スコーンが美味しい喫茶店
午前中に話すべきことは話し終えたため、ジブレー達は大人らを王城に残して観光に出かけた。
ヒーラックの城下町は王都と比べると、こじんまりとしていた。
そこまで高い建物が無いためか、ジブレーには空が広く感じられた。
「何かアレだね、学校の外で会うと変な感じだね」
先頭を歩いていたロウが立ち止まり、後ろを歩く二人に声をかけた。
「そうだな。お前と3年も同級生をした後に賓客ぶるのは、何かこうアレだった」
「私も何かアレだったし、今もロウって呼んでいいか迷うわ」
「はは。だよね。今はもう普通でいいよね、それでここがおススメの店」
ロウに案内されたのは、立派な宿屋のようないでたちの料理店だった。
「帰省したときもよく来てたんだ。適当に頼んでいい?」
「任せる」
ジブレーも頷いた。
地元産の海産物を使った料理を待つ間は、「実際、国内に友達っている?」等の他愛もない話をして過ごした。
「視察先で困ることあるある」の話が終わった頃には料理を食べ終え、ジブレーは人知れず道路開発に燃えていた。
(サイティ、私は貝を侮っていたわ…何も分かっていなかったの。国内で流通させたいわ、大至急)
「おいしいわよね。私はタコも好き」
(…タコ?足が多い生き物は何だか心配になるの…)
「え~。ジブレーにはまだ早いみたいね」
「おい、ジブレー?」
「あっ」
「どっか行きたいとこある?」
サイティとの議論に熱を上げている間に、二人は次の行先について話し合っていた。
「あ…私、近くにあるスコーンのお店が気になっているの、二人は興味ないだろうから侍女と行ってみるわ」
「一本裏にある店かな。うん、そしたら僕らはゴルフでも行く?いいコースがあるから」
「あぁ、気になっていたんだ、近いのか?」
ロウはさくっと話をまとめると、スコーンの美味しい喫茶店にジブレーを案内した。
「じゃ、また後でね」
「えぇ。あの、ロウ…ありがとう」
「いやー、まぁ、よろしくね。楽しんで」
「はーーーい!」
(どうしてサイティが元気に返事するの…)
店内に足を踏み入れると、早速カウンターから店主が挨拶した。
「ようこそいらっしゃいました!本日は貸切ですので、ゆっくりおくつろぎくださいねっ」
「………」
「ジブレー、お返事してあげないと」
店主は胸当てエプロンのフリルを揺らしながら、ダンマリ令嬢にメニューの説明を始めた。
「こちらのスコーンはちょうど焼き立てです。なにせ貸切ですからね!」
「……ここまでするとは思わなかったわ」
「恐縮ですっ、テラス席や窓際もおススメなんですが陽が強いので、こちらのお席はいかがですか?」
「ええ、そうするわ。…ドリュ」
「はっ」
ジブレーは仕事に忠実な護衛を呼び、店内に問題が無いか確認させた後、外で待つよう指示した。
「食後ですし、カフェオレでも飲まれますか?」
「え、あなた作れるの?」
「はい!学校で料理長に教わりました」
(いつの間にそんな交流があったのかしら)
やがて、案内された席で待つジブレーのもとに、カフェオレとスコーンの乗ったトレイを手にした店主が現れた。
「エプロンは外したのね」
「えぇ。汚すと怒られるんですよ、ここの奥さんに」
「…あなた、おとといも警備の人に怒られていなかった?」
「あぁ、本当に粗相してないか聞かれただけですよ」
「あなた本当に王子と認識されて…」
途中で切れた言葉に、彼が続けた。
「認識はされてませんね。この国に王子は一人ですから」
「…私は、それを聞いてもいい…のかしら」
「もちろん!…というか、私もあなたに聞かせていいのか分からないんですが」
彼は笑った。影のある笑顔だったが、ジブレーには海岸で見せられた笑顔よりずっとましだった。
どこから話すか迷った挙句、彼は最初から話すことにした。
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王妃は生きたまま腹を裂かれ、生まれた双子が自分とロウだった。
王妃に危害を加えた当時の医師は何も語らず、どちらが先に産まれたか分かる者がいなかった。
当時の自分があまりに弱々しく、腹を裂かれた王妃の回復も絶望視されたことから、王室は王子一人の誕生を公表した。
奇跡的に王子二人とも健康に育ったが、結局どちらが兄かは不明のまま、対応に苦慮した王室が隠し続けたところに魔法学校の案内状が届いた。
現状、王太子はロウにほぼ確定しており、王室は残った方の対応について結論を出せていない。
しかし、隠し続けてきた王太子と同じ顔を持つ存在は王室に混乱を招くおそれがあり、今さら公表するよりは不慮の事故で亡くなるか、幽閉する方が安全ではないか。
「という感じで、国内よりは学校の方が安全かな?って思って、ロウと激せま同室生活してたんです」
「…やっぱり、双子だったのね。あなたの方が兄っぽい気はするけど、見た目はそっくりだもの」
と、何とか答えながら、人ひとりの一生をあまりに無視した話に、ジブレーは無表情の下で感情を持て余していた。
「ですかね。あなた以外は誰も私とロウの違いが分からないので」
「誰も?」
お父様と、お母様も分からないの?とは聞けなかった。「親だから」という幻想に意味が無いことは、ジブレーも王女だった頃によく知っていた。
「ええ。それで、てっきり何か知っているのかと思ったんです。…困りましたよね。失礼しました」
「いえ…」
彼は母に言われた「役目」について話すことを避けた。
(辛い思いをした母がかかった呪いのようなものでしょうから)
ジブレーの肩に座って話を聞いていたサイティは、ひとり考え事に沈んだ。
この世界ではジブレーもユーリアも人体実験に手を染めなかった。
結果、人間の資源化については方法が確立されておらず、不可能なままだった。
(シャロットには帰る場所があったけど、あなたには無いのね)
サイティを肩に乗せたジブレーが尋ねた。
「どこかへ亡命するつもりは無いの?」
「ええ、この顔ですし、本気で探されたら大変そうだなぁと思って。そこまでして行きたい場所なんて、私にはありませんし」
彼の軽い口調は、ジブレーには諦めているように見えた。
「まぁとにかく、私という者は実在している、ということです」
「そう…」
(…やっぱり、話すべきじゃなかったですね。私らしくなかった)
彼女の反応を見て、彼は自分のエゴで吐き出した話を無かったことにできたらと願いながら、明るい声を出した。
「あまり心配しないでくださいね?そんなすぐにどうこうされる訳じゃありませんし」
(それ嘘ね)
「そうなの?」
「ええ」
彼には悪いが、ジブレーはサイティの方に耳を傾けた。
(着々と準備が進んでるから、この男は城に帰んないでフラフラしてるけど、さすがにそろそろ見つかるんじゃない?)
「……」
ジブレーは思わずテーブルに両手をついて聞いた。
「あなた、王家やこの国で生きていきたい訳でも無いの?」
(あれ?ジブレーなんか怒ってる?)
彼にもその圧は伝わったのか、やや後ろに退きながら答えた。
「ええ。他の国も、この国も、私には変わりません…かね?」
「分かったわ」
ジブレーは立ち上がり、店の外へ向かった。
困惑しながらそろそろと追いかけた彼は、荷物を手に戻ってきたジブレーと鉢合わせた。
「あの…?」
「着てちょうだい」
荷をほどくと、平民が着るようなスカートや靴下が現れた。
「これ、女物の服ですよね…私が着るんですか?」
「着るんです」
ジブレーの態度は頑なだったが、さすがの彼もすぐには従いかねる様子だった。
「えっと…理由を伺っても良いですか?」
「王太子の任命式が近いのは私でも知っているわ。すぐに危険なことがないなんて、嘘でしょう」
「それは…すみません」
彼ははぐらかすことを諦め、素直に謝った。
「あの、ただ、それと私が…えー、女装?することと、どんな関係があるんでしょうか」
「私は侍女とお茶を飲んでいることになってるの」
「はぁ…なるほど…?」
ジブレーは少し躊躇った後、彼に選択を迫った。
「どうするか、選んで。ここを出るか、残るか」
「えっ?それって、あなたは良いんですか…? 私が言うのもなんですけど、なかなか大事だと思いますが…」
「ええ。あなたをこの国に帰すつもりは無いわ」
「え、かっこよ」とサイティは思ったが黙っていた。
彼は一瞬の沈黙を経て、手元の服を広げた。
「すぐに着替えますね、お嬢様っ」
「え?待って、向こうに行くからまだ脱がないでちょうだい」
「やだ、今さらそんな…」
サイティはこの男に同情する必要は無かったと悟った。




