シャロットの選択.2
(おじいさまの言った通りになってしまった)
テラシアは祭壇の前に立ち、棺を見下ろした。
レース司祭と共にシャロットの亡骸に触れた時、その頬は冷たかった。
(お父さんも、妹たちも、ほとんど覚えていないけどお母さんも)
最後は目の前に横たわる彼女のように冷たくて、触れても生命の弾力が無く、静かだった。
死の前に、テラシアにできるのは祈ることだけだった。
(どうか、安らかに眠れますように。肉体を離れた魂が、新たな地で生きる世界が幸せでありますように)
目を閉じたテラシアの脳裏に、シャロットの虚ろな瞳が浮かんだ。どうしても閉じることができなかったそうだ。
着替えさせるべき服も無く、ドレスのまま横たわる姿は童話に出てくる呪われた姫のように見えた。だが、医師が死だと言うならそれが現実だった。
「テラシア」
呼ばれた気がして祭室内を見回したが、誰もいなかった。先程までいたはずの護衛すらも。そして、テラシアはその声に覚えがあった。
(まさか)
そんなはずはない。
そう思いながらも、テラシアはこわばった顔で棺に視線を向けた。
「シャロット…?」
呼んで良いのか、悪いのか、戸惑いながら小さく声をあげた。当然、視線の先は無言のままだった。
だが、まさかね、で済ませることはできなかった。目の前にあった棺が炎に包まれ、その勢いと衝撃にテラシアは後ろへ倒れ込んだ。
「どうした!」
声がした方にテラシアが顔を向けると、タリス王太子が祭室の入り口から駆け込む姿が見えた。
タリスは燃え上がる棺に気付くと、炎が上がる祭壇へ近付いた。
「待ってくれ!」
「殿下!」
棺に手を伸ばしたタリスを、テラシアが身体を張って止めた。
「離せ! シャロットが!」
タリスは暴れ、テラシアを振り切って燃えさかる棺に飛びついた。
熱さは感じなかった。その代わり、彼の手は棺が拒んだかのように弾かれ、どうしても棺を開くことができなかった。
(…どうして! どうして届かないんだ?)
「殿下。ご安心ください。シャロットの意志です」
半狂乱で棺に縋るタリスへ、テラシアが静かに声をかけた。
「離せ… 何だと?」
不可解な言葉にタリスが反応し、テラシアに身体を向けた。
テラシアの視線は棺ではない方を向いていた。つられたようにタリスもその方向を見たが、彼女が何を見ているかは分からなかった。棺に触れることもできないタリスにできるのは、待つことだけだった。
やがて棺を包む炎は消え、閉め切った祭室の中でタリスは、どこからか吹き込んだ風でその髪や服を揺らした。
(火が… 消えた…)
震える手で再び棺に手をかけるタリスを、テラシアは今度は止めなかった。
木製の棺は一人で動かすには重みがあり、少しずつゆっくりと開かれた。
「ーーーまさか」
棺の蓋を床に落とし、タリスは呟いた。
彼は、自分がおかしくなったのかと疑った。目の前にある棺にはどれだけ目を凝らしてみても、誰も収められていなかった。
「殿下。大丈夫です。シャロットはいなくなったりしてません」
テラシアにゆっくりと声をかけられ、タリスはあと一歩のところで失いかけていた我を取り戻した。
「…どういう…ことだ…」
平民を相手に、もっと喚き散らしてもおかしくない状況にもかかわらず、タリスが自分の話を素直に聞こうとしてくれたことにテラシアは驚いた。
「シャロットの魂が眠ることを拒み、あなた達を守る力になりたいと…言っています」
タリスの理解が追い付く前に、彼女は続けた。
「私は魔法を学んだ訳ではないので、どういう仕組みかは分かりませんが… シャロットは、自分の魂を…」
テラシアは堪えきれない涙に邪魔され、途絶えがちながらも言葉を続けた。
「わた、しに、資源として使うよう、言いました」
すべて言い終えた瞬間、火傷に覆われたタリスの手は淡く輝き、たちどころに傷一つ無い状態に戻った。
いつも一緒にいたタリスには、それはシャロットが得意にしていた魔法だとすぐに分かった。
(だが…)
「そんな魔法、ありはしない。魂を… 資源? 人に… 渡すなんて…」
できるはずが無いと思いながら、目の前でテラシアがシャロットの魔法を使って見せた状況の説明として、他にふさわしいものが浮かばなかった。
「シャロットは…? 魂は、ものじゃ…ないだろ、どうなった…? どこに行っちゃったんだ…?」
テラシアに全てを聞くのは酷だったが、タリスには他に問いかける相手がいなかった。テラシアは胸を押さえた手を固く握りしめていた。
「いなくなったりは… しません… あえて言うなら、この力が、彼女そのもの… シャロッ… すみませ…」
テラシアは立っていられなくなった。彼女は胸の苦しみに、息もできない思いに苛まれた。
「おい? おい!」
タリスの声が頭に響いたが、テラシアはそれに答えることはおろか、うまく息をすることもできなかった。彼女が意識を失う瞬間、頭の中を占めていたのは恐怖だった。
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「テラシア」
「シャロット…?」
そんなはずが無いのに、テラシアはシャロットと会話をしていた。
「テラシア、私ね、みんなを守りたいの」
「え…? どういうこと…?」
「人を、命そのものを、道具みたいに使う魔法があるの。私は、それを止めたいけど… テラシアじゃないと止められないの」
「命? 魔法? なんで、そんな魔法、なんで、私…? 魔法だって使えないし」
「魔法は、私を使って」
「わたし…テラシアを? なに、言ってるの? 使うとか、いくら魔法だってそんなのできる訳… ないよね…?」
テラシアは、付いていけなかった。
それでも、受け入れるしかなかった。
「ごめんね。でも、できることがあるのに、このまま終わりなんて嫌だったから… テラシアなら、みんなを守れるはずなの」
「なんで…」
どうして私なの。
そう思ってもテラシアはとても言えなかった。シャロットに降りかかった死と同じだったから。
「おじいちゃんが、お前には役目があるって言ってたじゃない? 多分これが私と、テラシアの役目なの。お願い」
「シャロット…」
短い会話だったが、シャロットの言葉に嘘は無く、テラシアに選択肢は無かった。
テラシアとしても、姉のように妹のように慕っていた家族の、最後のお願いだけでも聞いてやりたかった。
「…シャロットのお願いなら、しょうがないか」
「テラシア… ごめんね」
シャロットは、テラシアが自分に似てお願いに弱いことや、今もお姉さんぶって強がっていることが分かっていた。そんな彼女だから巻き込みたくなかったし、そんな彼女だから最後に助けて欲しかった。
「その代わり、シャロットは道具じゃないんだから。いなくなったりしないんだから。ずっと一緒にいるんだからね?」
「…うん。ありがとう」
テラシアには、おそらくこれがシャロットと会話できる最後になると感じた。シャロットも、この奇跡が長くは続かないと知っていた。
「学校での6年は楽しかったけど、寂しかった」
「私も… シャロットがいなくって寂しかったよ」
「魔法が私なんだから、これからはずっと一緒だよ」
「そっか。へへ、すごい魔法とか使えたりする?」
「うん。魔法でブイブイ言わせちゃって。いっぱい勉強したんだから」
「…うん… 魔法を使うときいつも、シャロットを想ってる」
姿は見えなかったが、シャロットが笑った気がした。
「大好き、テラシア」
瞬間、シャロットのために作られた棺は炎を上げた。その勢いと衝撃にテラシアは後ろへ倒れ込んだ。
(私も… 大好きだよ)
人間としての彼女が終わろうとしているのを見守りながら、テラシアは心の中で答えた。
主役はジブレーですが、ジブレーが出る部分を先に書いちゃったから、今すごいテラシャロを書いている自分がいます。書きたい放題書けてなろうは楽しいですが、読んでもらえるとドーパミンがでるこの… !!承認欲求!!




