雷注意
予定されていた体育の授業は、雷のため中止になった。
「ユーリア、嬉しそうだね」
ラウンジでさくさくと編み物を進めていたユーリアを見つけ、テラシアが声をかけた。
「そう見えます? 体育が無いっていうから、時間が空いてラッキーと思っちゃって」
そう言いながら編みかけのレースを見せた。
「あれ? この糸、なんか変わってる?」
「そうなんです! これは魔法効果を付与した糸が作れないか試してるところで、成功したら熱々の鍋も置ける鍋敷きになります!」
よくぞ気付いてくれました、と言わんばかりの勢いにテラシアは笑みがこぼれた。二人は魔法道具の話をすると、時間がいくらあっても足りなかった。
「それ、できたら絶対ほしい! 私の保温ガラスも成功したら使ってね」
「二重構造のビンですよね、未だに不思議ですけど、私も絶対ほしいです!」
魔法の話もそこそこに、話題は体育が中止になった理由に移った。
「なんか、森全体が今は立ち入り禁止なんだって」
「雷が落ちたんですよね、雨でもないのに… 魔法じゃないんですもんね?」
「うん、魔法なら天網システムにかかるはずだから、普通に異常気象かも知れないって調査中なんだって」
「てんもう…?」
「あぁ、校内で魔法を使ったら分かるようになってて、その名前が天網システムって言うの」
「えっそうなんですか? どこで使ってもバレちゃうんだ…」
「知らなかったの? そうそう。授業以外では絶対ダメだから気を付けないとね」
「危なかった… こっそり防熱毛糸の練習しようかと思ってました…」
相変わらずマイペースなユーリアの様子に、邪魔するのも悪いから、とテラシアは早々にラウンジを去った。
そのまま足早に食堂の厨房奥へ進み、サイティの待つ部屋の扉を開けた。
「おっかえりー。やっぱり1年生は可愛いわねー」
「戻りました。そうですね、11歳ってあんなに小さいんですね。そういえばサイティは歳とかあるんですか?」
「さて、ユーリアの様子はどうだったかしら?」
「…うーん、いつも通りでしたよ? 雷の影響で体育が中止になって喜んでました」
サイティはテラシアの肩に座り、そう…と呟いた。テラシアはラウンジから持って来たフルーツジュースに口をつけた。
「テラシア。今回の雷で亡くなった人や、怪我した人はいないのよね?」
「え? はい、割れた木とかはあったけど、それだけだそうです」
「なら…良かったわ」
「そうですね…?」
「シャロットが殺される未来では、この雷で死者が出たの」
「えっ」
驚いてジュースを飲む手が止まったテラシアを横目に、サイティは続けた。
「ね? 今や未来なんてアテにならないのよ。だからユーリアが何かするっていうのも確かじゃないし、ほんと念のためって思ってね」
「はい! 大丈夫です、やらない後悔よりやった後悔ですから」
「まぁ、用心に越したことはないってことかしらね」
サイティとしては、テラシアの能動的な行動に危機感を感じずにいられなかった。
(雷のことも、事前に知らせるか迷ったけど…)
何をどこまで話すかはサイティの自由だが、だからこそ彼女は慎重に動きたい気持ちと、なるべく先回りして危険を回避したい気持ちとの間で揺れていた。
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「…」
「最近、シャロット元気ないね」
「ええ…」
珍しく、ロウとジブレーは食堂で向かい合いながら夕食を取っていた。
彼の言う通り、シャロットは一人でぼんやりしていることが増えた。そんな彼女に何となく話しかけることが躊躇われた二人は、遠巻きに彼女の様子を見た。
(こういうのはテラシアにも話を聞きたいけど、最近は食堂の奥にこもりがちなのよね。忙しいのかしら…)
一応シャロットにひと声かけてから、二人は混雑する食堂を後にした。
ジブレーの声で我に返ったシャロットは、カウンターから運んできたままの食事に手を付けた。だがそれも長くは続かなかった。
(あの時、死ぬかも知れなかったんだよね。実感がわかない…)
気付けばまた同じことを考えて、シャロットの手が止まった。




