卒業式
ジブレーは郵便受けに予想外の手紙を見つけた瞬間、訳もなく左右を見回した。ちらほらと食堂やラウンジへ行き来する生徒がいたが、誰も彼女を気にする様子は無かった。
再び周囲を気にしながら素早くその手紙を拾い上げ、自室に戻って改めて手紙を見つめた。内容は変わることもなく、卒業式後の予定も無く、卒業式までさほど時間も無かった。
「ジブレーー? まだいるーー?」
ノックの音と共に、シャロットの声がした。
「はっ」
ベッドで手紙を見つめていたジブレーは飛び起きてドアを開けた。
「ごめんなさい、呼びに来てくれてありがとう。行きましょうか」
「うん、ん? ジブレー、ブラシあるよね?」
寝起きでもないのに髪が乱れていたジブレーは、まだ間に合うから!と譲らないシャロットに髪型を整えてもらってから講堂へ向かった。
結果、開始時刻ぎりぎりにはなったが、無事に卒業式の行われる大講堂に時間通り到着することはできた。
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「ジブレー! 立派なお顔をこっちにみせておくれーーー!」
カルヴァドス大公の声だ。彼の隣では大公のお抱え画家が、まばたきも惜しむような気迫でスケッチを描き続けていた。
(恥ずかしい! お父様に帰ってほしいなんて初めて思ったわ! あっちを向きたくない…)
いつものように無表情な彼女は、赤面した顔を隠すように俯きながら卒業証書を受け取り、早足で自分の席へ戻った。
テラシアは苦笑いしながら壇上に目を向けていたが、まさか自分の番でも同じことが起こるとは予感していなかった。
「テラシア! いいぞ、よう頑張ったな! ヴィンに見せるからこっち向いてごらーーん」
「!!!」
式典とはいえ卒業生は数十人、そこまで厳粛な雰囲気でも無かったが、会場はしっかりとざわめき、笑い声も上がった。
顔から身体全体が熱くなるのを感じながら、卒業証書を受け取ったテラシアは壇上でカルヴァドス大公に礼をした。
(えっ)
その流れで保護者用の席に視線を巡らせたテラシアは、カルヴァドス大公の他にも見知った顔を見つけ、我が目を疑った。
そそくさと彼女の席に戻ると、隣にいたシャロットに声を潜めて話しかけた。
「シャロット、来てる、じぃじさん来てる!」
「ええ!?」
「しーーー! しーーーーーー!」
シャロット達の故郷である島から学校までは、舟や馬車を乗り継いで5日はかかる距離だった。
レース司祭が何歳か彼女達は知らなかったが、シャロットが知る限り、彼が島を出たことなど無かった。
(それがまさか、卒業式に来たの? 遠いとこの親御さんは来ないこともあるのに)
戸惑いや驚き、そして心配もあったが、何よりもシャロットは嬉しかった。
テラシアも同様に、大公が声をかけてくれたこと、レースが手を振ってくれたことを思い返して自然と笑顔になった。
3月の晴れた日、初めての卒業式が無事に終わった。




