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カルヴァドス大公家の年末年始

いつものように、列車に乗るやいなや声をかけてくるかと思ったが今回は違った。


(サイティ?)


「…ジブレー」


さりげなく車内を見回しながら呼びかけると、少し遅れて声が返ってきた。


帰省する日をずらしたものの、いつもより人が多い車内で静かな場所を見つけてから、ジブレーは改めてサイティに話しかけた。


(元気ないわね。どうしたの?)


「ジブレー… ごめんなさい」

(え?)


久々に見たサイティはジブレーの膝に正座して彼女を見上げた。いつになく落ち込んだ姿にジブレーは何かあったか尋ねた。


「私、テラシアとばっかり過ごして、その分ジブレーやシャロットと過ごせなかったでしょ。最後の年なのに」


(それを気にしてくれてたのね…)


確かにテラシアと話す機会は減ったが、代わりにいつも話さない生徒とも交流できたことをジブレーは前向きに捉えていた。それを伝えてもサイティは浮かない顔だった。


(うーん… そしたら、スパイ活動をしてきてくれる?)


「へ?」


-----


「わかったけどー… それでいいの?」

「さっきの話ね… うん… 私じゃ手に入らない情報だから…」


久々の自室でジブレーはぐらぐらする頭を片手で押さえながら答えた。


「それにしても… 前より、馬車に酔わなくなってきた気がする… かも…」

「確かに。帰ってしばらくはこうして話せるような状態じゃなかったもんね」

「ふふ… うれしい… でも、公国にも… 列車か… 交通網を向上させたい…わね…」


(無理に話さないで休んだらいいんじゃない…?)とサイティは思ったが、ようやく馬車から解放されて浮かれているのだろうと考え、付き合うことにした。


「そうね。進学したら交通網の整備や土地開発なんかを学ぶんでしょ? まさに必要な学問だと思うわ!」

「ふふ… でしょ… う… 車輪を人力で動かして乗る車が… 世界にはある… らしいし…」

「旅行も楽しくなりそうねー。シャロット達の島まで行くのも楽になるといいわね」

「そう… なの… 今から… 楽しみ… やっぱり… 夕食まで… やすむ…」

「よう言うた」


-----


カルヴァドス大公はジブレーが帰省する度に張り切って晩餐会を準備してきた。


しかし、馬車によって疲れ切ったジブレーが晩餐会に参加できたことはなく、豪華な夕食はそのまま使用人達に振る舞われた。


それでも、大公は愛しい娘の帰りを祝うために毎回張り切って料理を準備させ、料理長も日持ちする料理を微妙に混ぜながら、大公の愛をご馳走に昇華させた。


そうした6年に渡る労力が、ついに報われるべき時が来た。それが、最終学年の年末年始休暇なのだから大公家は大騒ぎだった。


料理長は最高傑作と自負する料理をテーブルに並べ、執事のヴィンはとっておきの酒を最高の状態で飲めるようグラスまで準備を終えていた。


そこへ、本日の主役が侍女とっておきのドレスに身を包み、現れた。磨き上げられた照明は、食器は、クロスは、床は、全てが完璧だったにも関わらず、人間を超えた天使の登場にカルヴァドス大公は嗚咽をこらえることもなくただ感動した。


「…お父様… 落ち着いてください…」


(帰省初日に夕食をとるだけでこんなことになるなんて。今まで悪いことをしたわ…)


「はっ」


油断していたが、晩餐会という名は伊達ではなく、会場には公国内の貴族やホテル支配人、大商人達が揃っていた。


(お父様、貴族以外も招くなんて本当に変わったわ…)


限られた時間ではあったが、出席者から国内の様子を聞き、ジブレーは良い刺激を受けた。


「お父様。素敵な晩餐会を開いてくださって、本当に嬉しいです。ありがとうございます」


珍しく満面の笑顔でそんなことを言われ、大公は最後に大号泣し、会場中はその様子を温かく見守った。


「こんな国だったかしら… カルヴァドスほっこり大公国」


ひとり茶々を入れながらもサイティはハンカチで目頭を押さえていた。


-----


冬の夜は寒かったが、満天の星空がくまなく輝いて見えた。

侍女によってもこもこに着膨れたジブレーは上を向き、白い息を吐いた。


「サイティ」

「はいよ」


護衛のドリュはいつものように離れた場所からジブレーを見守っていた。


中庭はジブレーの好きな場所だった。大公は暑いからと普段は中庭に寄り付かないが、涼しくなってくるとよく菊を見に来ていた。この日も、大公はジブレーと一緒にこの場所で白や赤、ピンクに色づく菊を見た。


「お父様に、やっと聞けたの」

「…ママさんのこと?」

「ええ」


-----


大公妃が眠る場所を作るために、大公は神殿を建てるところから始めた。


彼女の実家は彼女の亡骸を心臓でも骨でも寄越すよう要請したが、大公は拒絶した。その結果、彼女の実家とは完全に断絶した。


そして当時住んでいた城からも、その敷地内にようやく建った神殿からも離れ、首都近くの屋敷に移り住んだ。


決して少なくない数の人間に影響を与えたが、彼に意見できる者がいるはずも無かった。


そこまでして引っ越したにもかかわらず、彼は王城に部屋を用意させ、王城勤めに精を出すようになった。正直、彼の正気を疑った者も多かった。


公国とは言えそこまで大きくない、とは言え残された者は公国のトップが2人とも抜けた穴を埋めるべく洒落にならない状態だったが、大公の意志に背くことができるはずも無かった。


ただ一人、ジブレーを除いては。


「パパ、いっちゃうの?」

「うん、パパお仕事があるから…」

「パパといっしょがいい」

「うっ、でもまた冬に帰ってくるから…」

「パパはジブレーのこときらい?」

「大好きだよ!」

「ジブレーもパパだいすき、えっと、パパといっしょがいい」

「う… う… ヴィン! 明日の朝から馬車を出せるか?」

「もちろんでございます、登城に間に合うよう起こしに参りますぞ」



「あれ? ジブレー、お出かけしないの?」

「おとうさん忙しいでしょ、ビンにあんないしてもらうからへいき」

「うぐぐぐぐぐパパだって公国の長なんだよ詳しいのはそりゃヴィンかもしれないけどォオ」



「ジブレー! パパはね、大公なんだよ! 大公のパパと一緒に視察にいこうね!」

「あれ、お父さま、登城のご予定は?」

「引継ぎも終わったし、しばらく無いよ! ヴィン、一緒にこ… いや、来てくれるか…?」

「もちろんでございます、お嬢様、お父様が立派な大公殿下で良かったですなぁ」

「ええ、立派なお父さまといつも一緒にいられるのね、うれしいわ」


そして大公の帰る場所はこの屋敷になった。


-----


日中の中庭、父と娘は並んで菊を見ていた。


「寒い中、今年も見事に咲きましたね」

「ね。ジブレーに見てもらうのが楽しみだったんだー」


大公は大きな身体をかがめてピンクの菊を指差した。


「今年も見られて良かったです。 …あの、お父様。聞きたいことがあるんです」


ジブレーは服の袖を握った。


「うん」


「…あの、お父様は、お母様のこと、どう思っておられますか…?」


鞠のような菊を見つめながら、ジブレーは思い切って言い切った。


しばし、返事がなかった。彼女は顔を上げておそるおそる父の顔を見た。


大公は菊を見つめていた。


「そうだなぁ。まぁ普通に家同士の結婚なんだけど」


菊からジブレーに目を移し、笑顔を見せた。


「大好きな人だよ」


ジブレーは胸にこみあげるものがあったが、口を引き結んで、質問を続けた。


「…では、私が男の子だったらと… 思いますか?」


「え? なんで?」


大公が素で疑問符を出してきたため、ジブレーは面食らった。


「え? だって… 跡継ぎが、えぇと」


(あれ? 跡継ぎは私でもなれるけど、なんでって、でも…)


彼女にそう思わせていたのは王女だった頃の記憶だった。


褒められても、叱られても、これで王子だったらと言われてきた。誰よりも国王に。どうせ嫁に出すのだからと、直接会話をした記憶は少ないが。


「ジブレー」


呼ばれて、びくりと肩を上げたところに、大公が彼女を抱き締めた。


「おと…うさま」


「そんな顔させてごめんね、ジブレー。色々気にさせてたんだね、パパ全然わかってなかったね」


おいおい泣く父をなだめ、ジブレーは持っていたハンカチを渡した。


(こんなに涙もろかったかしら…)


落ち着いた父は、初めて母の思い出を話してくれた。美人だとか頑固だとか綺麗だとかしっかり者だとか、語彙力があるようで無い話だった。


いつになく気が和らいだジブレーは、最後に、もうひとつ気になっていたことを聞いてみた。


「お父様は、どうしてお母さまのためにお城に神殿まで建てたのに、ここへ引っ越したのですか? その… 寂しくはないですか?」


父は菊の前にしゃがんで、目前に広がる色とりどりの菊を見つめていた。


「うん。お城ごと彼女にあげたかったんだ。パパが行くまで、待っててくれるような気がして行かないんだ」


彼の中では彼女があの頃のまま、あの頃のように城で帰りを待っているのだ。ジブレーは悟った。


「今はママが残してくれたジブレーがいて、毎日毎日しあわせだよ。パパが今こうしてのんびり屋敷で暮らしてるのは、ジブレーのおかげだしネ」


「お父様…」


「ヴィンの寿命も延びたカモ^O^」


「ふふ」


-----


「あぁ、やっと聞けたわ」

ジブレーは中庭のベンチから立ち上がって身体を伸ばした。


「素敵な話ね」

「ええ」


ふと、彼には家族がいるのだろうか、どんな関係なのだろうかと、想像した。


(一人に慣れているようだったけど、両親がいないことは無いわよね)


もちろん、ロウと同じ顔をした彼にも両親はいたが、どちらも自分の死を前提にしていたという事実を知った時から、家族は彼にとってロウだけになった。


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