落雷当日
その日、シャロットはいつも通りに過ごしていた。
彼女は森の入り口にある用具入れから体育用具を運び出し、管理簿上の数と合っているかを確認しながら整理する作業をのんびりと進めていた。
(ここは狭いから一人でもいいけど、小屋の方はアリスタにもお願いしてどっかで一気にやろうかな)
そんなことを考えながら最後の荷物を運び入れ、シャロットが用具入れに鍵をかけた瞬間のことだった。
「離れろ!」
急な大声に、彼女は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
そして実際に雷鳴が耳を裂き、彼女の記憶はそこで一時途切れた。
気付けば彼女は校舎の救護室に運ばれており、ベッドに横たわっていた。
「先生…」
「! 気が付いたね。良かった」
隣のベッドで横たわる男に身体を向けて座っていたジュラが、起き上がろうとしたシャロットを手で制しながら近づいてきた。
「待ってね。そのまま、脈を測るから。痛いところ、しびれてるところ、気になるところはない?」
「いえ… あ、耳が何か変かも、他は特に無いです」
カーテンで隣のベッドと仕切り、ジュラは彼女の脈や心音、そして目立った症状や火傷が無いことを確認した。
「問題なさそうだけど、ひとまず今晩はここで様子を見させて」
「はい… あの、先生は…?」
今は見えないが、まだ目を覚ましていない様子の彼がシャロットは気がかりだった。
「彼も様子見だね。直撃ではなさそうだけど、雷が体内を通ったようだから」
(雷が… 体内を通った…)
シャロットの様子を見て、ジュラは先程の言葉を後悔した。
「無責任なことは言えないけど、心肺に異常がみられないのと、刺激には反応がある状態だから、目覚めるまで一緒に待機しようか」
「はい…」
ジュラなりにシャロットを励ましていると、隣のベッドから声があがった。
「だいじょうぶ…」
二人は揃って彼に呼びかけた。
「先生?」
「ガラガー?」
「ガラガー?」
シャロットは聞きなれない言葉を思わず繰り返した。
「シャロット… 大丈夫だったか?」
ジュラより早くベッドを仕切っていたカーテンを開けたのは、筋骨隆々の大男だった。
「先生!」
「あ、立たないでガラガー。治りが遅くなるよ」
(ガラガーって、先生の名前…?)
立ち上がろうとしていたマッチョは、ジュラの声に一応は従った。その代わり身体を起こしたまま、ベッドの上で右腕をぐるぐると回した。
「肌感覚だけど、大丈夫そうだぞ」
「それは良かったけど、その肌に火傷があって、感電の影響も気になるから、君も彼女と一緒にここで待機ね」
「え? 夜はトレーニングがあるんだけど…」
「シャロット、自分もいるつもりだけど、個室に行く? 脳筋が移るかも知れない」
シャロットはいつも通りのマッチョを見て、笑ったつもりだった。だが、出てきたのは涙だった。
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翌日、ゴトーは校長室でジュラからの報告を確認した。
『雷の発生条件は満たしていない状況下の落雷。ガラガーがクライヌ生徒を抱えて森小屋に避難し、ジュラへ救助を要請。ジュラが小屋に到着した時点では二人とも呼びかけに反応しなかったが現時点では意識清明、ガラガーのみ熱傷あり』
(森は調査の結果が出るまで閉鎖だな。生徒のいない時間だったのが幸いか。しかし死傷者が出なかったのは良かった… ん?)
『ガラガーの熱傷が下半身のみに留まった理由について推測:足に金属製の重りを装着していたため、地面からのぼった雷がそこで止まり、上半身が無事だったのではないかと…』
報告書の続きを読んだゴトーは声をあげて笑った。
「やっぱり筋トレは大事だな!」
「笑いごとじゃありませんよ、校内で謎の雷だなんて」
カノーは副校長としてゴトーを一応諫めたが、実際に彼も同じ部分を読んで笑ったことは校長にもばれていた。
「で、天網システムには一応問い合わせたんだよね?」
「ええ、魔法の使用はありませんでした。異常気象と仮定するしかありません…」
「ありがとう。調査結果次第だけど、再現性がないなら開放するしかないかな。雷よけの柱を建てるのと、臨時魔法使用の許可を申請してくれる?」
「承知しました」
ゴトーだけになった校長室で、彼はため息をついた。
(ガラガーが来なかったらクライヌは即死だったろうな)
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自室に戻ったシャロットは、ジュラからの言葉を思い出していた。
「今まで、身の回りで変わったこととか無かった?」
思い当たることは無かった。だが今回の事故は、漠然とした不安を感じるには十分な出来事だった。だが、彼女には、それよりも怖いものがあった。
(マッチョ先生…)
今でも忘れられない、いつも元気な先生がベッドで目を閉じたまま動かない姿。足に広がった火傷の痕。私より、先生の方が危ない目に遭った。
それはシャロットにとって、どんな悪意を向けられるより怖かった。
その日以降、彼女は一人で過ごすことが多くなった。




