元生徒の回顧録
この学校の誰も、知らない。
誰も私の憎しみを知らない。
美しさ故に手折られた花に罪はあるだろうか?
神でさえ孕まされるのだ。善悪なんて無意味だ。
侵したい、そうでなければ侵される。そうされてきたのだ。今までずっと。
故郷は異民族が侵入を繰り返し、曖昧な国境を奪い合って、外国になった。
力が無ければ陣取り合戦の獲物にされ、勝った方の色を塗られるだけ。
だが、どんな宗教も支配者も、民族の鎖を断つことはできなかった。
この身に受け継がれた血は、決して誰にも奪えない唯一の誇りだから。
たとえ尊厳を踏みにじられ、人であることが許されなかったとしても。
魔法学校への入学案内が届いたことは、僥倖や奇跡では説明がつかない。これは必然なのだ。思い込みだとしても、私は確信した。
ここはまさに別世界、このまま私だけ新たな世界で生きていくことを、考えなかった訳じゃない。
だが所詮、私は鎖で繋がれた獣だった。獣に相応しく衝動に任せて全てを壊したかった。そのための力が欲しかった。
もちろん、許しがたき神の怒りが原初の炎となり、一族に受け継がれている…だなんて神話を信じている訳じゃない。
そんな時、私は見つけた。
激しい怒りに繋がれた獣を。
この人なら、全てを壊せる。
価値観も善悪も全て否定できる力を手に入れたら、それを奪えばいい。
わが民族の悲願である独立を果たすために。
誰にも侵されない、我々の国を手に入れるために。
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4年生で編入したものの、わずか1年で退学してしまった生徒がいた。
あいにく目立つ生徒ではなかったため、誰の記憶にも残らなかった。
もっとも、校内の誰もが知る有名人の起こした騒ぎと退学によって、大抵の事柄は霞んでしまった。
そのため、退学したはずの編入生が制服姿で卒業式当日に顔を出したことを見咎める者はなかった。
「気持ち悪い、選ぶ立場の王太子サマ達、やっぱり私に気付かないのね」
(あいにくお前達のものにはならないよ)
新たな門出の日にふさわしい満面の笑みを浮かべ、元生徒は晩餐会前の賑わう学校を後にした。




