ドレスを贈る理由(諸説あり)
体育の選択科目で、ロウとタリスは剣術のクラスで一緒になった。
軽く汗を流して制服に着替えている時にロウが口を開いた。
「タリス。男性から女性へドレスを贈る意味って知ってるか?」
「いや…着て欲しいってことじゃないのか?独占欲みたいな」
タリスは暑さのため水で濡らした髪を、タオルで乾かしながら答えた。
「違う。そのドレスを脱がせたいって意味が…あるらしいよ」
タリスの手が止まった。
「どこの情報だよ」
冷静を装いながら答えたが、タリスは内心、顔が赤くなっていないか不安になった。
「もう一つ知ってる? 女性に髪飾りを贈る理由」
「いや…」
ロウの方を向くことは無かったが、タリスは答え合わせを待っていた。
「その髪をほどいて乱したいっていう」
「どこ情報だよって」
タリスはロウを置いて更衣室を出たが、その思考はロウから聞いた話に引っ張られていた。
「あれ?タリスも体育だったんだね」
「あ! あぁ、テラシアもか。そっちは球技か?」
何故か運動着姿のテラシアを直視できないタリスは、つとめて平静に会話できるよう努めた。
「そう!みんなね、ドレス着るからって張り切っちゃってて、すっごい疲れた」
(ドレス!)
「そう、か。大変だな。それは」
二人は寮へ向かう道すがら、ドレスの話を続けた。
「あの、ドレスって、みんな自分で用意するのか?」
王太子はそれとなく気になっていたことを聞いた。
「そうだね。服飾学校が用意してくれる可愛い貸衣装もあったけど、やっぱり自前で作る子が多いみたいよ」
「なるほど…こっちは貸衣装で済ます者が多いが、やはり晴れ舞台だもんな」
「そう。私はなかなか決まらなくて… ドレスを贈ってもらう子がちょっとうらやましい気もするけど」
「え?」
「やっぱり自分で選びたいし…え?」
「あ、うん、そうだな」
(何にえ?って言ったんだろ?)
タリスの努力も空しく、テラシアの目に映るタリスはいつもより挙動不審だった。
「よし」
テラシアは寮で着替えた後、食堂の厨房奥に進み、かつて自分の部屋だった場所に到着した。
扉を閉め、レース司祭の言葉を思い出しながら、自分の両手を見つめた。
(魔法じゃない力…)
幼いころに亡くした父と、顔も思い出せない母から確かに受け継いでいるとレースは彼女に伝えた。
どんな力か、どのように扱うかをレースは語らなかったが、人間の力を超えたものを求めるとき、人間にできることはこれしかないと彼女は考えていた。
それから彼女はこの場所で、一人祈り続けていた。
最初は祈る言葉が見つからず、集中するために始めた刺繍や編み物も、今では随分と増えた。
(これだけあったら、誰かドレスのアクセントに使ってもらおうかな)
気に入ってもらえるかは分からないにせよ、卒業という晴れの日に彩りを添えることができればとテラシアは思い立った。
(ジブレーはドレスを着ないって言ってたから、シャロットかな)
相手をイメージすると手も進むもので、テラシアはシャロットのために祈りながら針を運んだ。
自分と同じ、島出身の同級生。
同い年ながら、お姉さんのような親しみと頼もしさを感じていることを、彼女は知っているだろうか。
身分の事で、心無い声を浴びることも多かったが、彼女はいつも「自分に自信を持てるようになりたい」とひたむきだった。
(そういえばあの時も祈ってたっけ)
シャロットとジブレーが仲良くなれますように。
それは他愛もない願いだったが、その年のうちにシャロットはジブレーを故郷に招き、多くの時間を過ごすことになった。
同じく話すようになって間もないテラシアを頼り、一緒に来て欲しいとねだるジブレーの表情が、今でも鮮やかに思い出された。
それまで同じ屋敷に居ながら顔も合わせたことが無い、雲の上にいた人と、気付けば一緒に夜明けの空を眺めていた。
テラシアにとっては輝く懐かしい場所の景色より、瞬きも惜しむように景色を映すジブレーの瞳が美しくきらめいて見えた。
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「パパ、またお祈りしてたの?」
祈りを終えた父が家に戻ると、一番上の娘が自分に駆け寄って来た。
「あぁテラシア、そうだよ。待っててくれたんだな?えらいな」
「へへ。お祈りのじゃまをしないんだよ」
少女は得意気に父からの教えをそらんじた。
「でもなんでいつも祈ってるの? おねがいごとあるの?」
「ううん。人間がなぜ祈るかを聞くのはね、太陽がなぜ昇るのか聞くようなことだよ」
「え?たいようは朝だからのぼるんだよ」
「テラシアは何でも知ってるなー! かわいくてかしこくてどうしようなー」
結局テラシアの疑問は解消されなかったが、父にほめてもらって彼女はご機嫌だった。
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「…あれ。途中からジブレーのことになっちゃった」
太陽が昇るように人は祈る、そう伝えたテラシアの父は、テラシアの幸せを間違いなく祈っていた。
テラシアは自分のために祈ることはなかった。
「ジブレーの運命を変えてくれたのは、あなただと思うわよ」
テラシアは刺繍の手を止め、室内を見回した。
そして、同じように室内を見回す小さな存在を見つけた。
「えぇ?はぐれ妖精? そんなのいるの?」
「なんですって? それはお初だわ!」
「えぇー! かわいい!」
「ぎゃーーーーー! 嘘でしょ!?」
目を輝かせながら、テラシアは妖精のようなものを両手で包むように抱き上げた。
抱き上げられた側も驚いて暴れたため、室内は先程までと一転して騒然とした。
その騒ぎはテラシアのひとり喚く声として厨房にいた料理長の耳にも届いたが、混雑時でもないため放置された。
「はぁ…はぁ…落ち着いた…?」
「は…はい…妖精さん…」
落ち着いて話せる状態になった二人は、改めて自己紹介をしあった。
「ジブレーも呼んでるし、サイティって呼んで。いつもジブレーと仲良くしてくれてありがとうね」
「こちらこそ! テラシアです、ほんとにずっといたんですか? 全然気付きませんでした」
サイティはテラシアの周りを漂い、テラシアはサイティに身体を向けて姿勢を正した。
「ちょっと、いいのよ、そんなきちっとしなくて」
(ジブレーだけじゃなくて、しかも校内で私が見えるってどういうことかしら? 触れるなんてジブレーにもできなかったのに)
サイティは、時々ジブレーにお告げを与えるだけの傍観者だったはずが、気付けば物語に巻き込まれていることを感じた。
「私もここに生きてるってことでいいのかしら」
「当たり前じゃないですか! こうして触れるんですし」
サイティとしてはひとり言のつもりが、テラシアからの肯定を受けて、いよいよ傍観者ではいられない気持ちが強まった。
「そうね。テラシア、こうなったら仲良くしましょう!」
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また別の日、体育終わりのタリスはテラシアと寮へ戻る途中で出くわした。
「あ、そういえばシャロットにドレスを贈ることにしたよ」
「はっ?」
タリスは楽しそうに話すテラシアの横顔を、唖然として見つめた。
「晩餐会の。で、私はシャロットにドレスを贈ってもらうことにしたんだ」
「何っ?」
「お互い自分のドレスが決まんなかったんだけど、相手のドレスを考えるのは? って言ってみたらいいねってなって」
「ま、待て! お前たち、いつからそんな仲になったんだ?」
思わずタリスはテラシアの前に立ちふさがった。
「え…? タリス、知らなかったの? 別に変でもないでしょ、今更…」
「何だと… そんな… 俺は… 他にも知っている者がいるのか?」
「え? うん、ジブレーにも言ったし、応援してくれてるよ。試着の時に見てもらうつもり」
「…」
黙ってしまったタリスの顔を覗き込んだテラシアは、彼に声をかけたが、あまり反応が良くなかったため少々落胆した。
(こないだドレスのこと気になってるみたいだから言ったのに… やっぱり興味があったわけじゃないのかな)
「…まぁ、だから当日はどっちも変とか言わないでよ?」
「言う訳が無いだろう、そんなこと」
もちろん本当にタリスがそんなことを言うと思っていた訳ではないが、予想外に真面目な調子で返され、テラシアはまごついた。
「うん…まぁ、そんなこと言わないよね、タリスは」
「ああ。どんなドレスでも似合うと思ってる。テラシアが着るなら」
「あっ、え、そう? へへ、私も頑張ってマナーとか勉強しなきゃね、じゃ!」
テラシアはそそくさと退散した。
ピッコマ(漫画アプリ)好きなんですが、漫画でよくいる好きな子にドレス贈る奴、センスありすぎだろって思います。あと好きじゃない奴からだったらドレスのサイズが合えば合うほど怖そう。




