緊急任務
テラシアは得体の知れない不安に駆られていた。
シャロットが部屋の中にいるはずなのに、鍵がかかっていてノックにも呼びかけにも反応が無かった。
「ここで待っててくれますか? ちょっと外から試してみたいことがあります」
じっとしていられず、テラシアは思い付いた案を実行するために食堂へ駆け込んだ。
「ボス! あの魚入ってましたよね?」
「あれか? ちょうど今、炭を起こすところだ。っていうか」
(シャロット達とは会えたのか?)
と続ける前に、料理長は息を切らして話すテラシアの勢いに押されて口をつぐんだ。
「ボス、お願いです、ちょっと来てください! 緊急なんです!」
「え?」
料理長はテラシアの緊急に促されるまま、炭が入った七輪を台車に乗せて大講堂へ向かった。
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「…ここでか?」
「はい! シャロットが閉じ込められてるんですが、鍵がかかっていて入れないんです」
「閉じ込め? 先生とかに言った方がいいんじゃねえか?」
「…」
テラシアは迷った。校内を走り回る過程で見かけた教員にはシャロットを探していることを伝えたが、改めて呼びに行っている間に手遅れになる気がして怖かった。
(でも、もしただの閉じ込めで済まなかったら…)
「…ボス、ここに煙が行くように何匹か焼いてもらえますか? 長時間はできないので、短期集中でお願いします」
「…おう。あんま危ないことはすんなよ」
「はい!」
料理長にこの場を任せ、テラシアは再び走り出した。
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料理長は七輪の上に、串を打った魚を乗せた。
(あー。これじゃ火と煙が出るだろうな)
こんなに早い出番を想定していなかった魚達は下ごしらえが十分でなかった。
料理長の予想通り、ジュウジュウと音を立てながらたちまち炎と煙が上がった。
(この穴に煙を送りたいみたいだから、この方が良いか)
料理長は黙々と作業に没頭した。
「こんくらいでいいのかな。片付けるか」
用意した魚を焼き上げた料理長は、やれやれと立ち上がった。テラシアお手製の炭入れに炭をしまい、七輪と焼き魚を荷台に乗せた。
そして大講堂の裏から食堂に向かう途中、テラシアとジブレーに出くわした。よく見るとテラシアはシャロットを背負っていた。
「料理長… どういうことですか…?」
(まぁそう思うよな。俺も屋台でも出すのかって言うと思う)
ジブレーの疑問は自然なことだった。
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救護室のベッドにシャロットを寝かせ、ジュラは料理長の魚を食べていた。
「魚を炭火で焼くとこんなにおいしいんだねぇ」
「いや、本当はもっとうまいんだ、この魚は。焼く前に塩振ってしばらく水を出してやると云々…」
「へぇー、これよりおいしいなんて、食べてみたいなぁ」
「本当か、来期は食堂で出すかな」
料理長はシャロットと焼き魚を救護室に届け、食堂へ帰った。
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シャロットを料理長に託すと、テラシアとジブレーは大講堂に戻った。
「テラシア。リハーサル室が焦げ臭いようなにおいだったのって、もしかして料理長だったの…?」
「はい、脂がのった魚を、リハーサル室の給気口前で焼いてもらいました!」
(なるほど… それであの生徒がドアを開けてキョロキョロしてたのね。私も火事かと思ったし)
「よく分かったわね、給気口なんて」
「音を閉じ込めることはできても、空気を閉じ込めることはできないと思ったんです。どこかに空気の通り道があると思って」
説明もそこそこに、二人は先程のリハーサル室まで戻ってきた。テラシアは周りを気にしながら、縛られた生徒の待つ部屋に入り、鍵をかけた。
「この生徒を先生に引き渡すのね?」
シャロットを閉じ込めていた生徒は部屋の奥に転がされていた。暴れるのにも疲れて大人しくなった様子だった。
「…いえ、この部屋にいてもらいます」
「え?」
「ごめんなさいジブレー、今は時間がなくて、念のためとしか言えません。ただ…」
その時、ガチャンという音が響き、外扉の開く音が響いた。
「え?」
「こっちです!」
二人はとっさに近くの更衣室に隠れ、カーテンを閉めた。




