた腕輪、とても効果があったわ… ありが…と、う…」

「嬉しいんですが遺言みたいで受け取りにくいですね。あぁそうだ、あれが無い場合には手で押すと良いですよ」

「なるほど、このあたりかしら?」


ジブレーはブレスレットの感触を思い出しながら、手首の内側を探った。


「うーん、そうですね、ちょっと良いですか?」


彼はそう断ると、ジブレーの右手を取った。


「手首の中央から、このくらいひじ側にある、ここですかね」

「………な」

「あ、痛かったですか?」

「なっ」


ジブレーはぎこちなく手を引いた。

「治ったから、大丈夫」


隣に座る侍女は存在感を消すことに終始した。

死んだ目で二人を眺めていたサイティは、はっと目を見開いた。


「ジブレー! その酔い止め効果ってジュラから聞いたのかしら?」

(えっ)

「お願い、聞いてみて」


言われた通り、ジブレーが彼に確認したところ、サイティの予想通りだった。


「そうなんです。よく分かりましたね」

「えぇ。そういえば、あなたってよくジュラ先生といる印象があるわね」


やや機能を回復したジブレーはふと思い至った。


「そうですね。調べ物をお願いしているので、ちょいちょい会ってます」

「調べもの?そうだったのね」


「うーん…あいつイケるかもしれないわ」

サイティの言葉が気になったジブレーは、窓の外に目をやりながら尋ねた。


(あいつって、ジュラ先生よね。いけるって?)

「ジュラの個人的な話は割愛するけど、この双子王子をかくまってもらうのにドンピシャだと思うわ」

「どんぴしゃ?」

「そ、最適。確実じゃないけど」


ジブレーにサイティを信じない理由は無かった。


「モーラ。最終列車までに王都へ着けるかしら」

「今から向かうと…列車の最終便には間に合わないかと…」

「なるほど。馬なら間に合う?」

「駅で乗り換えれば可能かと存じます」


ジブレーはしばし考え込んだ。


(列車にさえ乗れれば…彼だけで大丈夫かしら)

「そうね。いいと思うわ。一応ついてくし」


その答えを受けて、ジブレーは正面の彼に身体を向けた。


「あなた、乗馬は得意?」

「まぁ普通ですが、この格好で行くんですか?」


彼は侍女の情けで渡された膝掛けの下に隠れたスカートを指差した。


「えぇ。あなたは我儘な公女の忘れ物を取りに学校に向かわされる可哀想な侍女だから。ドリュに護衛をお願いしたいわ」

「お言葉ですが、彼はお嬢様の護衛ですので、お傍を離れるのは…」

「それなら私も馬に乗るわ。馬を手配してちょうだい」


横暴なお嬢様は王都に続く街道の駅で馬車を止めた。

護衛は「お嬢様をこんな時間から馬に乗せる訳には…」と、苦渋に満ちた顔でお嬢様と別れ、大柄な侍女と共に馬を走らせた。


ジブレーは二人の後ろ姿を見送り、侍女とヒーラック城へ向かった。


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