母、退場
最近は娘と会うことも禁じられているので、いつものように小人さんと自室で話していた。
突然、近衛騎士に拘束され、牢に閉じ込められた私は、裁判の場に引きずりだされた時に自分の罪を知った。
王妃は王子を産めないことで心を病み、子どもを産むことができなくなった。
病んだ妻を支え、限界を迎えていた王の心を癒やした侍女がいた。許されない愛に侍女は身を引こうとしたが、王の子を身に宿していた。侍女は実のところ他国の王族にルーツがあり、真実の愛が実を結ぼうとしていた。
嫉妬に狂い、立場を脅かされることを恐れた王妃が侍女殺害を企んだ。王妃を警戒していた近衛騎士により暗殺計画は阻止されたが、愛する妻と子を守るため、王はついに王妃を処刑することを決めた。
よくできたシナリオだと思った。
そこまで筋書きが決まっているなら、私も最後まで演じなくては。
どうせ真実なんて誰も求めていないのだから。
「今日も娘ちゃんは無事よ。離宮には移されるみたいだけど、逆にいいんじゃないかしら」
刑の確定を待ちながら牢の片隅にうずくまっていると、聞き慣れた声がした。
「小人さん…?」
声が聞こえたのは久々だ。
「そうよ!聞こえるのね!あなたこんなことになって…」
姿は見えなかった。でも、見慣れた姿がそこにあるような気がした。
「分かってると思うけど、この世界であなたはもう死んじゃうの」
「やっぱりそうよ、ね…、 …っ」
分かっていたつもりだったのに、娘の姿が浮かんで、止めどなく涙が流れた。小人さんはこういうとき、泣かないでとも、大丈夫とも言わないから好きだ。それでも心配してくれているのが、声だけでもわかるから。
「…あのね、だから、一緒に来ない?」
「え?」
思わず、俯いていた顔を上げて、なんとなく声がする方を仰ぎ見た。
「何ていうか、あなたみたいに私が分かるっておかしいの。エラーみたいなもんなのよ。だから、この環境から抜いてしまうことは私でもできるの。つまり…」
えらー?
よく分からないが、聞き返すことはせず続きを待った。
「このクソみたいな物語から出て、別の人生を生きられるの」
「…わぁ」
やっぱり小人さんは幻なんだ。
素敵なお話に出てくる、全てを解決してくれる優しい魔女みたい。
「魔法みたいね。物語みたいに特別な、ううん、特別なお話じゃなくても、自分で自分の人生を選べたらいいな」
「そんなの、全然できるわよ。一緒にお話を探しましょうよ。もうこの話は閉じるわ」
「閉じる…?」
「ええ、もう終わりにするわ。結局どんな環境を作ったって変わらないって分かったから」
「終わりって… あの子は? 娘はどうなるの?」
「うん… 大体分かってると思うけど、王位継承権を外されて、よくて一生幽閉だと思うわ…でも」
「閉じないで」
「えっ?」
閉じるっていうのがよくわからないけど、死のようなものな気がした。幻なんて思っているくせに、娘の人生が終わると思うとどうしても我慢ならなかった。
「あの子は… あの子はまだ、何も選べてないの」
「あなた…」
「この世界から抜け出せるなら、あの子にそうさせてあげたいの。あの子が望むなら」
「それは… でも、あの子には私が見えてないし、私が手を加える訳にはいかないわ…」
「そう、そしたら、何とか見えるようになって、そしたら、あの子に選ばせてあげられない?」
小人さんは多分、困っていた。それでも私が譲らないから、最後にため息が聞こえて、こう言った。
「分かったわ。私のことが分かったら、どうしたいか聞いてあげる。それだけだと普通だから、本当にヤバいときは、いったん何とかして接触してみるわ」
「ありがとう。小人さん。優しくしてくれたのに、困らせてごめんね」
「困るけど、いいわよ。そんな性格だから私が見えちゃったんだと思うから」
最愛の娘に、私は何もできなかったけど、小人さんが見ていてくれる。
そう思ったら安心して、私は簡易ベッドに身を横たえ、目を閉じた。