シャロットの選択.1
「シャロット、まだ着替え終わってないの?」
身支度を終えて衣装室を後にする同級生に、彼女は曖昧な返事をして、笑顔を見せた。
姿見の中にいる自分を見つめながら、彼女は小さくため息をついた。
(答え…)
彼女は、数日前に愛の告白を受け、晩餐会で答えが欲しいと言われていた。物語もいよいよ佳境だと同級生は盛り上がり、二人の王太子どちらを選ぶのか、顔も知らない生徒まで噂した。
「…」
16歳で将来を決めるのが当たり前だとは分かっていた。現に同級生は皆、就職や進学、結婚や家業の継承など、それぞれの人生に向けて選択を済ませていた。
ただ、彼女には何も浮かばなかった。卒業後の人生をイメージしようとしても、どんな未来もしっくり来なかった。
必死になって勉強した魔法を誰かの役に立てたいという思いは確かだったため、故郷でレースの手伝いをしながら、魔法職の登用試験を受けたいと考えていた。
(それも、逃げてるだけなのかも知れないけど…)
彼女は疲れてしまっていた。それは彼女が6年間、身分や容姿、成績で値踏みをされ続けた結果だった。
王太子からの求婚が名誉なことだと頭では理解しているが、ともに未来を過ごしたいと思える相手も国も、彼女には無かった。願わくば友達でいたかったが、学校を出れば生きる世界が違う相手だと彼女も分かっていた。
(逃げだって言われても、返す言葉が無いな…)
物語の結末としては興醒めだろうが、これが嘘偽りない自分なのだ。故郷に帰り、久々に司祭と対面できることを思うと、ようやく勇気が湧いた。
「よし」
(二人に、言わなきゃ)
彼女は立ち上がり、贈られたドレスを引き取ってもらおうと、服飾学校の生徒と思われる者に声をかけた。
「え? どっちも? 晩餐会はどうするの?」
「いえ、友達に声だけかけたら、出席しないでそのまま駅に向かうつもりです」
「ええ、もったいない! せっかくの晴れ舞台なんだから、おめかししてご馳走食べてったらいいのに!」
自分の状況を知らないであろう純粋な感想に、彼女は少し心が和んだ。同時に、本来の自分は晩餐会を気ままに楽しんだだろうなと思うと悲しくもなった。
「そうですね… でも、ドレスも無いし」
二国の王太子からドレスを贈られる予定の生徒にドレスを用意する職人は衣装室にいなかった。彼女にもっと自分を押し通す力があれば違ったかも知れないが。
「でも… あ! ねぇ、私ね、自分で作ったドレスがあるんだけど、見てくれない?」
「ドレス?」
ドレスを渡しながらドレスが無いと言うのも奇妙な話だったが、ドレスならあるじゃない、と言われなかったことに彼女は安堵した。
そして押しに弱い彼女は、促されるまま生徒に手を引かれた。
晩餐会が迫るこの時間、支度室にはすでに誰もいなかった。ドレスも無いがらんとした部屋の奥に進むと、ひとつだけ、ドレスを着た人形があった。
「きれい…」
彼女は吸い寄せられるようにドレスへ歩み寄った。
純白のドレスは余すところなく繊細なレースによって装飾され、手首そして襟まで覆われていた。
宝石の輝きを見せる胸元の刺繍には白い花が、背中には天使の羽が模されていた。
レースと刺繍に透けた肌はどれほど着る者を引き立て、幻想的な美しさが際立つか、見た者すべてに想像させるものだった。
「すごい! 着るのももったいないくらい! こんな素晴らしいものが作れるなんて魔法みたい」
「うふふ、実は私ね、1年だけ魔法を勉強してたの。だからこのドレスは糸が特殊で、着る人にサイズを合わせてある程度伸縮するのよ」
普段、彼女は天才と呼ばれることがあったが、本当の天才とはこういうことができる人を言うのだと驚嘆した。
「でもね、そんなの信用できないって、試着してくれる人もいなくて… 余っちゃってたの」
「そんな…こんなに素敵だから、気後れしてるだけじゃないかしら」
彼女は心から思った。生徒はありがと、と悲し気に笑った。
「あなたも、もし嫌だったらいいけど、やっぱり着てほしくてドレス作ってるから、実際に着た姿を見てみたいのよね」
「え… 私が?」
「そう。あなたの肌、このレースに映えると思うわ! 急いでる訳じゃないなら、ちょっと着て、見せてくれない?」
そう言われると、彼女に断る理由は無かった。
確かに、ドレスに腕を通す時はゆとりがあった袖や、首元のレースや刺繍を施した部分が、彼女の身体に沿うように縮んだ。
「きつかったり気持ち悪いところはない?」
「全然。むしろ変な話、何も着てないみたいに軽くて動きやすいわ。ドレスを着てこんなに動きやすいなんて信じられないくらい」
いつのまにかくだけた口調になった彼女は、身体を翻してドレスの裾をふわりと浮かせた。
「嬉しいわ。やっぱり、自分が作ったものを着てもらうのが一番嬉しい」
生徒は目を細めて彼女のドレス姿を眺めた。
「今からでも晩餐会に行ったら? とても素敵よ」
「でも、もらったドレスがあったのに…」
「それは贈った側が勝手にやったんじゃない。こっちが着なきゃならない理由にはならないでしょ」
「そうなのかな…?」
生徒は彼女の肩に両手を置き、優しく笑いかけた。
「そうよ。ほら、私の目を見て? 嘘なんかついてないわよ」
その声に応じて彼女は生徒の瞳を見つめた。
彼女の意識はそこで途切れた。
「いい子ね。じゃあ、せっかくだから髪もセットしましょうか。少しくらい遅れたって良いでしょ」
生徒は彼女の髪を手で軽く梳いた。
「やっぱりいいわ。似合うと思ってたの」
身なりを整えられた彼女はお披露目の場に向かうため、ドレスの意志に従って歩き出した。




