役に立たなくても、力になる存在
(死…ぬ…)
ジブレーには理解できない質問だった。
「え…?」
聞き返すことしかできないジブレーを、警備兵はしばらく見つめ、そして、
「すみません。質の悪い冗談でしたね。忘れてください」
いつも通りの笑顔に戻り、兜を付け直した。
「ちょっと…」
「この辺りは日が傾くと早いですから、そろそろ戻りましょうか」
「冗談じゃないでしょう?」
思わず、ジブレーは彼の手を掴んでいた。
「…私は、あなたのことを知っている訳じゃないわ。ただ、初めて会った時、ロウじゃないって分かっただけ」
「分かった…?」
「ええ。だから、今の話も分からなくて…申し訳ないけれど。でも…でも」
「おおお恐れ入ります公女殿下!!!わが兵が何か粗相でもいたしましたでしょうか!?」
「えっ?」
ジブレーは握っていた手を離した。
「あ、いえ、あの、新鮮な景色だから現地の彼に少し説明してもらっていたの」
海岸警備の責任者によって二人の話はそこで途切れた。
そのままジブレーは部屋に戻り、待っていた侍女によって外出の準備が開始された。
(…サイティには、どういうことか分かるの……?)
サイティは答えなかった。ジブレーも答えを聞く準備はできていなかった。
楽しみにしていた道路整備の専門家と語らう場にいても、今のジブレーには機械のように相槌を打つことしかできなかった。
「サイティ」
ジブレーは一人の部屋で、ベッドに横たわっていた。
「私が彼について知りたいって言ったら…教えてくれる?」
部屋は既に暗く、他に人はいなかった。
「ええ。私にわかることならね」
暗闇の中で、ジブレーは天井を見つめていた。
「…ねぇ、サイティ。決まっている未来って、無いわよね?」
ジブレーは枕元に着地したサイティの気配を感じた。
「無いわ。私にも分かんないことばっかりよ。役に立たなくてがっかり?」
「まさか。いつも、いつも頼りにしているわ」
(だから、明日も一緒にいてちょうだいね)
「もちろん!あ、お邪魔なら言われなくても消えるから♪」
(…おやすみなさい)
ジブレーは早く眠るために目を閉じた。
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自身が腹を決めたためか、この日の公務は捗った。
「…では、サガルドにおける冶金業の発達も視野に入れ、鉱山への線路を敷くという案も」
「そうですね。既存水路との連結は…」
「陸路の整備は将来的な鉄道敷設を円滑にするため、優先度は高く…」
「…終わったわ!」
ジブレーにしては珍しく、自室に着くなりベッドに飛び込んだ。
近くを飛んでいたサイティがいつもの調子で労をねぎらった。
「お疲れ様ーーー!晩餐会でもばっちり公女してたじゃなーい!」
「本当に?今までで一番緊張しなかった気がするわ。色々な人と話もできたし」
ベッドに寝転び、ジブレーはサイティにリラックスした笑顔を見せた。
サイティはその表情が随分と大人びたことを、ふと実感した。
「大人になったわねぇ」
「えぇ?ふふ、どうしたの、急に」
「いやー、私も卒業式を見て親心が進化したのかしら」
(だから寂しいのかしらね)
複雑な親心を胸に秘めながら、サイティは話を変えた。
「これで、あとはデートを楽しむだけね!」
「…」
「あれ?」
サイティはジブレーの顔を覗き込んだ。
(…私にどこまで話してくれるのか、まだ分からないけれど)
できることをするだけだと決めていたが、いざ明日のことを考えると、ジブレーには拭えない恐怖があった。
「私にできること、無かったらどうしようかと思うと、…怖い」
「…」
ひとり言のように呟いたジブレーに、サイティは言葉を探した。
「ねぇジブレー、私だって同じよ?」
「…え?」
ジブレーは起き上がってサイティを見た。
「元々すべてを知ってるワケじゃない未来が、さらに変わったでしょ?もー、ジブレーの役に立てることは無いのかもって思ってるわ」
「そんなこと、私は、サイティだから話しているんだから…」
「気にしないでって?」
「ええ、その通りよ。役に立つから相談している訳じゃ…あっ」
ジブレーはニヤニヤしているサイティの言いたいことを察した。
「…なるほど、励ましてくれたのね?」
「おほほ、相談される側はドシンと構えときなさーい」
「ありがとう。頑張るわね」
再びベッドに横たわり、ジブレーは目を閉じた。
(私にとってのサイティみたいな存在になれるとは思わないけれど)
昨日といい、今日といい、こうして自分を力づけてくれる存在が、彼にもいたら良い。
そして少しでも、自分がそうした存在になれたら良いと思いながら、眠りについた。




