テラシアのために
「どうして?」
ジブレーの言葉はユーリアの逆鱗に触れた。彼女は勢いよく上体を起こした。
「あんたが悪いんじゃん! シャロットと仲良くして、タリス様がぜんぜん活躍できなくって」
「でもテラシアが現れたのはきっと強制力なの。でもここでシャロットが退場しないと、テラシアとストーリーが進まないから仕方なくよ」
一通り話を聞いたが、彼女の話はテラシアの理解を拒む内容だった。
「その…誰かが悪者にならないといけないの? 人を殺すって、何でユーリアがそんな恐ろしいことしなきゃいけないの?」
「悪役がいないと主役が盛り上がんないでしょうが!」
ユーリアは苛立ちを隠さずに答えた。
刺繍や魔法道具について話すあのユーリアはどこに行ったのだろう?テラシアには目の前にいるユーリアが、全く知らない人に見えた。
ジブレーも同じ話を聞いていたが彼女の行動原理に一応は納得できた。
何故ユーリアが本来の筋書きを知っているのかは不明だが、なるほど、彼女は一貫して悪役を求めてきた。
(私が「ジブレー」の役割通りに動かなかったから話の進行が変わっていて、修正するために自分が手を下すしかないと思った訳ね)
しかし、テラシアにはその理由が響かなかった。
「主役とか悪役とかって… シャロットは友達じゃない。しかも、それが私のためって… 何言ってるの?」
正直、気味が悪かった。友達だと思っていた者が友達を殺そうとして、その理由は自分の幸せのためだった。理解できる筈が無かった。
しかも、自分の幸せはタリスと結ばれることだと言い切られた点も抵抗があった。まるで決まっていることかのように。
(いつものユーリアはどこ行っちゃったの?)
彼女に飛びかかった先程までの勢いは失せ、既に凶器も、暴れる気も無い様子のユーリアにテラシアは恐怖を感じていた。
ユーリアはうんざりした表情で、床に足を投げ出したまま吐き捨てた。
「だって! 知ってるんだもん! それに物語なんだからしょうがないじゃん! なのに何なの? 何も起きなくてつまんなすぎなんだけど?」
(つまんない…)
「あなたには、あなたの人生があるじゃない」
ジブレーは最初に逆鱗に触れてから彼女を刺激しないように黙っていたが、思わず口を出していた。その指摘にユーリアは声を荒げた。
「私の人生なんて! なんも面白くないよ、特別でもないし。現実逃避くらいしたって良いじゃん!」
「特別じゃない…?」
「はあ!? そうでしょうがよ、どっかの姫でも末裔でもないし、見た目だって地味だし」
ユーリアの姿はジブレーにとって、不思議と過去の自分と重なるような気がした。
物心がついた頃から、物語を指でなぞるように粛々とカルヴァドス公を説得し、学校に入学した。
自分の見た目が好きではなかったし、相手を威嚇してしまう地位を歯痒く思ったこともあった。空回りしてばかりの日々に、やはり悪役は悪役にしかなれないと気落ちしたこともあった。
それが、いつの間にか「ジブレーの人生」に修正を加えるだけの日々から、自分の人生を手探りで生きる日々に変わっていた。
(私にはサイティがいたから…)
今のユーリアは、筋書きだけを知らされた自分が行きついた先のように感じた。
「どんな条件でも、自分の人生を選べるのよ?」
「はあ?」
「その、どんなカードが配られるかは選べないけど、どんなゲームをするかは自分で決められるというか…」
ジブレーは、自分の人生を肯定できずに「シナリオ」通りの展開に固執するユーリアが残念でならなかった。だが、急なたとえ話をかみ砕けるほどユーリアは冷静でもなかった。
「うるさい! あんたなんか良いじゃない! 顔だっていいし、公女様だし、結局ムーブひとつでチートじゃん悪役令嬢なんて!」
ユーリアがジブレーに向かって手を広げた。その瞬間、彼女の手から幾本もの矢が生まれ、ジブレーに向かい発射された。
(しまった!)
ジブレーは衝撃を予期して目を閉じた。
金属がぶつかる音と、テラシアの悲鳴が上がった。
「…?」
恐る恐る目を開けたジブレーには傷ひとつ無く、彼女に向けられた矢はすべて目の前にいる男によって叩き落された。
「あなたは本当に、言葉がうまくないですよね…」
ユーリアを警戒し、横顔だけジブレーに振り返った男の顔は、この場にいる誰もが知る顔だった。
「ロウ!?」




