料理下手令嬢15歳、冬の秘密特訓
テラシアとシャロットは学校のラウンジでぐったりしていた。
「おはよう、元気… なさそうだね」
「あ。ロウ… まぁね。晩餐会のドレスを作るのに… 時間が足んなくて…」
何とかテーブルから首を持ち上げたシャロットが答えた。
「へへ、でも晩餐会には間に合いそうだよ」
続けてテラシアも起き上がり、満足げに笑った。
「へぇー。本当に作っちゃうなんて、すごいじゃん。楽しみだね」
「うん!」
「色んな女の子のドレス姿が見れて、ロウの方が楽しみなんじゃない?」
「えっ? 僕、そんなキャラだと思われてるの?」
「あぁ、むっつりだよね、意外と」
「シャロットもそう思ってるの!?」
彼は編入するまで同年代の女性を見たことが無かったから、つい意識して見てしまうだけだと主張したが、人はそれをむっつりと言うのだと論破されて早々にラウンジから退散した。
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「え? 僕、そんなキャラだと思われてるの?」
「そうみたいですね。王太子の親しみやすい部分としてすごく良いと思いますよ」
ロウの部屋で先程の会話が早速共有された。
「違うじゃん、ここに来るまで女の子とこんな身近に接したことなかったから、つい意識しちゃうだけじゃん」
「人はそれをむっつりと言うんですよ、ロウ」
「むっつり! むっつりってむっつりスケベってことだよね! もうやだ… もう女子に話しかけられない…」
(タリス殿下にニヤニヤしながらドレスを贈る意味とか言ってたくせに、スケベじゃないと思ってたんだ)
その純粋さがどうか失われませんようにと祈りつつ、ジュラのもとへ向かった。
しばしベッドでうだうだして気を取り直したロウは、身体でも動かしに森の練習場へ行くことにした。
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汗を流してすっかり調子が戻ったロウを、彼は温かい目で迎え、散歩に出かけた。
(卒業は寂しいですね)
この3年、学校側は不思議なくらい彼を自由にさせてくれた。調査を依頼しているジュラはともかく、他の教員達も彼のことを知りながら、黙認しているように感じられた。
おがけで今となっては、校内の抜け道についても詳しくなった。緊急時用か、遊び心なのかは分からないが。ロウとあわや出くわす事態に陥っても何とか切り抜けられており、ロウがもう一人いるなどと荒唐無稽な想像をする者は誰もいなかった。
「あっ」
(どうも彼と行動パターンが重なるあなた以外には)
ジブレーは冬だというのに、風が吹き抜ける屋外テラスで食事を広げていた。彼を見つけた彼女の手は、何かを隠すようにテーブルの陰へと隠れた。
「すみません。お邪魔してしまったようですね」
「あ、違うの。気にせず過ごして。ちょっと不格好だから隠したかっただけ」
そろそろと上げられた手に持っていたのは、焦げ茶色の四角い塊だった。
「うん? 手作りですか?」
「…ええ。練習中で、今は失敗作を隠滅してるところ」
「素敵ですね! 誰かのお祝いですか?」
彼はその物体がケーキだとアタリを付けて聞いてみた。いつから練習しているのかは聞かないことにした。
「ええ。シャロットとテラシアが好きな果物のケーキを作ろうと思って。卒業までには人に食べさせられるものにしたいわ…」
サイティのおかげで二人の好きな果物をこっそり確認することには成功したが、現段階では彼女が納得いく出来のものはできていなかった。
「食堂を借りて作っているんですか?」
「そうね、料理長にも内緒にしてもらってこっそり使わせてもらっているの」
「私も作りたいです」
「え?」
(あっ)
ぼんやりとジブレーが泡立てに失敗している姿を想像しながら会話していた彼は、つい食い気味にケーキ作りを志願した。
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二人は料理人のエプロンと帽子を身にまとい、準備万端で厨房に立った。
料理長は口止め事項が増えたが、特に気にしていない様子だった。
「じゃあ、やってくか。ジブレーには言ったが、一つひとつを、順番通りやる。ひとつ失敗したら、そのミスをしないよう工程を改善する。これでいつか成功する」
「はい!」
「はい」
今日のジブレーには珍しく覇気があった。調理台の端に置かれたノートには、細かく書き込まれたケーキ作りの軌跡が認められた。
彼はジブレーの料理を見物することが目当てだったが、気付けば、彼女ではなく彼女のノートや生地、オーブンに目を配り、共にケーキの完成を目指していた。非常に熱い現場だった。
「卵を混ぜるのだけ、やってみてもいいですか?」
「泡立ったわ! 待って、バターも温めるわ」
「型に流し込んだあと、何かするんだった気がするんですが、何でしたっけ」
「…」
「…」
「で、できた…」
焼き上がりを見た料理長による「今までで一番の膨らみだな」とお墨付きケーキが誕生した。
「ありがとうございます! 料理長の厨房を占領してしまってすみません」
「いや、いつも使う訳じゃないからいい。俺がちょこちょこ何か作るときは、あいつも気を使ってこっちに来ないし」
「料理長…」
「良かったな。俺は厨房で適当にやってるから、片付けだけ頼むな」
師弟の心温まる光景を見物していた彼の目を、ジブレーが喜びに満ちた瞳で見つめ、感謝の言葉を告げた。
「あなたも、私が失敗しないように先回りしてくれてありがとう」
「あ、いえ不慣れなので聞いてばかりいただけですよ」
「ふふ、そう? でも知らなかったわ、あなた本当は好きなんでしょう?」
「えっ?」
「そうじゃなきゃ卵の温度とか焼き時間とか、あんなに細かく気にしないもの」
「あ、なるほど、そうですね、本当、やっぱりスポンジの食感が特に好きなんで、こだわりはあるかも知れません」
感動のあまり彼の手を取って喜びを露わにするジブレーの姿に、彼は多少ペースを乱していた。
積極的なジブレーのターンは続いた。
「都合が合えばなんだけど、もう一度ここで一緒にケーキを作ってくれない?」
「もちろんです。…え?」
返事をした後で彼女の言葉に驚き、口を開けたままの彼をよそに、彼女はノートに日付を書きこむと洗い物を始めた。
頭では分かっているのにうまくできないケーキ作りに、努力では超えられない壁を感じていた彼女にとって、彼は救世主だった。
「あ、ごめんなさい、何日でしたっけ?」
「もう、28日の同じ時間よ。 難しかったら教えてね」
「ありがとうございます。はい、でも空いてますから大丈夫ですよ」
彼はメモを取るまでも無くその日を頭に刻み、片づけを始めた。
「約束ですね」
「ええ!」




