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ロウっぽい人からの卒業祝い

テラシアやジブレーの心に多少の動揺を残しながらも、無事に卒業式が終了した。


一つの予定が終わると、次の予定が迫ってくる。


ジブレーは卒業生達の賑わいを避けるように校内を彷徨った先で誰もいないテラスを見つけ、適当な席に腰を下ろした。

(今日は在校生もお休みだし、卒業生は晩餐会の準備があるものね)


卒業式の人混みに疲れたこともあり、結局一人が落ち着くジブレーは椅子に深く腰掛け、テーブルから伸びた大きな日よけの傘をぼんやりと見上げた。


ひと心地ついた後、改めて上着のポケットに入れていた手紙を取り出しながら、昨日のことを思い返した。


(まだ晩餐会があるけど、先生達に防げないものは私でもどうにもならないし、あとは祈るしかないわ)


そもそも、サイティがいても予期できない程に、現状は本来の筋から外れてしまった。


(せめて後悔のないように行動するだけよね。後悔。後悔…)


「うぅ」


昨日ロウに言った言葉や手紙の内容を思い返すと、後悔とも不安とも言えない妙な気持ちに苛まれた。

加えて、この手紙には細かい時間も、待ち合わせ場所も書いてなかったため、ジブレーにはどうすることもできなかった。


(ひとまず、気分も良くなったし、一旦ロウを探そうかしら)

次の行動を思案しながら立ち上がり、テラスの出入り口に目を向けたところで、彼女は動きを止めた。


「おや、もしかしてこちらでしたか」

「へ?」


完全に想定外だったジブレーは心の準備ができていなかった。


「いやー、昨日は色々ありましたね。夜は眠れましたか?」

「あ、ええ、何とか」


彼は自然な動作でジブレーに椅子をすすめ、自分も彼女の向かいに腰掛けた。


「あなたは、怪我は、本当に大丈夫なの?」

ジブレーはカタコトにはなったものの、安否確認という目的は果たした。


「ええ。おかげ様で。あぁ、ただ、筋肉痛ですね」

「そう…あの、本当にありがとう」


彼の眼差しは、相変わらず彼女を落ち着かない気分にさせた。


(苦手だわ…)


いつにも増して話を進めることが難しく感じるのは、彼の眼差しだけでなく、改めて実感した彼の不可解さも理由だった。


ヒーラックの王子はロウ一人。これは王室の発表であり、今のところ事実だ。

目の前にいる彼を見ても、誰もがロウだと思うだろうし、現にシャロットとテラシアも、昨日はロウが助けに来たと思っていた。


(でも…)


頭ではそんな筈が無いと思っているのに。


魔法でもないのに。

こんなに似た姿の身内が、双子以外にいるだろうか。


本人に迫れば何か分かるのかも知れないが、もし本当に双子の王子が存在していたとしたら、彼女にとって荷が重すぎる事実であり、行動に移すことが躊躇われた。


(王室が大々的に嘘の発表をするはずが無い。私が知っていい問題とは思えない)


でも気になる。


ジブレーの思考が堂々巡りし始めた頃、彼女の前に手のひら大の包みが置かれた。


はっと我に返ったジブレーが顔を上げると、笑顔の彼と目が合った。


「本日は、ご卒業おめでとうございます。この日を迎えられたことを、心よりお祝い申し上げます」


さすがのジブレーにも、彼が心から自分の卒業をめでたく思ってくれていることは分かった。苦手意識は募るばかりだったが、平静を装って言葉を返した。


「ありがとう。そうね、初めて卒業できたから、本当に…」


(いや? 初等部の学校も卒業ではあったわね?)


「本当にもう、そのくらい感慨深いわ」


質はさておき、ジブレーは何とか会話をつなげることに成功した。


「本当ですね。どうしてもお祝いしたくて、心ばかりですがこちらをお受け取りいただけますか?」

彼はテーブルの上に置いた包みを両手で持ち上げた。


「そんな…お祝いはさっきの言葉と気持ちだけで十分よ」

「そんなお言葉をいただけるなんて、恐れ多いことです。お渡しするのも恥ずかしいようなものですが、貴女が手に取ってくださるなら、私の心も救われます」

(苦手だわ…)

「…ありがとう。開けてもいいかしら」


ひとことに対して倍以上の言葉が返ってくる彼との会話が面倒になってきた。ジブレーはさっさと包みを開けることにした。


「これは?」


濃い赤のリボンに、薔薇の花をモチーフにした金の留め金が付いた、シンプルで使いやすそうなブレスレットが包みから覗いた。


(可愛い…けれど、同じものが二つ? それに、手の甲じゃなくて手首の方に飾りが来てしまうような?)


「もしよければ、付けてみてくださいますか?」

「ええ…」

「あぁ、それが手首の内側に来るので合ってます」

「ええ?」

「これを両手に着けて…」


ブレスレットは可愛かったし、留め金が肌に触れることもなく、着け心地も悪くなかった。

「この、少し押される感じがあるのだけど、これで良いのかしら」


ジブレーが手首を指しながら訪ねると、彼は真面目な顔で答えた。

「実はそこが重要でして、そのブレスレットは…」


(え? え? もう着けてしまったのだけど…)


昨日ユーリアが雷を発生させる謎の棒を使っていたことを思い出し、このブレスレットにも何か仕掛けられたり、防いだりといった効果がある可能性にジブレーは思い至った。


「酔い止めになるそうです」

「へ?」


そして、予想外の答えに拍子抜けした。


「酔い止め? 乗り物の?」

「はい。書類仕事の後は肩の張りをこう、押すと楽になりますよね? 似たような理由で、手首のこの部分を押すと気持ち悪さが緩和されるそうです」


(ええ? あの苦しみがこれを着けるだけで?)

ジブレーは唯一かつ一番の敵とも言える乗り物酔いに効果があると聞き、目が輝いた。


「ふふ、おまじない程度ですけどね。医療の心得がある者から聞いたので、お話程度にお持ちしたんです」

「ありがとう! 絶対に着けて帰るわね」


さっそく効果を検証できると考え、ジブレーは自然と笑みを浮かべた。彼も彼女を笑顔で見つめ、立ち上がった。


「身に着けた姿をお見せいただき、ありがとうございました。晩餐会もどうぞ楽しんでいらして下さいね」

「ああ、いえ、晩餐会には参加しないの。このまま着けて帰ろうかしら」


「え?」

ジブレーはブレスレットを着けた両手を眺めながら何の気なしに答えたが、彼にとっては意外だったようだ。


「え、でも晩餐会ですよ?」

「ええ、大人数の中で食事するのが苦手で… 過去にも晩餐会で体調を崩したことがあって欠席にしたの。だから、早速こちらの効果を確かめてみるわ」


彼は驚いた顔をしていたが、ジブレーの話を聞くうちに愉快そうな顔を浮かべて相槌を打った。


「なるほど、それを伺うと、このタイミングでお渡しできたのは本当に幸いでした」

「確かにそうね。そういえば、あなたも乗り物酔いをするのかしら。つけてみたことはあるの?」


自分でも気付かない内に、ジブレーは彼と自然な会話ができるようになっていた。



「それでは、お待ちしていますね、ジブレー嬢」

そして、気付いたらロウの故郷であるヒーラックを訪問することになっていた。

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