地下リハーサル室
「ダメですね…」
生徒から聞いた場所には着いたが、鍵は閉まっていた。
扉を叩いても反応が無く、再びノックをしようとしたジブレーをテラシアが止めた。
「ジブレー、地下のリハーサル室ってここだけですよね?」
「え? ええ、結構大きい造りみたいだけど、ここだけよ」
テラシアは少し思案し、ジブレーに呼びかけた。
「ここで待っててくれますか? ちょっと外から試してみたいことがあります」
「え? えぇ、分かったわ。 …気を付けて」
詳細が気になったが、他に案が無いジブレーはテラシアを見送り、いつ扉に変化があっても良いよう身構えた。
(…)
ジブレーはリハーサル室の壁に耳を当ててみたが、何の音もしなかった。
(当たり前だけど、何も聞こえないわ。もう1人の生徒って、どんな人かしら…)
さっきのように話が通じる(?)ような相手だったら良いが。そう考えていると、壁に振動を感じたような気がした。そろそろと扉の横に立ち、腰をかがめた。
そのまま様子を窺っていると、扉の奥でガチャンという音がした。ジブレーは息を潜め、その時を待った。
じきに外側の扉が音を立てて開き、中から1人の生徒が顔を出した。
(開いた!)
しかし、生徒は扉から顔だけ出すと、部屋を出るか、戻るか迷っているように周囲を見回した。
(もっと出てくるまで待つか… でも閉まったらもう出てこないかも…)
ジブレーも開かれた扉の裏で、行くか待つかを迷っていた。
やがて、生徒は外が気になるのか、取っ手に体重をかけて扉の隙間から身を乗り出した。
(今だ!)
ジブレーは扉の取っ手を両手で掴み、思いきり引っ張った。
「!!」
急に支えを失った生徒はバランスを崩し、前に倒れ込んだ。咄嗟に手を出したが間に合わずに膝を強く打ち、痛みに悲鳴を上げてうずくまった。
(ごめんなさい!)
倒れた生徒が動かないよう、ジブレーは脱ぎ忘れていたエプロンで両足を縛った。
「ヒィッ」
暴れられたが、ひとまずすぐには立ち上がれなさそうな生徒の様子を見て、ジブレーはリハーサル室に入ると鍵を閉めた。
じきに外扉を叩く音が鳴ったがジブレーはそれを無視し、内扉の取っ手が動かないようにハンカチを結んで固めた。
(やり過ぎよね。やり過ぎだと思うんだけど…)
早朝に呼び出して拉致して閉じ込めるなんて計画も、明確な根拠も無く大勢で1人を攻撃する様も、ジブレーにとっては異常だった。
「シャロット!」
(何だか焦げ臭い… まさか、火事…?)
不安が広がる中、人ひとり探すには広すぎる室内をジブレーは夢中で走り、部屋の奥に置かれたピアノの前で立ち止まった。
黒いカバーをかけられたその上に、シャロットが横たわっていた。
どことなく不吉な光景にジブレーは胸が凍るような感覚に陥ったが、近付いてみると彼女の呼吸が確認できた。
「良かった…」
良く分からないながらも脈を測り、顔や手に触れてジブレーは安堵から力が抜けた。だが、移動させようにも、気絶したシャロットを抱える力は、彼女には無かった。
「どうしよう…」
その時、ガンガンと扉を叩く音が聞こえた。
(テラシア? それとも…?)
「…くっ」
何とかシャロットをピアノカバーごと引きずり下ろし、背負うような形で内扉と外扉の所まで運んだ。
(落ち着け。タイミング的にも、テラシアの可能性が高い。さっきから煙の匂いがするし、出口はここしか無い)
乱れた息のまま、外扉に耳を近づけた。聞こえて来た声に安堵して、ジブレーは外扉を開けた。
「ジブレー!」
「テラシア… この辺りにいた生徒は…?」
「ああ、ここです。申し訳無いけど暴れたんで縛っちゃいました。それで… シャロット!!」
テラシアはジブレーの後ろで黒い布にくるまれた存在に気付いた。ジブレーは先程の生徒が動けなくなって床に転がされているのを確認した。
(良かった…)
緊張の糸が切れ、限界を超えていたジブレーの身体が悲鳴を上げた。
「テラシア… シャロット… 気絶してるみたい… 救護室…」
「ジブレー!? 立てますか?」
「ええ、でも、シャロット… 運べる…?」
「大丈夫ですよ、よいしょ。行きましょう」
ジブレーの心配をよそに、テラシアはシャロットを背負って立ち上がり、空いた方の手でジブレーを立たせた。
「かっこいい… 力持ちね、テラシア…」
「洗濯物とか料理とか持ってますからね! 急ぎましょう、卒業式の準備が終わる前に」
犯人を捕らえ、シャロットも取り戻したが、テラシアにはまだ気になることがあった。
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ジブレーが手すりを頼りに1階に着くと、先に階段を上り終えたテラシアが周囲を気にしながら、人目を避けるように大講堂を出ると建物の裏へ回った。
その行動も、道中の質問も、ジブレーには不可解なものだった。
「ジブレー。あの部屋、ドレスとかありましたか?」
「どうして知ってるの? 白いドレスがあったわ。カーテンで仕切れる着替え室みたいなところに」
「白い… どんなですか?」
「えぇと、細かくは… でも、シャロットの上着がそこにあったし、何となくシャロットのドレスのような… 一緒に隠されたのかと思ったから…」
「ありがとうございます」
(…?)
何故そんなことを聞くのか聞こうとしたところで、大講堂の裏から来た人物に気付いたジブレーは、思わず問いかけた。
「料理長… どういうことですか…?」




