卒業前の団体行動
どの共同体にも、同様の価値観や利害関係の一致により群れを作る人間がいる。
「平民のくせに、貴族ぶって晩餐会に出るんですって?」
「ドレスを準備する余裕なんて無いんじゃありません?」
決して嫉妬でも何でもない、身の丈に合わない振る舞いが見苦しいという話をしているのだ。
「それが、ドレスを贈ってもらう予定だって言いまわっていたそうですよ」
「まぁ、それがどういう意味かも分かってないのかしら」
「分かってて知らない振りをしてるんじゃなくて? 得意でしょう、そういうの」
「何も知らない女が可愛いんでしょう、男の方は」
主語は大きくなり、出来事は大げさになり、悪意は広がっていく。
ラウンジでたまたま彼女がドレスを贈られると聞いただけの誰かは、自分が噂の出処だということも分かっていない。
彼女達は、自分が商品だということを分かっている。
見た目を磨き、消費者に好まれる機能を搭載し、ブランディングを欠かさない。
それは自分のためであり、もちろん顧客にも一定の水準を求めるつもりだ。
この生態系を壊すような害獣は、駆除しなければならない。
プチプラにはプチプラの良さがあるのは分かる、だが不当に高値で売る者は悪なのだ。
彼女達にとってシャロットは詐欺師だった。現に多数の男性たちが騙されていた。
「いやー平民の女子がタリス殿下に次ぐ高成績ってすごいね」
(幼い頃から家庭教師のいる私たちが劣ってるというの?)
「体育の時さ、足速いし球技もうまいし、皆見てたよな」
(そんなの、家庭を守るのに何の役に立つの?)
誰かに嫌われるくらいで大したことは起きないかもしれないが、決して少なくない群れの中でシャロットは絶対的な悪だった。
集団になると個人ではなしえないことができるものだ、とある生徒は感心した。
淑女達は卒業前のある日、その悪を懲らしめるために小さな計画を決行した。
シャロットは、一部の生徒から敵意を持たれていることは知っていたが、実害がないため相手にはしていなかった。
お上品な彼女達は遠回しに口で「身の程を知れ」「我々の狩場を荒らすな」といったことを主張するだけだったからだ。
無視すると不意打ちで時間をとられることになって予定が崩れたこともあり、今回の呼び出しにもいつも通り素直に応じた。
よく晴れた日だったが、落雷事件以降のシャロットは念のため屋内の連絡通路を使うことにした。
(こういうのも最後かもしれないな)と、ある種の感慨深さを感じながら彼女は歩みを進めた。
彼女が連絡通路から指定の場所に到着しようとしたその時、柱の陰に隠れていた生徒が彼女の後ろから襲い掛かった。
突然の衝撃と痛みに彼女は身体の自由を失い、やがて気絶した。
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「うーん… 着せてから殺すか、殺してから着せるか」
ドレスが汚れるのは嫌だが、やはり先に着せておくか。支度室から出しておいたドレスを手に取った。
純白のドレスは余すところなく繊細なレースによって装飾され、手首そして襟まで覆われていた。
宝石の輝きを見せる胸元の刺繍には白い花が、背中には天使の羽が模されていた。
レースと刺繍に透けた肌はどれほど彼女を引き立て、幻想的な美しさが際立つか、想像するだけで胸が弾んだ。
それでいて着せやすいのはさすがテラシア。これなら一人でも着られそうだな。
「よし」
だが、さすがに重労働だった…
ちょっと休憩しよう。もし目が覚めたらまた黙らせればいいし、叫んだって外に漏れることは無いはずだ。それに、
「もうすぐ時間か…」
ヒロインを特等席に招待するためにも、念には念を入れなくては。楽しい着せ替えは退屈な作業の後にとっておこう。




