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卒業式の朝

卒業式の朝は早かった。

正確には、ジブレーだけが早く起きた。


(サイティと話したいな…)


お話のジブレーが出られなかった卒業式に出られたわね!

そんなことを言って祝福してくれたろうなと想像する今日のジブレーは、卒業式を控えてやや感傷的だった。


とはいえ彼女は4月から大学課程が始まるのだが、6年間の一区切りとして、今日という日は卒業生にとってとにかく特別な日だった。



制服を着て食堂に行くと、わずかだが生徒がいた。


「おはよう。昨日は大変だったな。もう着替えてるのか」


厨房の簡素な椅子に腰掛けて鍋の番をしていた料理長がジブレーを見つけ、カウンター越しに声をかけた。


「おはようございます。料理長もありがとうございました。どうも早くに目が覚めてしまって」


話しかけてもらったため、ジブレーは何となくカウンターへ腰かけた。6年を経て、彼女も流石に料理長の前でだいぶ気兼ねせず振る舞えるようになった。

加えて昨日のことがあった分、日常に戻ってきた安堵感が強く、彼女はいつにも増してリラックスしていた。


(ボスと二人だけで話すのは初めてかもしれないわ)


「献立表は見たか?」

「はい、ボス………… すみません、料理長のパンは美味しいので、パンの方にします」


油断していたところに話しかけられたため、ジブレーは卒業間際にヘマをした。両手で顔を覆うジブレーをよそに、彼は特に怒った様子もなく準備を始めた。


「テラシアか。料理長ってもんでもないからボスでいいぞ。ボスでもないんだけどな」

「ありがとうございます…ボス」


ジブレーは初めて人をあだ名で呼んだことに、ほんのり達成感を感じた。


じきに焼きたての香りがのぼるパンと、根菜をじっくり煮込んだボス特製スープがジブレーの前に置かれた。

どちらも人気の料理だが、ジブレーは何気なく添えられる果物のジャムが一番好きだった。


控えめな量だったが、甘いジャムまできっちり楽しんだジブレーは満足して食事を終えた。

そこに、料理長が空いた皿と入れ替わりにティーカップを置いた。


「え、ボス、あの」

「カフェオレを抜いただろ。その代わりだ」


そういえば、ジブレーは朝にカフェオレを飲まなかったり、シャロットのカフェオレは牛乳が多めだったり、料理長は生徒の好みがすべて分かっているのだろうか。


ジブレーは感心しながら、ありがたくお茶をもらうことにして、カップを持ち上げた。


「ありがとうございます。いただきます」

温かいカップから淹れたての湯気をまとった香りが立ち上り、ジブレーに届いた。


香りが届いた瞬間、彼女の脳裏に蘇った記憶があった。

ジブレーはカップを口から離し、両手で包みこんだ。戸惑うほどに胸が震えるのを感じた。


「昔、母が、お茶を淹れてくれて」


記憶と呼ぶにはあまりにも微かだった。

だが、長いこと忘れていたにもかかわらず、彼女の脳裏には当時の鮮やかさで蘇った。


「それが、とても、好きだった…」


それはこんな香りではなかっただろうか?


ジブレーの視界にふと布巾が映り込み、彼女は顔を上げた。

見上げた先では料理長がそっぽを向いていた。そこで、彼女は自分が泣いていたことに気付いた。


「どうした、まだ卒業式じゃねえのによ。すまんけど綺麗そうな布はそれしか無えんだ」

「ありがとうございます…」


ぶっきらぼうな優しさを感じ、ジブレーは恥ずかしさよりも温かい感情が勝った。


「こんなとこで泣いてると小人に笑われるぞ。実は俺、見たことがあるんだ」


(ボスも意外とメルヘンだわ)


突飛な冗談も彼なりの優しさなのかと思い、ニヤリとした彼にジブレーも笑った。


「そうですね、それか妖精かも」

「なんだ、そっちの方が可愛いな」


料理長と、何を話したかは思い出せないが、とりとめもないことを話した。


お茶を飲み終わる頃には涙も止まり、ジブレーは一度部屋に戻ることにした。



道すがら、習慣から自分用の郵便受けに寄ったジブレーは、そこでもう一段階心を乱すこととなった。



『お嬢様 既にお礼は伺っております 代えまして 式の後にご都合が合うならば 卒業のお祝いを述べることが叶いましたら幸甚です』


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